SPEEDAによる新リポートとして、チーフ・アジア・エコノミストの川端隆史がASEANのマクロ経済の動向を毎月2回配信する。マクロ指標や金融政策を基本として、重要な動きがあれば政府の経済政策、経済・ビジネス情勢に影響を与える政治・社会問題にも触れていく。
8月1〜15日に発表されたASEAN(東南アジア諸国連合)のマクロ経済指標のうち、重要指標としては、インドネシアとシンガポールで4−6月期の経済成長率(実質GDP成長率)が発表された。(文末にマクロ指標一覧を掲載)
今回は、注目の指標が発表されたインドネシア、タイ、マレーシア、フィリピン、シンガポールの各指標や経済政策を確認する。

インドネシア:4-6月は横ばいで5.0%成長

インドネシアでは、4−6月期の実質GDP成長率が前年同期比+5.01%と発表され、1−3月期の同+5.01%から横ばいとなった。インドネシアの経済成長は2015年4−6月期に同+4.74%と底を打ったとみられ、長期でみると、緩やかではあるが回復基調が継続している。
また、企業景況感指数は4半期ぶり、消費者信頼感指数は3四半期ぶりにともに上向き、良好とされる100以上を維持している。2017年補正予算案では前年比+5.1%から同+5.2%へと上方修正され、底堅い成長が継続することが見込まれる。
他方、個人消費については懸念する声もあがっている。インドネシア経済は2.5億人と世界第4位の人口を背景として、個人消費が経済成長を牽引してきたが、例えば、日用消費財関連企業の売上の伸びが鈍化している。
地場の最大手百貨店マタハリ・デパートメント・ストアの1−6月期の売上は前年同期比+10.8%と堅調な伸びを示したが、2016年1−6月期の同+32.0%からは鈍化している。
同様に、百貨店ラマヤナを展開する小売り大手ラマヤナ・レスタリ・セントサ社の1ー6月の売上高は、前年同期比+9.8%増と堅調ではあったが、前年1−6月の+24.5%増と比べると大きく鈍化している。
これに関して、地場シンクタンクの経済改革センター(CORE)のモハマド・ファイサル所長は「経済の先行きを悲観して中間層が消費を抑え、貯蓄志向を高めていることが要因」と語ったと現地紙が報じている。
インドネシアの経常収支は、経済成長に伴って輸入が急増したことを背景に、2011年10-12月期から赤字が続いて通貨安の圧力となっており、重要課題の一つである。4−6月期は50億ドルの赤字と発表された。長期的には一方的な赤字拡大は抑制されており、インドネシア当局は「管理可能な水準」と認識している。
経済政策としては、政府が年内に8カ所を経済特区に指定する見込みであることを明らかにしたことが注目される。2015~19年の中期開発計画(RPJMN)では25の経済特区を指定する予定であり、これまでに11区が指定され、2区が始動している。
2017年内に指定される予定の8区のうちリアウ諸島州ビンタン島のガラン・バタンについて、経済特区国家協議会のエノ事務局長は準備が進んでいると明らかにした。
インドネシアの大型プロジェクトは総じて、計画発表から実際に動き始めるまでに時間がかかることが多いが、本計画については緩慢な動きながらも、徐々に前進していると言えよう。政府当局は今年6月までの投資額は221兆(約1兆8300億円)ルピアであり、30年までには総額約726兆ルピア(約6兆200億円)を見込んでいる。

タイ:回復する企業景況感、消費者心理には懸念

タイ中央銀行(BOT)マクロ経済・金融政策局幹部は、8月21日に発表される予定の4−6月期の実質GDP成長率について、「1−3月期の前年同期比+3.3%からほぼ横ばい」との見込みを明らかにした。
また、同幹部は、7−12月期は輸出は鈍化するが、民間消費が拡大し、観光業が回復して同+3.7%が見込まれ、2017年通年の予想値+3.5%を達成できるとの見通しを示した。
このようにタイ政府は、年末に向けて緩やかな景気回復を見込んでいる。
景気に関連する指標である企業景況感は、良好とされる50を3ヶ月連続で上回った。また、タイ工業省工場局(DIW)は3日、7月の工場設立・拡張の認可件数が404件で前年同月比+4.4%、投資額は398億5,000万バーツ(約1,325億円)で同+31.5%と高い伸びを示したと発表している。
ただ、足元の個人消費は弱含んでいる。8月8日に発表された消費者信頼感指数は、今年4月をピークとして3ヶ月連続で下落が続いている。
背景には、農業が主産業の東北部で洪水の影響で23名が死亡し、3億ドル相当の被害が発生したことが影響している。
タイ内務省災害防止軽減局は、7月5日から8月7日に44県で計180万人が影響を受け、特に10県(東北部9県、中部1県)で100万人がまだ被害の影響を受けていると明らかにし、今後も東北部は警戒が必要とされている。
低位で推移しているインフレ率(消費者物価指数CPIの前年比伸び率)であるが、7月のCPIは前年同月比+0.17%となり、5月と6月と2ヶ月続いたマイナスの状況からは脱した。コアCPIは0.48%と6月の0.45%からは若干加速した。

マレーシア:東海岸開発計画が加速へ

マレーシア中央銀行は8月7日、7月末時点の外貨準備高は994億米ドルと発表した。輸入額の7.9カ月分、短期対外債務の1.1倍に相当している。
マレーシアのマクロ経済指標は全般的に良好ではあるものの、近年は通貨安に対して、ドル売り自国通貨買いのオペレーションを継続したことから、外貨準備の水準がやや少ないことがリスクとして指摘される。
外貨準備の対輸入額については安全圏とされる最低6ヶ月を上回っているが、短期対外債務比では必要最小限とされる1ヶ月分はかろうじて上回る水準である。今後も、外貨準備については要注視だろう。
8月7日、東海岸回廊経済地域開発協議会(ECERDC)は東海岸回廊経済地域(ECER)における主要業種での投資誘致額が、2008年の事業開始以来、契約ベースで1091億5000万リンギ(約2兆8200億円)となり、2020年時点での誘致目標(1100億リンギ)の前倒し達成が間近となったことを明らかにした。
マレー半島東海岸は、特に北東部のクランタン州とトレンガヌ州は経済開発が遅れているが、歴史的にイスラーム系野党が強く、中央政府は開発政策に二の足を踏んでいた。だが、ナジブ政権は東海岸に開発資金を投下することで、与党支持を強化することを狙いとしている。

フィリピン:今年は6.5ー7.5%成長の見込み

フィリピンでは10日に政策金利が発表され、フィリピン中銀は2014年9月以来の3%を維持した。
7月に就任したばかりのエスペリニヤ新総裁は、フィリピン経済は強い内需や政府のインフラ投資拡大に支えられて好調を維持する一方、CPIは3月の同年前月比+3.4%をピークに低下が続いており、利上げに踏みきる必要はないと判断したと述べた。
中銀の認識に基づけば、フィリピン経済は当面、高成長率と適度なインフレと望ましいマクロ環境が継続するものとみられる。
これに関して、フィリピン国家経済開発庁(NEDA)のペルニア長官は、政府支出の拡大と堅調な個人消費を背景に2017年7ー12月の経済成長率が前年同期比+7%を超えるとの見通しを示した。
8月17日に発表される予定の4−6月の実質GDP成長率について同長官は、同+7%を下回るものの、1−3月の同+6.4%は上回るとの見込みであり、依然として高い経済成長が続く見込みと述べた。
フィリピン政府が掲げる2017年の成長率目標は6.5〜7.5%は、十分に達成出来る公算が大きいと言えよう。
その他の注目の動きとしては、クラーク自由港特別経済区(CFSEZ)の好調が発表された。2017年上半期(1ー6月)の輸出額は24億300万米ドル(約2,640億円)と前年同期比+81.9%と大幅に伸び、輸入額も同+79.5%増(23億4,700万米ドル)と大幅増となった。
元米軍基地のクラーク空港および周辺の振興は、マニラの一極集中を分散する上で重点政策と位置付けられており、成果が顕在化してきたと評価できよう。

シンガポール:4-6月は2.9%と好調な成長

シンガポールでは4−6月期の実質GDP成長率の確定値が前年同期比+2.9%と発表され、速報値の同+2.5%から上方修正された。これに伴い、シンガポール経済産業省は2017年通年の成長率予想を従来の1.0〜3.0%から2.0〜3.0%へと下限が上方修正された。
4−6月期は製造業が同+8.1%と高い伸びを示し、経済成長を牽引した。世界的な半導体需要の高まりを背景に、電子部品や精密機器が牽引した。サービス業は同+2.4%の伸びとなり、特に金融仲介やファンド運用、保険分野が好調だったと報じられている。シンガポール経産省は下期の成長も製造業が支えるとみている。

まとめと次回の注目点

経済成長率が発表された国については、インドネシアの4-6月期は1-3月期から横ばいの前年同期比+5.01%、シンガポールは前期の同+2.5%から同+2.9%と加速して好調だった。
タイは企業サイドの指数は良好で緩やかな景気回復が見込まれるものの、個人消費関連が弱含んでいることが判明した。フィリピンでは政策金利が据え置かれ、6%台の高成長が続くなかでも、インフレは適度な水準に抑制されている。
その他、インドネシアとマレーシアは、中長期の経済政策の進捗状況の一部が明らかにされたことが注目される(括弧内は発表予定日)。
次回リポートが対象とする8/16ー31では、特に注目すべき指標は以下の通りである。
インドネシア:
自動車販売台数(7月、8/16)、政策金利(8/22)
タイ:
政策金利(8/16)、実質GDP成長率(4−6月期、8/21)
マレーシア:
実質GDP成長率(4−6月期、8/18)
フィリピン:
実質GDP成長率(4−6月期、8/17)
ベトナム:
貿易収支(8月、8/28)
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