【LINE葉村×電通D菅】マーケティングを「鳥の目」で見られるか
2017/9/25
広告業界の主力となりつつあるデジタルマーケティング。広告代理店、コンサル、プラットフォーマーなど異なる立場での経験が豊富な葉村氏と、電通デジタルで電通グループのデジタルビジネスを牽引する菅氏が、今後のデジタルマーケティングのあり方について語り合う。
電通グループに求められる変化とは
──葉村さんはプロピッカーとして、広告業界に対して、ときには厳しいコメントも寄せています。まずはその真意について教えていただけますか。
葉村:広告会社もメディアも、ビジネスのあり方を考えないといけない時代に突入しています。企業は商品やサービスの購買につながるのであれば、広告に限らずソリューションはなんでもいいわけです。
一方で、広告業界の雄である電通グループは、従来の圧倒的なメディア供給力を武器にしたビジネス手法から次の段階へとなかなか進めていないように思います。
すでに広告会社と、メディアや消費者の間に情報の非対称性はなく、その前提で新しいビジネス手法を展開していく必要があるのではないでしょうか?
菅:確かに今は、メディアだけではなく、クライアントや生活者が自由に発信する時代です。広告会社が一番情報を持っていて、それをもとに提案するという手法は通用しなくなっている。そこは20年以上広告業界にいて、これまでと全く違ってきたと実感しています。
葉村:電通グループは昔から自他共に認めるコミュニケーションのプロ集団。その地位は確固たるものがあります。
だからこそ、時代に合わせた新しいコミュニケーションに関するソリューションの提供を電通グループに実践してもらいたいと思っているのです。電通グループなら「もっとできるはず」という期待があります。
菅:これまでのビジネスモデルで、電通は確かに成功してきました。しかし、これからはPDCAのスピードやデータによるカスタマイズ性など、デジタルの特性を活かした新しい時代の要請に応える必要性を我々も痛感しています。
その課題解決のために電通グループとして立ち上げたのが、電通デジタルです。従来の広告や制作に加え、コンサル、システム開発などデジタルマーケティングに必要となるすべての領域を網羅し、トータル、あるいは単体でのサービスを展開、強化していきます。
「枠売り」から脱却できるか
──葉村さんは「スペースブローカー(枠売り)に未来はない」ともコメントしてらっしゃいます。広告業界は、まだまだスペースブローカー的な部分が残っていると思いますか。
葉村:テレビとの関係性では、電通グループは唯一と言っていいくらい圧倒的に強い。テレビの広告枠の多くは電通に押さえられている。そして、そのことが依然として電通の強さの源泉だったりする。それが、「電通グループ=スペース(面)を押さえる」というイメージにつながっているし、体質としてもまだ残っていると思います。
スペースを押さえるコミッションビジネスは、今まではよかったかもしれませんが、これからは「ソリューションに対して正当な対価を得る」というビジネスに転換していくべきだと考えています。それは「安すぎる労働対価」「働き方改革」という観点でも日本社会全体の課題でもあると思います。
電通グループのようなリーディングカンパニーが変われば、メディアや広告主など日本企業全体が変わっていくはず。電通グループにはその責任もあると思っています。
スペースでマスに訴求、デジタルで個人にフォーカス
菅:テレビはマスへ効率的に働きかけることができ、電通グループにとっても強みであることは確かです。実際、今でもみなさんが思っている以上に、テレビの存在感は大きい。
しかし、「これからもテレビだけで伸びていけるか」というと、それは厳しいと言わざるを得ません。すでに今でも、プランの中心はデジタルになっています。テレビからデジタルへの流れは、2006年、2007年くらいから徐々に始まってきたように思いますね。
葉村:テレビとの比較で考えると、私が執行役員を務めるLINEは、個人のプライバシーを担保しながら、莫大なユーザーを抱えている点で、今やテレビ以上にマス的な存在だと思います。しかし、個人情報を守りながらも、企業からひとりひとりにも語りかけることが出来るという強みも持っています。
菅:LINEのポリシーは、すべてをパーソナライズ化しているが、個人間のやりとりには広告を介在させないこと。それを考えると、確かに広告的にはマスな存在ですね。
葉村:同じプラットフォームでも、TwitterやFacebookは個人情報を活用して、個人に合わせた広告をどんどん差し込んでいきます。
Twitterでは、つぶやきからテレビ番組の視聴を特定し、それに合わせた広告配信を2、3年前から行っています。今後は、どんどんそういう流れになっていくはずです。
──そういう中で、テレビとデジタル領域の位置づけについて、電通グループや電通デジタルとしては、どのように捉えているのでしょうか?
菅:テレビCMを使いマスに訴求し、そのCMを見た個人にフォーカスしてデジタルでさらに細かいコミュニケーションを行う。これが今、電通グループが打ち出している戦略の一つです。
テレビがインターネットにつながることで、テレビを見た人がどのCMを見たのか、見ていないのかなどの情報を捕捉し、より正確に個人へのアプローチができるようになります。
ここにインターネット上の行動データをかけあわせることで、結果としてユーザーが欲しい情報とクライアントが届けたい情報を、高い精度でマッチングすることができるわけです。
こうした技術的な進化を踏まえて、電通グループ全体の新しいマーケティングの考え方として発表したのが「ピープル・ドリブン・マーケティング」というコンセプトです。
「ピープル」、つまり人にフォーカスを当て、その人の生活スタイル、どんな情報を求めているか、何を欲しいと思っているか。データを活用してターゲットをクラスタではなく、個人ベースに合わせて提案していきたい。
それこそが、電通グループ、そして電通デジタルとしての新たな戦略になっていきます。
新たな競合、コンサルとの違い
──デジタルマーケティングの領域では、広告会社とコンサルティング会社の守備範囲が近づいてきていますね。
葉村:最終的なソリューションという意味では、広告とコンサルは競合すると私は考えています。ただし、コンサルがやっているデジタルマーケティングは、厳密に言うと広告領域ではない。
マーケティングの課題は幅が広く、いろいろなプレーヤーが登場しています。インターネット広告中心だったり、クリエーティブ中心のコンサルだったり、バックエンドのシステムの提供がメインな場合も多い。
特に大手コンサルはシステム開発が中心ですよね。システム開発は金額が大きくなるので、売上高ランキングなどでは存在感が目立ちます。しかし、本来的な広告会社の業務とは異なるので、apple to appleではないことに注意が必要です。
対価への考え方も、広告会社とコンサルでは違います。コミッションフィーの広告会社に対して、コンサルはあくまでもレイバーフィーという考え方です。実際に働いてソリューションを提供したことに対する正当な対価という部分では、コンサルに学ぶ点もあるような気がします。
菅:世界レベルでみると、コンサルティングファームがデジタルエージェンシーとなり、我々のような広告会社と同じ領域で競合しています。
ただ、得意領域はあきらかに違う。特にクリエーティブの分野では、圧倒的に広告会社のクオリティのほうが高い自信があります。そうした我々の強みを活かしつつ、足りない部分を強化していくしかないと思っています。
もう一つ、広告会社としての強みは、サービスのスタートから最後のクロージングまで全てを運用できること。最後の結果までコミットし、そこから次の課題に向けての施策も提案できます。
さらに言うと、電通グループではメディアに限らず、イベントやプロモーションなども含めて、人と生活に関するすべてにソリューションを提供できます。コンサルを競合相手として警戒するよりも、「我々と同じことは簡単にはできないはず」という自負のほうが強いですね。
デジタルマーケティングは経営課題か
──企業がデジタルマーケティングを経営課題と捉えられるのか。そこも課題の一つのように思います。
葉村:コンサルは企業のトップであるCEOと組んでマーケティング全体のデジタルトランスフォーメーションを進めることを主眼にしています。広告会社の交渉相手が、宣伝部といった企業の一部門であるのとは大きく違いますね。
日本企業にありがちなのが、手段と目的を履き違えてしまうこと。今後の事業をどのように構築し、そこにどうマーケティングを位置付けるか、という目的を実現するための手段としてデジタルがあるはず。とりあえずデジタル部門をつくっても、何も解決できません。
菅:確かに外資系企業などは、マーケティングが戦略の真ん中にあって、デジタルを手段として使いこなしている。日本企業の意識と違う部分も感じますね。
葉村:そこの理解が進まないと、デジタルマーケティングが経営課題となるのは難しい。企業の経営陣側の問題もありますね。
一方で、宣伝部と広告会社が組むビジネスモデルは電通グループがつくってきたものです。それを考えると、デジタルマーケティングを経営課題として提案していくのも、電通デジタルだからこそできることではないでしょうか。
菅:我々の仕事は、クライアントの課題に向き合い、成果をあげるソリューションを提供していくことです。その成果を得るために、ひとつのやり方としてデジタルマーケティングが力を発揮するのが一番の理想だと思っています。
その結果として、経営課題も解決できる。そういう成果をどんどん実現していきたいですね。
「鳥の目」と「虫の目」を併せ持つ人材
──活躍できる人材も変わるのでしょうか。
菅:まず、大前提としてコミュニケーション能力の高さは必須です。さらに何か一つ得意分野を持っていれば、それを電通デジタルが持つ複数の分野で活かすことができるし、それによってさらに違うスキルも伸ばしていけます。
葉村:これからのコミュニケーションの分野で必要な資質は、「鳥の目」「虫の目」の両方を持って課題解決できるかどうかだと思っています。
デジタルが得意な人はコツコツやる虫の目は持っているけれど、鳥の目が足りない。生活者や企業全体の動き、あるべきコミュニケーションの形といった、鳥の目で全体を見渡して落とし込む力が必要です。反対にマスに向けて働く人たちは、鳥の目はあっても虫の目が欠けていたりすることが多い。
鳥の目、虫の目の両方を兼ね備えていることこそが、最大の武器になっていくと思います。
(聞き手:久川桃子 構成:工藤千秋 撮影:稲垣純也)