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猫も杓子もなんちゃらラーニングと言う様に、既に教育改革は学習改革と捉えた方がいい。教育の問題だといつまでも考えているからおかしくなる。

最近確かチームラボの猪子さんも文句を言っていたが、社会に出たらチームプレイなのに、学校のテストは1人ばかりと言うのはおかしな話。

私のいた時代の京大理学部の"人気"講義「無機化学I」は、講義は普段数人しかいないが、試験になるととんでもない人数が集まり、予備で部屋をいくつも押さえても足りなかった。

そして、試験のレギュレーションは、

・持ち込み可
・相談可
・連れ込み可
・持ち帰り可

その代わり、自分以外の人に手伝って貰った場合はその人達の名前を書くことが条件だった。

つまりアウトプットを出すことができれば手段は問わない。
それが人間力の人もいれば、財力の人もいる。
卓越した回答を出せる人材は限られていて、全員に協力することはできないし、金にものを言わせて独占しようとしても、そう言う優秀な人ほどモラルがしっかりしているので、ちゃんと全体のバランスを取るし、自分がただ消費されるだけというようなことはしない。

今思うとよく出来たポリシーだったなと実感します。
-- “To error is human” という言葉の通り、間違えるのが人間

AI の方が圧倒的に間違える回数が多い

AI の大きな課題の一つは「どうやったら人間のように少ない試行錯誤で学ぶ事が出来るか」

-- AIはエラーをしない代わりにクリエイティビティも生まれません

クリエイティビティは新しい組み合わせの発見なので不眠不休で試行錯誤を繰り返す事が出来る AI の方が得意

/
最近教育に関するお仕事をたくさんさせていただいていますが、みなさん大変苦労しています。
インプット中心の教育から個性を活かした多様なアウトプットの教育も必要だと思います。
PBLと言っているのもせいぜい10年くらいかもしれない。2045年には想定もできない形でAIも人も進化しているだろう。

ただ、人は共同体の中で生きてきたからこそ、多様な人と葛藤の中で生きていく、働いていく、問題を解いていくことを体験しながら学んでいくことは、人間らしさなのではないかと思う。
民主党政権でも、自民党政権にも出てくる鵺のように不思議な人だが、結局鈴木寛という人は何をした人なのか未だによくわからずにいる。経産官僚⇒政治家畑を歩んだ人に時々見られるタイプではある。
私自身も6年ほど実践的に会計学・経営学教育とやらをやってきたけど、だんだんわからなくなってきました。過去の教育手法の検証がもう少し必要かと。何かプロジェクトをやることだけに学びがあるわけではなく、例えば簿記の計算問題を解くこともアクティブな学び。けれども、状況の設定を工夫することで受講者の印象の異なる学びが可能になるかもしれない。ここではアクティブな学びの1つにPBLが位置付けられているけど、現場ではアクティブに見えるもの、問題解決型ならなんでも良いみたいな空気感もあるので、ここで正しくアクティブな学びとは何かを検証していく必要があるのではないかと思います。あくまでも1手法で、PBLがうまく学びに繋がらない学生も多く見てきたので。
"本気の失敗には価値がある"
宇宙兄弟11巻より