テスラの最新車種「モデル3」は、先行モデルよりも低い価格帯であることから、EV普及の起爆剤となるのではと目されている。そしてその成否は、今後加速度的に増える出荷を計画通りに進めること、その生産体制の構築にかかっている。テスラのEVにとって重要なデバイスの一つである「電池」を担うパナソニックで、テスラとの事業を推進する松倉圭介氏に、電池開発と生産ライン立ち上げの舞台裏を聞いた。

テスラ“だけ”が顧客

──Teslaビジネスユニットのパナソニックにおける位置づけを教えてください。
パナソニックグループの中で「車載」「産業」を軸にデバイスからシステムまで幅広く事業を手掛けるのが、オートモーティブ&インダストリアルシステムズ社(AIS社)です。
Teslaビジネスユニットは、AIS社にある10の事業部とは別に、エナジー事業直轄のビジネスユニットとして運営しております。その名の通り、電気自動車(EV)メーカー、テスラ“だけ”をお客様とする部門です。市販の電池をつくるのとは大きく違う点です。
Teslaビジネスユニットが発足したのは2015年。当初は小規模体制でのスタートでしたが、テスラの新型EV「モデル3」に当社の電池を供給することが決まってからは全社的な強化を行い、ビジネスユニットとして開製販の体制を整えてきました。
松倉 圭介
パナソニック株式会社 オートモーティブ&インダストリアルシステムズ社
Teslaビジネスユニット 事業推進担当
1986年に入社し、一貫して二次電池の生産技術に携わる。2度にわたる中国・無錫駐在で工場立ち上げ・運営を経験し、2014年7月に帰国。Teslaビジネスユニットの製造担当を経て、2017年8月から現在のポジション。住之江工場でTeslaビジネスにおける日本側の電池・生産設備開発を担う。
モデル3向けの電池を製造するテスラの「ギガファクトリー」(アメリカ/ネバダ州)内の電池セル(=1つ1つの円筒形の電池)工場が稼働し始めた、2017年の初め頃には、日本からもメンバーを現地に送り込んでいます。ビジネスユニット長は基本的にアメリカにいて全体を指揮し、私は日本側の電池・設備開発を取りまとめています。
──テスラ向けにはどのような電池をつくっているのですか。
テスラの既存車種「モデルS」「モデルX」で使われている電池は大阪の住之江工場でつくっています。「18650」という、パソコンなどにも広く使われている、汎用タイプのリチウムイオン電池と同じサイズの円筒形です。ただし特性はEV用の特殊仕様で、ICT用とはスペックが異なります。
今年7月から出荷を開始したモデル3向けには、「18650」よりも少しサイズの大きい「2170」という円筒形のリチウムイオン電池セルをつくっています。この電池セルは、テスラの技術部門とも協議しながら、モデル3のためだけに新たに開発しました。この電池を、ギガファクトリーで製造しています。
テスラでは、これらの電池をシャシー下部の電池モジュールに敷き詰めるような形でつないで使います。
私たちの仕事は、電池セルを納品するところまで。その後は、テスラ側がギガファクトリー内で電池モジュールを組み立ててテスラの車両工場へ運び、車両を完成させます。

ギガファクトリーはまだ始まったばかり

──先ほどから何度か出てきている、ギガファクトリーについて教えてください。
ギガファクトリーとは、ネバダ州の砂漠の中にテスラが建設している巨大な工場です。2014年6月に着工し、2017年の1月に電池セル工場が稼働を始めました。
テスラが年間50万台の車両の生産体制を築くとすると、それだけで、2013年に全世界で生産されていたリチウムイオン電池の全量と匹敵する生産量になります。そのためにつくっているのがギガファクトリーです。年産35GWhの工場をつくるところまでは、具体的な計画になっています。ここで必要な電力は、太陽光・風力など100%再生可能エネルギーでまかなうことを目指しているといいます。
写真提供:Tesla, Inc.

アグレッシブな要求水準

──テスラとの開発はどのように進めていますか?
彼らはベンチャーですから、まず要求がものすごくアグレッシブです。若い世代も上層部にいて、組織を引っ張っていきながら開発しています。テスラの車の性能を100%引き出せる電池はどういう電池か、それを考えるところから始まります。
まずは電池そのものの性能。車載電池で重要なのは、車の航続距離を伸ばす容量だけではありません。安全性を担保し、暑いところ・寒いところなどの過酷な条件下で使われても絶対に止まらないようにしなければなりません。
またこれから大きな課題となるのは、充電時間の短縮です。現状では、車両1台を満充電しようとすると数時間かかります。これを、より短時間で充電する技術が必要になります。
われわれ電池メーカーには長年にわたって積み重ねてきた経験があるので、通常は過去の経験をベースに考えます。そこから次はどれくらいステップアップできるか、例えば「あと、10%までは容量を伸ばせる」ということを体感的に分かっているからです。
でも、彼らはそんなことは全く関係ありません。彼らと話していると「理論限界(theoretical limit)」という言葉がよく出てきます。「世の中の最新のものを詰め込んだらどれだけ性能が出るかを、理論的に答えてください」ということを聞いてくるのです。
まず理論的な上限を求めてそこに到達するためにどうするか、と考える彼らと、経験という土台からの積み上げで考える私たち。その考え方の間を埋める難しさを感じる面もありますが、半面、とても勉強になります。
今まで相対したことがないような人たちと一緒に仕事をして、これまでにない経験をすることが、パナソニックにとってよい刺激になっていることは間違いありません。
──ギガファクトリーの生産ラインはどのように構築しているのですか。
電池に関する生産設備は全て日本で製造し、それをギガファクトリーに持ち込んで、ラインアップして立ち上げるという流れです。この生産ラインの構築に関しても、要求水準は高く、スピードが求められています。
通常、私たちが生産ラインを導入する場合は、市場や顧客動向を見ながら段階的に投資判断しますが、今回はそうではなく、複数ラインを一気に立ち上げています。われわれの経験からすると、かなり特殊なやり方ですが、これから加速度的に増える車両の生産計画に間に合わせるにはそれだけのスピード感が必要なのです。
さらに、テスラはチャレンジ精神が旺盛ですから、常に「新しいもの」を私たちに求めます。一気に複数のラインを立ち上げながら、同時にもっと生産性の高い設備を、もっと性能の高い電池を、という要求にも応えていかなければなりません。
最初にスケジュールを引いた時には、正直にいうと「とてもじゃないけど出来ない」と誰もが思っていました。でも実際に、テスラの厳しい要求に応えながらやっていくことで、“世界で勝負できるスピード感”がわれわれにも体感的に分かるようになってきたと思います。

生産技術のエンジニアをもっと欲しい

──そのスピード感に今後も対応していけるのでしょうか。
パナソニックのエナジー部門では、生産設備は基本的に自前で開発しています。内製にこだわるのは、自社で生産技術を高めることが、メーカーにとって他社との差別化、競争力の向上につながるからです。そのような考えのもと、高い生産力と品質力を培ってきたからこそ、今の開発スピードに対応できていると思います。
しかしそれでも、これだけのスピードで生産ラインをつくっていくには、生産技術のエンジニアがまだまだ必要です。採用もずっと続けてきて、社内の各部門からも生産技術のエンジニアに来てもらっていますが、それでもまだ必要な状況です。
──生産技術のエンジニアにはどんなスキル・素養が必要ですか。
より生産性を高めるために、速く生産できる設備、コストを抑えた設備にしていく上では、要素技術や工法も並行して開発していかなくてはなりません。そこに対応できる能力・経験が必要です。
また、近年は生産設備のインテリジェント化が進んでいます。生産プロセスの中で、どの製品が、いつ、どのラインで、どの設備で、どのような条件下でつくられたかといったデータを取っているのです。その目的は、製品の品質とトレーサビリティを確保すること。さらに、それら膨大なデータを読みながら、メンテナンスや部品交換が必要なタイミングを計る、いわゆる予兆管理も目的の一つです。
生産設備のさらなるインテリジェント化、IoT、AIの活用はこれからも拡大していかねばなりません。データ処理やITが得意な方には、生産技術の領域でもこれから活躍のフィールドが広がってきます。

EVで高まる電池の需要

──これからのテスラとのビジネスの展望をどのように描いていますか。
電池としての車載事業というスコープで見ると、テスラとのビジネスは急速に拡大しており、当社として、テスラ専用の組織を立ち上げるなどテスラとのビジネスを非常に大切にしております。
ただ、車載電池については、他の自動車メーカーのお客様にも当社の電池を提供させていただいていますし、中国では政府主導でEV化が加速されており、中国系企業からのニーズも急速に高まっています。
これだけの脚光を浴びるEVメーカーとしてのテスラに、当社の電池の品質・技術・モノづくりを認めてもらい電池を供給できることのメリットは非常に大きい。今後、テスラとの協業で培った技術と経験が当社の技術者に蓄積され、拡大する車載事業に貢献していくことが重要だと考えています。
(取材・文:畑邊康浩、写真:中神慶亮[STUDIO KOO])