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大企業の持つリソースを使って大きな組織をぶん回す醍醐味を味わってれば、凄く楽しく暮らせます。それと、相性の悪い部長に干されても、別の事業部や海外子会社に移れるのは大きな組織のメリットです。事業部変われば別会社なので、実質的には転職に近い体験を何度も同じ会社で味わえます。私は45歳まで大企業で働いて飽きる事がありませんでした。そこから転職しましたが、決して遅すぎる事はありません。
とっっっってもよく分かる。僕がリクルートキャリア時代に複業をはじめた動機が二つあって、一つは「脱営業」をして、希望する新規事業の舞台に飛び込むため。もう一つは、グレード(職位)が上がれば上がるほど、自分の本当の市場価値と、もらえる給料の差がどんとん開いてしまう、ということ。

サラリーマン的な思考に立てば、「市場価値よりも高い給料がもらえる」ってのはすごい美味しくて、ありがたい話なんですが、右肩上がりに給料が上がるのは30歳前後までで、以降は横ばいです。何らかの理由で居続けるのが難しくなったり、他にやりたいことができた時に数百万円ダウンしないと転職できなくなっちゃったりして、家族持ちだとさすがにそれはしんどいから、結局リクルートにしがみつかないといけなくなったりして。

そういう自分を想像した瞬間に、父親としてそんなのダサすぎる!と思って、将来的な独立を視野に入れて複業をはじめた、というのがもう一つの理由でした。

結果今は労働時間は半分、可処分所得は2倍以上になっているので、とても精神的にゆとりができました。超安定志向の僕は「いきなりの起業、いきなりのベンチャー転職」は怖すぎてできませんが、リクルートは複業OKだったので本当にありがたかったし、一生恩返しし続けたいと思ってます。
まじこれ.このためにおれは20代後半を学生さんと割いてきて彼らにそのパスを作ろうとしてるんだけどなかなか理解されないとこもあるんだよな
私が外務省からSMBC日興証券に転職したのは33歳のときでした。ASEAN調査をするという軸は変わりませんでしたが、政治・安全保障を中心とする世界から、マクロ経済やマーケット分析をする世界へとキャリアチェンジでした。恐らく、世間一般の常識から外れており、年齢的にも最初の転職としてはやや年齢が高くなり始めた時期だったと思います。

焦りや不満があったわけではなく、色々な話しを聞いたり、最終的には縁ですが、転職しました。証券会社に転職するとは、よもや思っていませんでしたが、今振り返ると、外務省時代の経験を活かしながら、プラスアルファで経済・市場分析のスキルが付いたのは良かったと思っています。

中小零細企業から誰もが知る大企業に、日本全国訪問し、個人から機関投資家まで話しをする機会があり、経済の最前線を肌で感じられたのは大変貴重な経験でした。

現在のユーザベース(入社はニューズピックスで現在もニューズピックスからユーザベースアジアパシフィックに出向という形)には39歳で転職。このときも、不満や焦りもなく、ネット記事をみていてユーザベースというなんだか面白そうな会社があると思い、NewsPicks編集部で人材募集と出ていたので、履歴書を送ってみたのがきっかけでした。結果的には、編集部に加えて、SPEEDA事業にも関わる形で採用となり、今に至ります。

社内に知る人はおらず(後になって知り合いがいることが分かりましたが)、今考えてみると、創業者・編集長ののインタビュー記事だけでよく応募したな、と(笑)。

ASEANを軸にしながら、中国やスリランカに行く機会が出来たり、これまでの調査リポートからジャーナリズムとしての記事を書くようになったりと、自分としては一本の軸でつながっています。新しい職につく度に、ASEANに対する見える角度や、新しい気付きがあります。

何よりも、前職、前々職の方々や当時カウンターパートやお客様として関係のあった方が、何かと声をかけて下さったり、こちらから相談を持ちかけると色々と教えて下さったり、サポートして下さるのが大きな財産です。
友岡賢二元プロのコメントに100%同感です。

うん、「大企業のリソースをぶん回す醍醐味」という言い方は、見事に本質を言い表してると思います。

相性の悪い部長に干されて別の事業部や海外子会社に移るって、まるで私の歩いた道そのものです。

まあ私の場合、キャリアなんてことは考えてなくて、自分が好きな仕事、楽しめる仕事をしていたかっただけなので、キャリアを作りたいと考えてる人とは違うんですけどね。
いつも人生の分かれ道、と思いたい。
友岡さんなどがコメントされている大企業でぶん回す人生を捨てるという分かれ道も取っているわけで、一方でその道を行ったからといってその成果が必ず出るかはいくつもの分かれ道もある。
もちろん、ベンチャーにいくなどしても自分の名前だけで仕事できるとは限らないし、そうだとしても「元〇〇」というゆえに取れている部分もあるかもしれない。
また、最近ではベンチャー→大企業というパスもできていて、新しい分かれ道が生まれているし、今後もどんどん増えていくのではないだろうか。
そういう意味で、一層ベンチャーとか大企業とかの垣根が低くなったり、ラベリングはなくなると楽しくなるんじゃないかと個人的には思う。職業・企業に貴賤なし。

だからこそ、選択をしたときに不義理になるようなことはしたくないと個人的には思っているし、おかげさまでそういったご縁に恵まれてきたなぁと。

分かれ道もあれば、またそれが交差することもある。
だから人生楽しいし、また公差したりすると、いい人たちと出会えているなぁと本当に思う。
その点で、下記の言葉にはとても共感する。

『人生は自分を好きになっていくプロセスだよな』
【自分の名前で生きていくには】

人生100年時代の生き方の一つに
「ポートフォリオ・ワーカー」
という選択肢がある。

リンダ・グラットン「LIEE SHIFT 100年時代の人生戦略」で詳述されているので、ぜひそれを読んでほしいが、
投資家が複数の株や債券などの「投資ポートフォリオ」を最適化し、その銘柄を入れ替えてパフォーマンスを上げるように、
主体的に「仕事のポートフォリオ」を最適化し、結果として年金などのセーフティーネットに過度に依存しないで人生100年を生きるスタイルのことだと理解している。

そして、会社の名前でなく「自分の名前で」行きていくことは、ポートフォリオ・ワーカーとなるための前提要件である。

大企業や大組織の存在は、経済にとって絶対的に必要である。
しかし、明らかに、その大組織が社内に抱える最適な人員数は減少する。これは、AI等の浸透でさらに加速する。これは間違いないトレンド。

大企業や大組織にいても、もちろん「自分の名前」で生きることはある程度可能だ。それができているか否かのリトマス試験紙は、組織を超えて何かのプロジェクトを立ち上げるようとした時に、①必要なメンバーの名前が瞬時に浮かび、②その人と「すぐ」「直接」連絡が取れるか、さらに③連絡して「その場で」コミットが取れるか?である。
これができれば、ある程度「自分の名前で」行きていると判定されるのではないか。

外資投資銀行やベンチャー企業の経営者として、大組織からの候補者を採用する面談中に、「ネットワークがある」とか「その人はよく知っています」とおっしゃる方が多いので、「それではその方と今連絡とってみることは出来ますか?」と尋ねると、絶句してしまう、ということが多い。
これでは、こまる。

どう生きるか、フリーハンドを確保して、力を蓄え、来るべきタイミングに備える。確かに30歳前後に、一つの分かれ道があるかかもしれない。
私自身も29歳で会社を辞めて、都議選に出馬した。やはりタイミングというものはありますよね。
日本の大企業、外資系とか、スタートアップ、というステレオタイプな切り口はもういいんじゃないかな。社会人は社会と価値交換をして対価をもらって生きていく、そして社会に与える価値が大きければ大きいほど、貰える対価も大きくなっていく、それだけ。所属がどこであろうが、大きな価値を出し続けている人はそれだけの実力をつけているし、短期的には色々あっても最終的には帳尻はあってきます。社会との価値交換の感覚、そして価値を作り出していくための動き方を身につけていく必要はありますが、私の知る限り実力のある人は器がどこでも価値を出しています。
30歳だろうが50歳だろうが70歳だろうが、年齢は関係ない。
いつまでに何をしなきゃいけないという「枠の概念」の方が人を不自由にしていると思う。