人材評価に関わった経験のある人であれば、誰もが一度は触れたことがあるであろう“コンピテンシー”という言葉。この世界共通の人材評価の基準は、実は1970年代初頭から変わらず世界中で活用され続けているものだ。組織・人事を専門領域とするコーン・フェリー・ヘイグループは他にも、「ヘイ・ガイドチャート法」「動機診断」といった、時代を超えて活用され続ける“世界標準”を生み出してきた。しかも前者は1950年代に誕生している。なぜ、それらの方法論が今も変わらず、いや、ますます求められるようになっているのか。そして、なぜ現在の日本企業が抱える課題を解決するキーになりうるのか。同社シニア・クライアント・パートナーの柴田彰氏に話を聞いた。

日本企業が抱える課題を解決するカギ

――現在の日本が抱える課題には、どのようなものがあると思われますか。
現在、日本の企業が抱える課題は大きく3つあります。ひとつはグローバル化という問題です。改めて言うまでもなく、国外で成長余地を探しているのは、どこの企業も共通していえることです。
二つ目の問題は、これもほとんどの企業がそうだとは思いますが、これまで主力であった事業が成熟し、国内でも海外でも伸びないということがわかっている。そこで新規事業に経営資源を投入するなど“事業ポートフォリオ改革”という課題に直面しています。
さらに三つ目には、次世代の経営者をどう育てていくのかという課題があげられます。グローバル化や新規事業を進めていくためには、これまでの経営者とは、まったく違った資質や能力が求められるようになります。
これらの課題の根底には、必ずといっていいほど“人”の問題が存在していますので、それを組織・人事のアプローチから根本的な解決に導いていく必要があるのです。
柴田 彰 シニア・クライアント・パートナー
2002年、プライスウォーターハウスクーパース入社。サプライチェーンのコンサルティングに従事した後、コミュニケーション・コンサルタント分野をリードするフライシュマン・ヒラードに入社し、企業や非営利団体のコミュニケーション戦略立案に従事する。2005年にヘイ コンサルティング グループ(現、コーン・フェリー・ヘイグループ)に入社。日本の大企業を主なクライアントとして、コンサルティング活動に従事する。
――柴田様が考える組織・人事のアプローチとはどのようなものでしょう。それぞれの課題別に具体的に教えていただけますか。
まずはグローバル化を進めるうえで経営課題となるのは、日本とはまるで異なる文化や人材を持っている海外の拠点、ないしは会社をどうマネジメントしていくかという点にあると思います。日本式の人事の考え方を持ち込むのは極めて困難でしょう。
そこで登場するのが「ヘイ・ガイドチャート法」です。これは簡単にいうと、人の処遇、人の格付けみたいなものを、仕事という万国共通のユニバーサルな基準で統一化していく方法論です。まったく違うものをひとつの共通のものさしで見ていくのです。
この「ヘイ・ガイドチャート法」は、1950年代にアメリカで公民権運動が盛り上がっていた時期に、肌の色の違いによって生まれる処遇の違いを是正したいという高い理想から、コーン・フェリー・ヘイグループの創設者であるエドワード・ヘイにより開発されました。この考えは、60年以上もの時を経た、現在の企業が抱えるグローバル化問題の解決にも当てはまります。
実は、この“仕事で処遇を決める”という考え方は、急激に欧化を進めていた戦後の日本にも存在していました。しかし、1970年代を境にして職能資格制、いわゆる“年功序列”が日本の企業のスタンダードになりました。それは、高度経済成長期という時代的背景の中で、“このまま企業の業績は伸びていく、だから社員も将来的に貢献してくれるはずだ”という考えが前提にあったのだと思われます。
そして2000年代になって、成果主義ブームが訪れます。職能神話が壁にぶち当たった瞬間といえますね。年功序列によって、どんどん給料は上がっていくのですが、業績は伸びない。成果主義はその不和を解消する手段であったわけですが、コストカットという目的が達成された時点で、ブームは終焉を迎えます。そしてまた、このグローバル化の波の中で、職能資格制ではない、別な基準の必要性を感じているのです。
違うものを同じものさしで見るという方法論ですから、この「ヘイ・ガイドチャート法」は、グローバル化はもちろん、異なる会社が一緒になるM&Aの際にも活用されます。現在のところ、仕事以外に世界共通で人の処遇を決める基準は見つかっていません。普遍性が高く、事の真理をついているからこそ、この「ヘイ・ガイドチャート法」が色あせることなく愛用され続けているのでしょう。
――二つ目の課題である“事業ポートフォリオ改革”は、組織・人事上の課題といえるかと思いますが、どのような解決策があるのでしょうか。
この“事業ポートフォリオ改革”は、特に大手企業が抱える深刻な課題です。従来のメイン事業に携わる人材と、新たに経営資源をつぎ込んで進めていく新規事業の領域で必要となる人材とでは大きくカラーが違います。
デフォルメすると前者は“官僚的”、後者は“山師的”と表現できるかと思いますが、既存のメイン事業がシュリンクする可能性があるので、前者を後者へと意識変革させるか、もしくはポテンシャルのある人材を見つけ出して新規事業部門へ集めるなど、社内の“民族大移動”が行われる。要するに、事業ポートフォリオにあわせて人材ポートフォリオを変えていく必要があるのです。
ところが、多くの企業では、後者の新規事業を進めるうえで必要な人材像が明確になっていません。ですから、戦略論から切り込んでいって、それを正しく理解した上で、経営層から現場までインタビューを実施します。事業を知って、はじめて人材の要件というものができあがります。
既存の社員だけでは不足しているとなれば、外部から最適な人材を連れてくるという話になるのですが、あまりドラスティックに進めるわけにはいきません。日本の企業はチームで仕事を進めることが多いため、異分子を一気にたくさん入れてしまうと、バランスが崩れてしまうとおっしゃるのですね。
「それはわかる。わかるけれども、一気にやると今まで良かったものや、DNAが崩れてしまう」と。だから、私たちコンサルタントは、クライアントに張り付いて、長くお付き合いする必要があります。
人を動かすにあたって“社内力学”はとても大事です。どこのボタンを押せば正論が通りやすいか、それを理解するかしないかでは、コンサルティングの質は大きく変わってきます。そこまで踏み込んでいくのが私たちコーン・フェリー・ヘイグループのやり方です。

ブラッシュアップされ続ける世界標準

――三つ目の課題である社長の後継者選びについては、どのような解決策がありますか。
社長の後継者選びについては、“今までの自分たちの目線で選んで良いのか?”という問題意識があるということは先に述べました。そんな時に活用されるのが人材を可視化する方法論です。
その代表格ともいえるのは、私たちコーン・フェリー・ヘイグループと行動心理学の世界的権威であったデイビッド・C・マクレランド教授によって考案された「コンピテンシー」(ある役割において、優れた結果にむすびつく個人の特性)や「動機診断」と呼ばれる人のモチベーションを診断する手法です。これらも、1960年代から使用されている普遍性の高い方法論です。
世の中の方法論の多くは、ロジカルに考えた結果、“これが正しい”と導き出すものですが、コーン・フェリー・ヘイグループの方法論は少し違っていて、何万件ものデーターベースの中から生まれてきた帰納抽象型の理論です。頭で考えて、“正しそう”というものではなく、確実に“こう言える”という方法論となっています。
ですから次の経営者を見つけるときにも、候補者がどのような動機を持っているかを可視化し、難しい局面を迎えた時にどんな行動を取るリスクがあるのかも予測できるのです。社長の後継者としてのポテンシャルを図るのは非常にシビアな問題です。ある程度普遍性の高い方法論で対処しなければ、見誤ってしまう可能性がある。ですから、コンピテンシーや動機診断といった方法論を活用し、新しい戦略を実現するためには、こういう人材が必要ですと申し上げているのです。
たとえば、世界中の何万人ものCEOへのインタビューを元に共通項を抽出した“CEOコンピテンシーモデル”というものがあります。確率論の問題ですから、それだけの情報量があれば、必ず、クライアントが置かれている状況や規模に当てはまるケースが見つかるはずです。またコンピテンシーも動機診断も普遍的でありながら、時代の進化とともに新たなデータを集積しブラッシュアップし続けているので、ますます信頼性が高まっています。
――それは大変興味深いお話です。ちなみに、“CEOコンピテンシーモデル”によると、どのような人材がCEOに向いているという話になるのでしょうか。
一言でいうと、“ビジネス環境の理解”と“物事を抽象化する思考力”を持つ人ということです。ビジネス環境の理解といっても、自分の業界を知っているだけでは不十分です。周辺業界も含めて幅広く理解し、どこが勝ち筋なのか、ピンとくる力が必要なのですが、これは同じ業界、同じ会社でキャリアを重ねてきてもなかなか身につかない力だと思います。
抽象化の思考力というのはセンスの問題です。これまでの日本企業は品質重視できているから、これはロジカルな世界ですよね。ところがこれからは、「こういった付加価値を提供すると売れそうだ」という感覚論が必要で、これはロジカルな考え方からは出てはきません。物事を抽象化して、「恐らくこうであろう」と自らの洞察から引き出す力が必要です。

組織を変えていく醍醐味

――御社が開発された方法論はすでに、世界中で書籍化されています。これを読むだけでコンサルティングの力量があがるわけではないですか。
確かに、方法論について書かれている書物はたくさんあり、それらを読めばある程度の内容は理解できるかもしれません。ところが、それは理解しているというだけの話で、やはり実践しなければ身につきませんよね。
コンサルティングはプランと実行のフェーズに分かれています。プランは頭を使う部分で、戦略を起点において論理的に課題を分解していくしかありません。実行のフェーズになると生の人間と向き合うわけですから、様々な方法論が生きてくる。理論と実践の両方をしっかり理解して提供できるのが、コーン・フェリー・ヘイグループの強みのひとつでもあります。
――企業と寄り添って会社を変えていくというのは、大変やりがいの大きな仕事ではないでしょうか。
そうですね。もちろん時間はかかりますが、組織や人が変わると確実に会社は変わっていきます。そこは、この仕事の醍醐味といえます。私たちが提供するコンサルティングはクライアントに寄り添い長く付き合っていくスタイルなので、ロジックだけでなく、人の柔らかいところをつかんで、「こういったら響くんじゃないか?」「こういうところが困っているのではないか?」を読み取って、上手にファシリテートしてあげるソフトなスキルセットが必要になります。
頭も使いますが、人間力で一緒に動かしていきましょうという、そんな人が向いているかもしれません。普遍的な方法論を生み出したトラディショナルな側面に“経営に寄り添う”という要素を乗っけると、最強のコンサルタントになれるんですよね。ですから、組織や人事に興味があって、経営に貢献したいというマインドを持ち、“一緒に考えていきましょう”というスタイルを好まれる方は、是非コーン・フェリー・ヘイグループに参画していただきたいと思っています。
(インタビュー・文:伊藤秋廣、写真:岡部敏明)