【高宮慎一×ソフトバンク】“IoT経済圏”の誕生、カギは「次世代通信」にあり

2017/9/28
AI、ロボット、IoT──日々メディアをにぎわせている最先端テクノロジーが、徐々に現実の暮らしやビジネスに入り込み始めている。かつての「未来」は、どのように「常識」へと変わっていくのか。技術の発展が「3年後のビジネスの現場」に起こす変化について、各領域のキーパーソンがリアルな未来図を展望する。(全6回連載)
2017年7月、ソフトバンクはIoTプラットフォームの提供開始を発表した。
IoTは「Internet of Things」の名の通り、あらゆるモノがインターネットを介してつながり、モノ同士が“自動的に”データをやりとりする世界を指す。これは大量データを確実に伝送できるインフラ環境が整備されることで、初めて実現できる。
通信インフラを有する企業にとって、大きなビジネスチャンスが待っているというわけだ。通信キャリアとして不動の地位を築いたソフトバンクの描くIoTビジネスとは何か。
IoTはバズワードで終わるか
IoTは、専門用語の域を超えて徐々に浸透しているように見える。しかし、IoTを実装した実例は乏しい。テクノロジー業界ではありがちな、一時盛り上がって注目され、数カ月後には消えていくバズワードの領域をまだ出ていない。
たとえば、2020年。その未来の社会において、IoTはどのような形で存在しているのだろうか。単なるバズワードのひとつだったと回顧されているのだろうか。
グロービス・キャピタル・パートナーズのChief Strategy Officer(CSO)として、テクノロジービジネスの可能性を見続ける高宮慎一氏とソフトバンクでIoT事業推進本部 事業企画統括部 統括部長を務める桑原正光氏に、IoTビジネスの可能性を語ってもらった。
──IoTという言葉はよく耳にするものの、IoTでビジネスが伸びたという声はあまり聞きません。お二人が感じるIoTの進捗度を教えてください。
高宮:ポテンシャルは無限、把握できないほど大きいと思っています。しかし、リアルなビジネスとして、多額のお金が流れている状態にはまだ至っていないという認識です。
桑原:私も同じように可能性を感じながらも、日本ではバズワードの域を出ていないのが現状だと見ています。
IoTの普及に向けてこれまでも様々なソリューションをご提供してきましたが、この4月にIoT事業推進本部を新設。ソフトバンクがIoTに取り組んでいく姿勢を社内外に改めて鮮明に示しました。
ソフトバンクとしては、IoTがどのような世界を構築していくのか、ビジネスを加速させるためにどれだけ貢献するかを、啓蒙活動をしつつ事業を進めている状況です。
──お二人の感触をお聞きすると「普及前夜」という印象ですが、現時点でどのような業界や企業がIoTに関心を示しているのでしょうか。
桑原:今の段階だと、コストダウンの観点からみた提案は、理解してもらいやすいです。たとえば、ビルの管理やメンテナンスで、これまで人が行っていた作業をIoTデバイスとネットワークを用いて自動化するような提案に関心度が高いと感じています。
ビルには無数のセンサーやカメラが既に設置されているケースが大半ですが、それらは有線ネットワークでつながっている場合もあれば、ネットワークにつながっておらず単体で動いているケースもあります。
ワイヤレスネットワークにつないでIoT化すれば、もっと仕事が効率化できることをご提案すると、理解してもらいやすい。最新のビルにはこうしたIoT化が施されていますが、比較的古い中小ビルは未整備なケースが多いので商談は多いですね。
──無線センサーによるネットワークが無数に張り巡らされるとなれば、モバイル通信網を持つソフトバンクにとって大きなチャンスになりそうです。
桑原: たしかに優位性はあると思いますが、これまで通りとはいきません。IoTの特性に対応した技術を提供していくことが求められます。
IoTでは機器の特性や実現したい内容によって、どのような通信技術を使うのが最適か、選択する必要があります。
現在スマートフォンなどで使われているLTEや、さらに高速な次世代の通信規格である5Gは、リアルタイム性や大容量の通信を必要とする場合に有効ですが、IoTの場合は必ずしも求められるわけではありません。
たとえば、農場や設備など、速度を求めず少量のデータを広範囲から収集したい場合です。そこで注目されているのが「LPWA」。Low Power Wide Areaの頭文字を取った概念で、省電力で広域エリアの通信を意味します。
橋やトンネルなど頻繁に電池の入れ替えができない場所でも、通信速度と引き換えに、長いものだと5年、10年にわたって通信が可能となります。
ソフトバンクはLPWAのひとつで、Wi-Fiと同じように免許が必要ないLoRaWANも提供しています。
ソフトバンクは日本でも有数のWi-Fiスポット数を誇りますし、衛星インフラも持っています。国ごとのSIMカードを超えた通信や、安価なローミングも提供する必要性は感じています。こうした用途に適した選択肢を用意するのが、私たちキャリアの使命だと考えています。
技術だけでなく、コスト面も考慮する必要があります。現行のLTEだと、通信モジュールは1個およそ5000〜6000円。これでIoTデバイスを作るのはコストがかかりすぎて普及が難しい。
それに対し、LPWAのモジュールはかなり低コストで導入することができます。たとえばLPWAの一種であるNB-IoTの通信モジュールは数百円レベルまで下がると予測されます。データを取得するセンサーの価格も下がっていますから、ようやく爆発的な普及が期待できる環境が整ってきたと言えるでしょう。
ソフトバンクでもNB-IoTのサービスを準備中で、まもなく提供可能になる見通しです。
ベンチャーにとってIoT参入はハードルが高い
──高宮さんは多くのITベンチャーをウォッチされているわけですが、IoTに関してはどのように見ていますか。
高宮:IoTは、カバーしないといけない領域がとにかく広い。だからIoT市場への“入場券”を持っている企業が限られています。
IoTに必要な通信、クラウド、センサーなどインフラ関係を自前で整備するとなると、それはベンチャーにとっては容易ではありません。先行投資がかさむため、事業の先行きや資金繰りを考えるとどうしても手を出しづらいのです。
まずは通信キャリアなどの大企業がIoTに必要なインフラサービスを準備し、クラウドのように変動費として利用できるようになれば、アイデアはあるがリソースを割けないベンチャーがビジネスを一気に加速できる可能性があります。
桑原: それは私たちの使命だと私も思っています。通信キャリアも、通信料だけのビジネスだけを考えていたのではいけないし、IoT普及に向けたエコシステム作りは責務でもあると思います。
高宮さんの言う通り、IoTのカバー範囲は広い。一見競争相手に見えても、APIでつながり、強みと弱みを組み合わせて互いに補完関係を築くメリットは大きいはずですから、「競争」よりも「共創」の時代だと感じています。
これまでキャリアが閉じていた機能についても、オープンにしていきたいと思っています。もちろん個人情報のやりとりには制限が必要ですが、未成年かどうかといった情報は本人の同意があれば共有できるし、メッセージングサービスも共通化できるはずです。ビジネスを大きくしていくうえでは、とても大事な考え方だと思っています。
出そろったAPIをどう組み合わせていくのか、のり付け部分はベンチャーが大いに活躍する領域のような気がします。難しいプログラミングの必要もなく、ビジネスを軸に考えてサービスを生み出せる環境を作っていきたいですね。
高宮:データ分析では、分析自体もさることながら、その前にどのようなデータを集めるかのデータの質が重要です。また、データのフォーマットを整えたり、クレンジングする工程も重要です。なので、どのようなデータを、どのようなフォーマットで集めるかを、ビジネスモデルの逆引きで設計することが重要です。
データ量という意味では、既に大量のビッグデータが集まっている既存の大きなプレーヤーが有利な面もあります。一方で、こういう切り口でデータを集めると新たなマネタイズモデルが展開できるといった新しいビジネスモデルをゼロスクラッチで考えられればベンチャーにも勝機があります。
通信、データのストレージ、データの処理などの規模の経済が効く領域は、ベンチャーでは厳しいと思います。インフラは、うまくソフトバンクのようなプラットフォーマーを活用するといいのではないでしょうか。
──IoTは成長が見込めるだけに競合も熾烈になるでしょう。競争相手としては、どこを意識しますか。
桑原:ソフトバンクは事業が幅広くなりすぎて、どこが競争相手かわかりません(笑)。キャリアでもあるしロボットもやっている。もちろん他のキャリアは競争相手として考えられますが、IoTについては、実はあまり意識していません。
というのも、IoTビジネスとして捉えている範囲が違うのです。私たちはIoTの中心ではなく、少し引いた立ち位置から見ています。センサーだけでなく、場所や環境など全体を対象にしている。そうじゃないと、ロボットの会社やシェアリングオフィスの会社を買ったりしませんよ。
あらゆる資源を統合的に見たほうが新しいビジネスを作れますし、お客様が求めているのはセンサーに近い部分だけではないはずですから。そこにソフトバンクの新たな価値の源泉があると考えています。
IoTによってスマホが無くなる日も
──インターネットの入り口として、またコンシューマー向けIoTデバイスのハブとして、スマートフォンは今後も欠かせない存在になりそうです。今後、スマホはどのような進化を遂げるでしょうか。
桑原:しばらくは、さらにスマホに機能が集約されていくでしょう。
高宮:ただし、果たしていつまでスマホがネットの入り口として残るかという疑問はあります。IoTの未来を考えていくと、あらゆるものがつながっていく過程で、ネットへの入り口の形も変わると思います。
スマホは革新的に見えますが、電話の形の延長線上ですから。身の回りのモノが全てネットにつながっていて、センサーが内蔵されているとすると、ネットへの入り口の最適な形はもはや電話でない気がします。
そこまで具体的には見えてないのですが、ウェアラブルかもしれないし、あらゆる場所にセンサーがあるのなら、自分自身でデバイスを用意する必要がないのかもしれない。操作は音声かもしれないし、脳から直接読み出すことができるかも。
そうなってくると、ソフトバンクは“電話の通信キャリア”から、本当の意味での“通信キャリア”になっていくのかもしれませんね。
──2020年の暮らしに、IoTはどこまで入り込んでいるでしょうか。
高宮:B to Bでは、かなり入っていると思いますよ。生産現場やビルなどのファシリティマネジメントでは既に入っていますし、弊社の投資先には、自動車ローン契約者の信用力をIoTで補完するサービスを提供しているGlobal Mobility Serviceという会社もあります。
ただコンシューマー向けは、プライバシーに象徴されるように、法制度の整備と、それに加えて人の心も含めた社会の受容性の問題があるので簡単にはいかないように思います。本当に普及しきるタイミングは、これから生まれる子どもたちが、IoTネイティブとして社会の中心になるぐらいの時間が必要ではないでしょうか。
人や社会はそんなに急激には進化しないものだと思っているのですが、IoTのような強烈で技術的なジャンプがあると、技術が起点になって、人や社会のありかたが、がらっと変わってしまうと思います。そこで、波及効果的に人や社会のあり方の変化によってもたらされる更なる事業機会がうまれるので、ベンチャーにとっては大きなチャンスになるような気がしますね。
2020年はともかく、10年後は間違いなくIoTがきます。
データがつながってこそIoT、単一のデバイスで完結するものではありません。ビッグデータのかけ算で、その可能性はとてつもなく広大です。それを支えるプラットフォームは社会にとって欠かせないものですから、ソフトバンクが担う役割も大きいと思います。
(取材:木村剛士、文:加藤学宏、写真:風間仁一郎)