中国のメンツを踏みつける金正恩。動けない習近平

2017/9/4

中国にとって最悪の展開

このほど北朝鮮が行った6回目の核実験は、その規模、破壊力ともにこれまでの核実験を大きく超えるもので、国際社会に衝撃を与えた。
なかでも「ミサイルはともかく、新たな核実験だけは絶対にやめてくれ」と北朝鮮に働きかけていた中国にとっては、最悪の展開と言えるだろう。
しかも、核実験が行われた日は、習近平国家主席にとって外交の晴れ舞台であるBRICs(新興5カ国)首脳会議が自国のアモイで開催される当日だった。
プライドの高い中国のメンツは、二重、三重に、北朝鮮によって踏みつけられた形だが、それでもなお、中国は身動きが取れない状況だ。
中国の外交部は形ばかりの非難声明を出したが、習近平は、まるで何事もなかったかのように、発言の場もあったBRICs首脳会議で沈黙を守っている。
北朝鮮の核実験に対して、無言を貫く習近平国家主席(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)
現在、国際社会は北朝鮮に対して、対話を排し、制裁などの圧力で北朝鮮に核・ミサイル開発を中止・放棄させる戦略をとっている。
これは「朝鮮半島の非核化」を国是としている中国の利害とも一致する。中国はこれまでも北朝鮮の石炭や海産品の輸入禁止措置をとって米国などと歩調を合わせながら、北朝鮮の説得役を担ってきた。しかし、中国の説得の言葉も、核開発に邁進する金正恩は馬耳東風とばかりに聞き流した。
中国にとって、最大の対北朝鮮の交渉材料であり、北朝鮮にとっても、米国の直接攻撃以外でもっとも恐れているのは、中国の石油禁輸である。
産油国ではない北朝鮮が年間に必要とする石油は60~70万トンとされ、うち中国からの輸入はおよそ8~9割を占めている。
その石油をもし本当に断ち切り、ここに同じく石油輸出をしているロシアなども同調すれば、いくら備蓄があったとしても、中長期的に、北朝鮮は市民生活どころかミサイル開発もままならなくなるだろう。

中国の心理を読み切る北朝鮮

だが、石油の禁輸に踏み切れないと金正恩は中国の心理を読み切っているのではないか。この核実験の強行からはそんな実態が浮かび上がった。
石油の禁輸は、中国にとってジョーカーのようなカードだ。
石油の禁輸は、確実に金正恩政権の息の根を止める覚悟と保証があって初めて選択できる方法である。なにしろ、雑分の多い大慶油田の石油を輸出しているだけに、いったん閉めてしまうと、パイプラインが付着物などで汚れてしまい、短期に復旧させるのは困難だとされる。
だが、石油の禁輸に踏み切っても、決定的に事態を変えられなければ、北朝鮮を完全に敵に回してしまう。しかも、北朝鮮に対する中国の影響力を信じている米国・トランプ大統領と習近平国家主席との間で、先の米中首脳会談で作り上げた北朝鮮問題をめぐる信頼関係は大きく損なわれる。
さらに、中国は10月18日に5年に1度の党大会を開催することを決めたばかりだ。
習近平主導の人事が進んでいると見られているが、最後の最後まで詰めを間違えるわけにはいかない残り1ヶ月で、習近平は大胆な対北措置には動けない。
こうした狡猾な計算が、金正恩の頭のなかにはあったかもしれない。

北朝鮮という「わがままな弟」

中国は朝鮮戦争に参戦した経緯で、北朝鮮とは「中朝友好協力相互援助条約」を結んだ同盟関係にある。朝鮮戦争で米軍らと戦って数十万人の死者を出した中国と北朝鮮との関係は「血盟(血で結ばれた同盟)」という言葉で表現されてきた。
しかし、実態として、この「血盟」関係は冷戦の終結や、1990年代の韓国と中国の国交樹立によって事実上終結したとみられている。今の中朝関係は、指導者間の不信感と相互の利用価値の両方がないまぜになった複雑な状況に陥っている。
金正恩が指導者に就任後、慣例に反して一度も中国を訪問しておらず、これまで習近平との中朝首脳会談が一度も行われていない異常事態が続いている。
習近平と金正恩との間では一度も首脳会談が開かれていない(写真:AP/アフロ)
世界の大国を目指す中国は、北朝鮮という「わがままな弟」に振り回され、国際社会で「ならずもの国家」の庇護者であるというマイナスイメージを負い続けることに、ほとほと嫌気がさしている。
中国人にとっては、朝鮮戦争の恩を仇で返され続けているという思いは強まるばかりで、市民感情のなかに北朝鮮への同情はほとんどない。
ただ、中国政府にとっては、北朝鮮が崩壊した場合、大量の難民が中朝国境から中国に流入するなどのシナリオが予想できる。そのうえ、北朝鮮の代わりに親米国家を誕生させたくない戦略もあり、北朝鮮とは付かず離れずの距離を取っている。

北朝鮮の狙いは米中離間

一方の北朝鮮からすれば、米国と手を組んで自分を押さえ込もうとする中国への不満と猜疑の大きさは、我々の想像を超えたものがあるだろう。北朝鮮の国営メディアが中国を「裏切り者」などの呼び方で悪し様に批判するのは日常茶飯事になっている。
北朝鮮は手にした核兵器によって、中国と取引することもできる。北朝鮮にとって中国が潜在的な敵国となれば、いまは東にばかり向いている北朝鮮の核・ミサイルが北京や上海のある西に向けられて喉元を狙われる事態にもなる。
だからこその「朝鮮半島の非核化」だが、北朝鮮は中国の操り人形になりたくないため、対米だけではなく、対中という意味でも、交渉での発言力を維持する道具として核を用いている意味もある。
北朝鮮にとっては、中国と米国が対北政策で対立してくれるところに活路があり、自らの戦略的価値を高める近道になる。
米中協力は「北朝鮮の核開発の阻止」という点では一致しているが、具体的なアプローチや制裁の内容については詳しい詰めがない砂上の楼閣のようなものだ。北朝鮮が突っ走るほど、トランプ大統領は「中国は口だけで何もしてくれない」という気分になるだろう。
そんな弱みを巧みに突きながら、米中をできるだけ離間させることが北朝鮮の生き残りの確率を高めると、金正恩は判断しているのではないだろうか。