サイバーエージェントのNo2が、組織論を世に出す理由

2017/9/3
サイバーエージェント共同創業者の日高裕介氏。現在、取締役副社長としてゲーム事業を管轄する日高氏が、新著『組織の毒薬』を上梓した。なぜ今、組織論なのか。執筆の動機を語る。

組織で働く人を勇気づけたい

組織の毒薬』は私が担当するゲーム事業部向けの社内報に書いたコラムをまとめたものです。最初に書籍化のご連絡をいただいた時、まず思ったのは「まずい、どうやって丁重にお断りしようか」ということでした。
なので、幻冬舎の編集者の箕輪さんがいらっしゃった時に「この本はサイバーエージェントの内輪ウケの内容だから社内で流行っているだけであって、社外の人が見てもよく分からないし、面白くないと思うんですよ」ということをお話ししました。
私が担当するサイバーエージェントのゲーム事業は8年前に4人でスタートして、現在は3000人を超える組織になりました。
拡大していく組織の人たちに向けて、私が仕事や組織について考えていることを伝えるために、定期的に社内報にメッセージを書くことにしました。そして、コラムは5年で93本になりました。
新しく入ってくる人にも、組織について知ってほしいと考え、コラムを一冊の本にまとめ、希望者に配りました。すると、コラムを読んだ社員が感想を次々にSNSにアップし、社内でちょっとしたブームになりました。
このコラムは、私の仕事に対する考え方や経営方針を伝えたいと考え書いてきたので、社内でのブームを「シメシメうまくいった」と思って見ていました。
しかし、社員の感想を見た社長の藤田がSNSアプリの「755」で「日高の本が絶賛されている。日高の本作ったら売れそうだな」と冊子についてつぶやくと、幻冬舎の見城社長がその投稿をご覧になり、編集の箕輪さんから「書籍化したいです」と私にメッセージが届きました。
そこまで、社内に本を配ってからわずか1日というスピード感でした。
日高裕介(ひだか・ゆうすけ)
サイバーエージェント副社長
1974年宮崎県生まれ。1997年に慶應義塾大学卒業後、インテリジェンス(現パーソルキャリア)に入社。1998年に退社し、サイバーエージェントを設立。コマース事業やメディア事業に従事後、2009年にモバイルコンテンツ事業を立ち上げ、現在は、取締役副社長として、ゲーム事業を管轄
書籍化をお断りしたかったのは、冒頭で書いたように箕輪さんにお話ししたことが一番大きな理由でしたが、私は経営者なので、本が売れなくて幻冬舎にご迷惑をかけるのも嫌だなと思っていました。一番の見込み客である社員にはすでに配っていることですし。
そういう話をした後に、箕輪さんは「世の中、組織で働く人がほとんどなので、この本はそうした人にとって勇気が出る内容だと僕は思います」とおっしゃいました。
さすが敏腕編集者です。この一言が私の考えを変えるきっかけになりました。
私が毎月のコラムを書く目的のひとつに「組織で働く人を勇気づけたい」というものがあります。仕事はしんどいことが多いので、うまくいく前に心が折れてしまう人も多くいます。組織で働くとなると、なおのこと自分ひとりではどうしようもないストレスとの戦いです。しかも当社は経験の少ない若手がまだ多くいる会社です。

「七転八倒してこそ仕事」

人は、言葉ひとつで変わります。
私自身も「憂鬱でなければ、仕事じゃない」という見城さんの言葉に勇気づけられ、心が救われたビジネスマンのひとりです。
この言葉は見城さんと藤田との共著の題名にもなって、その本はベストセラーになりました。私が初めて見城さんからこの言葉を聞いたのは、7年前の幻冬舎とサイバーエージェントの合弁会社「アメーバブックス」の役員会においてでした。
アメーバブックスの役員会は毎月幻冬舎の本社で行われていました。主にアメーバブックスの新刊についての決裁やプロモーションについて話をする場で、私は担当役員としてその会に参加していましたが、私の楽しみは見城さんのお話を聞くことでした。
見城徹、圧倒的努力で鮮やかに勝ち続ける男
私が言うのも失礼なのですが、見城さんほど話が面白い方を私は見たことがありません。
びっくりするほどの大物の方々との交友や、芸能、政治の裏など、他ではまず聞けない話題もさることながら、その話題に対しての見城さんの見解や思想を交えてのお話に時間を忘れてぐいぐい引き込まれていきました。
「憂鬱でなければ、仕事じゃない」をお聞きした時のことを、自分のブログでこう書いています。
「七転八倒」2010年5月19日
今日アメーバブックスの取締役会の際幻冬舎の見城社長が話の流れのなかで「憂鬱なことが無いのは仕事じゃない」「仕事は七転八倒するもの」「そういう思いをして不可能を少しでも可能に近づける」とおっしゃっていて本当にその通りだと思った
「これほどの努力を人は運だという」と自著に書かれていた見城社長がおっしゃると重みが増す
(中略)
七転八倒をどう乗り切るかは人それぞれだけど自分としてはチャレンジングな目標を重要なプロセスだと思い我慢ではなくて理解して進めたい
見城さんが「七転八倒してこそ仕事」とおっしゃったのを聞いて、私は自分が「仕事が辛い」と思っていることに目を背けていることに気づきました。そして「仕事をしんどいと感じてもいいんだ」と気持ちが楽になりました。
7文字にするとシンプルな話なのですが、私にとっては仕事に対する見方が180度変わった思いがする出来事でした。
人によって仕事が辛つらい、辛くないはさまざまですが、「仕事はそもそも辛いものだ」という自分の意識に蓋をしたままだったら、私は今日まで仕事を続けることはできなかったように思います。

「日高で大丈夫なのか?」

簡単に自己紹介をさせてください。
私は1974年に宮崎県宮崎市で生まれ、地元の高校から慶應義塾大学の環境情報学部に進学しました。
新卒で人材分野のインテリジェンスに入社し、そこでサイバーエージェント社長の藤田と同期になりました。そして新卒1年目を終える前に、藤田が独立する際に誘われて、サイバーエージェントを一緒に設立しました。
(撮影:遠藤素子)
藤田の著書である『渋谷ではたらく社長の告白』で、私はこのような形で登場します。
まずは、人を集めなくてはなりません。創業メンバーをふたりとも失ってしまった私には、常に頭の隅に意識していた人物がいました。
日高裕介(現・サイバーエージェント専務取締役)。内定者を集めた研修でチームを組んだ、同期8入社の友人です。ある日、起業を準備していたときの宇野社長とのミーティングで私は切り出しました。「社長、日高をもらいたいんですが……」
一瞬、宇野社長は言葉を詰まらせました。
「……え? それはいいけど……日高で大丈夫なのか?」
入社してすぐに大阪支社に配属された日高は、会社側からの高い期待とは裏腹に、成績不振に喘いでいました。同期入社中でもトップの成績を残していた私と、ビリに近かった日高とでは社内の評価に大きな差がついていました。 
私と日高は同期の中でも、特に仲の良い友人でした。日高とのパートナーシップは上手くいく。それに日高も高い志を持ってインテリジェンスに入社し、もともとは非常に頭がきれる男です。
環境を変えれば必ず頑張って復活してくれるはず。私は密ひそかにそんな風に考えたのです。
新卒社員当時、私は、インテリジェンスの宇野社長(現・U─NEXT代表取締役社長)が「え? 日高で大丈夫なのか?」と言うくらい仕事ができなかった、というか仕事自体が私には向いていないと、サボる言い訳ばかりして仕事に身が入っていませんでした。
それなのに、サイバーエージェントを設立してからはジェットコースターのような仕事人生になって、「仕事が苦手」などと言っている暇はなく、気づけば今に至っています。

組織で仕事をする理由

サイバーエージェントではさまざまな事業を立ち上げました。
最初はインターネット広告代理事業、その次はネットプライスというECの子会社を。その後本体に戻ってメールマガジンなどのメディア事業を担当しました。メディア事業に並行していくつかの新規事業を立ち上げましたが、その中でうまくいったものはありませんでした。そして今のゲーム事業が今年で8年目と一番長いキャリアになっています。
落ちこぼれからスタートしたこれまでの私の仕事人生を振り返ると、まさに「七転八倒」という言葉がしっくりきます。
私は、社内の幹部やメンバーと仕事の話をする時に、仕事の困難さは変えてあげることはできないけれど、困難さに対する考え方や視点が変わるきっかけとなるような言葉を伝えようと心がけています。私にとって、見城さんの「憂鬱でなければ、仕事じゃない」という言葉がそうであったように。
なので、箕輪さんから「このコラムは、組織で働く人を勇気づけられると思います」と言われた時に、自分の文章を人様に見せるのが恥ずかしい、とか小さいことを言っていないで、組織で働く若い人たちに自分たちのしている仕事の尊さに気づいてもらえたり、困難に遭遇した時の仕事に対するひとつの考え方を得るきっかけになるのであれば、このコラムは書籍化する価値があるかもしれないと思いました。
サイバーエージェントは、設立したその年から新卒採用を始めたほど若い人材の採用と育成に力を入れていたり、終身雇用を打ち出したりしているので、古い日本的な経営スタイルと言われることもあります。オリジナルな人事制度も多く、設立以来、会社組織の成長に向き合ってきたことをひとつの強みにしています。
世の中のトレンドは、「日本的な新卒採用や、ひとつの会社に長くいる終身雇用は古い、ダサい」というものですが、日本では多くの人が会社組織に属す選択をしています。組織で仕事をする理由はひとえに「ひとりではできない大きなことを組織でやる」に尽きると思っています。
この本を読んで、今組織に属している、特に20代、30代の若い人たちが「組織で働くこと」に対してより前向きに、より誇りを持って向き合えるようになってくれれば嬉しく思います。