ニューヨークを本拠とするスタートアップ、エントルピー(Entrupy)は、ブランド鑑定士を不要にするカメラとアプリを開発している。同社サービスは現在、グッチやシャネルなど11ブランドをカバーしている。

11ブランド対象、98%以上の精度

ルイ・ヴィトンの本物のバッグとよく出来た偽物を見分ける作業には、繊細さが要求される。縫い目を数えたり、表面にしわを付ける「シボ加工」が施された革の感触を確かめたり、プリント柄を入念に調べたりといったことが行われる。
ニューヨークを拠点とするスタートアップのエントルピー(Entrupy)は、そうした当て推量を行うことなく偽物を発見できる技術を開発したと主張している。
エントルピーのソリューションは、手持ちサイズのマイクロスコープ・カメラとスマホアプリだ。数分以内に真贋を判定できる。
このサービスの提供を1年前に開始したエントルピーによれば、ルイ・ヴィトンやシャネル、グッチなど11ブランドに関する精度は98%以上にまで高まっているという。
ファッションブランドは長年、ホログラフィック・タグやマイクロ・プリンティング、さらには繊維に織り込まれたラジオ・ビーコンなどさまざまな手法を駆使して、偽造を防ごうとしてきた。
ロンドンを拠点とする市場調査会社ビジョン・ゲインによると、アパレルメーカー各社は2017年、偽造防止技術に61億5000万ドルを費やす見込みだが、ネットショッピングの匿名性とセカンドハンド・ショップの人気の高まりが、偽物との戦いをいっそう困難にしているという。
「10年前、中古バッグを買いに行く女性は、シャネルやグッチ、プラダの商品は街角で売られていないことを熟知していた」と語るのは、フォーダム大学のファッション・ロー・インスティテュートでディレクターを務めるスーザン・スカフィディだ。
「ところがいまは、合法・非合法の商取引がオンラインで盛んに行われるようになり、消費者が違いを見分けるのは非常に困難になっている」

質店や卸売業者、オンライン小売業者160社と契約

この問題が特に脚光を浴びたのは、2016年のことだった。国際模倣対策連合(IACC)が、中国最大のオンライン小売業者アリババの会員資格を停止したのだ。
アリババおよびその他のeマーケットプレイスは、模倣品の除外に十分に取り組んでいないという批判が高まっていた。「最近の中国製コピー商品のなかには、本物より質の高いものもある」というアリババ創業者ジャック・マーの発言も、火に油を注ぐ結果になった。
中古品を扱うオンラインストア「ザ・リアルリアル」(The RealReal)や「ヴェスティエール・コレクティブ」(Vestiaire Collective)などは、ベテランの専門家を使って、売買する商品の真贋鑑定を行っている。
偽物を買わされたと不満をもらす一部顧客のオンラインレビューでは、こうした真贋鑑定は骨の折れる作業だが、絶対確実というわけではないと述べられている。
エントルピーによると、同社のカメラは対象を260倍に拡大できるため、人間の目には見えない特徴が動かぬ証拠になるという。たとえば、ゆがんだスタンプマークや革シボのわずかな隙間、はみ出た塗料などだ。
ワイヤレス接続を備えた大きな懐中電灯のような外見をしたこのデバイスは、入会金299ドルで借りることができる。月々のプランは99ドルからだ。現在までに、質店や卸売業者、オンライン小売業者など、約160の企業が契約を結んでいる。
電話取材に応じてくれたエントルピー共同創業者のヴィディウス・スリニヴァーサンは「真贋鑑定の作業は現在、すべて人間が行っている。成長過程にある企業にとって、これは拡張性のあるソリューションではない」と語る。

進化する画像認識アルゴリズム

スリニヴァーサンは2012年、ニューヨーク大学の研究者だったアシュレシュ・シャーマ、ラクシュミナラヤナン・サブラマニアンとともにエントルピーを立ちあげた。折しもこの年は、コンピュータービジョンにとって転機となった年だった。
「ImageNet」が毎年開催する画像認識アルゴリズムのコンペにおいて2012年に公開されたブレイクスルー的技術は、膨大なデータセットを使ってパターンを見つけることにより、写真内の日用品を識別するマシンの能力を大きく向上させた。
これはディープラーニング技術にとって、重大な分岐点だった(ディープラーニング技術は現在、自動運転車を支え、音声認識ソフトウェアも改善している)。
スリニヴァーサンらは、フェイスブック人工知能部門のディレクターで、エントルピーのエンジェル投資家でもあるヤン・ルカンの助けを借りつつ、開発を進めた。
高級ブランド品の写真を大量に見せつつコンピューターを訓練すれば、フェンディやエルメスのハンドバッグなどのエッセンス(一種のゲノムのようなもの)を抽出できるはずという直感に従ってのことだ。
問題は、ディープラーニングに必要な大量のデータを彼らが持っていなかったことだ。彼ら3人の誰も、本物・偽物を問わず、クローゼットをいっぱいに満たせる数のデザイナーハンドバッグなど持ってはいなかった。
デパートの婦人洋品売場で無益なスパイ活動を繰り返したのち、彼らはニューヨークにあるセカンドハンド・ショップ数軒を説き伏せて、在庫へのアクセス権を得た。いっぽう、模倣品の入手のほうは簡単だった。共同創業者のひとりが中国に飛び、スーツケースいっぱいのコピー商品を持ち帰ったのだ。

自動車部品や原油にも技術を適用

エントルピーのデータベースには現在、およそ3万種類のハンドバッグや財布などの写真が何千万点と集められている。このソフトウェアは、クライアントが新しい写真をアップロードするとそれを学習する仕組みになっている。
スリニヴァーサンによると、エントルピーは、彼らが鑑定の対象とする商品をつくるファッションブランドとは何ら関係していないという。LVMH(モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン)をはじめとする高級ブランドは、自分たちの商品が中古市場で売買されているという事実を認めたがらないのだ。
2017年7月にエントルピーは、東京を拠点とするデジタルガレージと大和証券グループが結成した「DG Labファンド」が率いるシリーズAラウンドで、260万ドルを調達した。
スリニヴァーサンによると、その資金は、より高速でポータブルなカメラを設計し、エントルピーのリストにさらにブランドを追加するのに使われる予定だという。また同氏によれば、エントルピーはこのソフトウェアのほかの用途にも目を向けている。
スリニヴァーサンは「この技術は、ブランド品だけでなく何にでも使える。ただし、ダイヤモンドと磁器は例外だ。というのは、われわれはこの技術で光学分析を活用しているが、これらには光を屈折させる性質があるからだ」と語る。
「われわれはすでに、自動車の部品や電話、充電器、ヘッドフォン、ジャケット、シューズ、さらには原油にもテストを行っている」
原文はこちら(英語)。
(執筆:Pavel Alpeyev記者、翻訳:阪本博希/ガリレオ、写真:_laurent/iStock)
©2017 Bloomberg News
This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with IBM.