【楠木建×オラクル】テクノロジービジネスの“日向”と“日陰”

2017/8/22
「優れた戦略には思わず話したくなるようなストーリーがある」ーー。一橋大学の楠木建教授が常々口にする言葉だ。数々の企業の戦略を取材・研究している中で、BtoBにおけるIT業界の巨人の戦略を楠木教授はどう分析するか。「データベースソフト」の分野でグローバルシェアNo.1を堅持するオラクルの日本法人、下垣典弘専務執行役員に楠木教授が迫る。

レッドオーシャンの中で勝つ術

楠木(一橋大学):オラクルと聞くと、企業向けソフトウェアで大企業を相手に成功した企業というイメージです。
下垣(日本オラクル):おっしゃる通り、オラクルは、「データベースソフト」という、企業が使うITシステムの中で、データを格納するソフトでお客様に認めていただいた企業です。
一般消費者が使うソフトではないので、ITに携わらない人にはなじみがないと思いますし、ITシステムを裏で支えるソフトウェアカテゴリですので、人目に付かない(笑)。
ですが、企業が競争力を高めるためにデータが武器になることを創業時の1977年(米本社設立年)に着目し、磨き続けた結果、データベースでは国内外でナンバーワンを獲得。以来、数十年にわたってトップを堅持し、世界で2番目に大きいソフトウェアカンパニーとなりました。
ですが、楠木先生、最近のオラクルは大手企業のお客様だけでも、データベースだけでもないんです。「クラウドでNo.1」を掲げており、さまざまな策を打ってきています。
楠木:クラウドはこの数年来あからさまな商機として注目されています。ニーズが強いのはまちがいありませんが、それだけに参入してそこで成功を手にしたいと息巻くプレーヤーも多くなる。
出てきたころは“ブルーオーシャン”でしたが、もはや多数乱戦の市場です。これが戦略のジレンマで、魅力的なブルーオーシャンほどすぐに“レッドオーシャン”化してしまう。
下垣:プレーヤーは確かに多いです。どのIT企業もクラウドをうたっています(笑)。
私たちが圧倒的に優位なのは、そろえているクラウドの種類が豊富なことと、それによって実現したカバー範囲の広さです。
少し専門的な話になりますが、クラウドと言ってもいくつかの種類があって、主に「システムを動かすためのインフラストラクチャ」「IT管理やアプリ開発を行うためのプラットフォーム」「ユーザーが実際に利用するアプリケーション」があります。専門用語で言えば、「IaaS(イアース)」「PaaS(パース)」「SaaS(サース)」とそれぞれが呼ばれ、区分けされています。
「クラウドを提供しています」とうたうプレーヤーの多くは、このいくつかあるクラウドの種類の一部分を提供しているに過ぎません。しかも、大半はインフラストラクチャのみであったり、ユーザーとの接点が多くレッドオーシャン化しつつある単一業務(単一アプリケーション)の分野が多い。
楠木:よくあるパターンですね。顧客に近いところからレッドオーシャン化していく。
下垣:それと違って、私たちは全方位。裏で動くインフラもミドルウェアもそろえ、そのうえでアプリケーションも多数持っていることが違いです。
クラウドというものは、インフラからプラットフォーム、アプリまで一気につながっていなければ効果的ではありません。だから、個別で用意していれば、それをつなぐための時間とコストが必要になる。お客様の負担は少なくありません。だからこそ我々はカバー範囲の広さを求めたのです。
ITの歴史の中で、お客様が個別なシステムを作ってきた結果、それぞれをつなぎ合わせる必要が出てきたときに多くの手間が必要なことに気づき、結果的に多額のお金を投じることになってしまったお客様が少なからずいらっしゃると思います。
オラクルはその負担をお客様に強いない。オンプレミス型システム(顧客が自前でシステムを構築・用意する形式)で味わった苦い経験をさせません。
クラウドの領域で、全てそろっていることは他社との違いとして有効で、それをやるためには、ある程度の資金力が必要です。
ここ数年、オラクルは自社の研究・開発だけでなく、M&Aも積極的に行ってクラウド領域のサービス基盤の整備を急ピッチで進めてきていたのです。現在900種類ものクラウドアプリを提供できる体制が整っているのはその証左です。
楠木:他のプレーヤーが特定のレイヤーの中で勝負をしようという中で、オラクルはレイヤー縦断的につなぐところに差別化がある。水平分業的なビジネスが増えている中、それとは逆を行く垂直統合を進めている、ということですね。

BtoBサービスの価格に一石投じる

楠木:BtoBのITビジネスの価格って伝統的には「人工(にんく)」でしたよね。「お客様のご要望のITシステムにはこれだけの開発者が必要です。だから金額はこちらです」のような。
こういうところが商売の面白いところだと思っているんです。最先端の技術とシステムを売るビジネスなのに、プライシングの原理はまるで中世(笑)。一国の王様が傭兵を雇うのと同じロジックでやっている。
人工でチャージするというのは、これまでの業界の成り行きでの落としどころだったわけですが、こういうのはあっさりいって思い込みというか、 “気のせい”ですよね。そういうふうに売り手と買い手が合意形成をしているだけ。その背後にはさまざまな矛盾があるはずです。クラウドにはこの慣行を変える力があるはずで、そこが目のつけどころだと思います。
下垣:おっしゃる通りです。確かにこれまではシステムを作り上げるために、個別に開発しなければいけない部分が多かったです。だからこそ「人工」がわかりやすかった。
しかし、これからは違います。クラウドはお客様の要望をすぐにかなえられる。個別開発する部分が従前のITと比べてはるかに少ないんです。だから、使いたいものを使った分だけ料金を支払うというモデルが成り立つんです。
クラウドは価格についても、過去とは違うかたちを提供でき、お客様に納得感を提供できると思っています。
これによって、納得感を与えることができているだけでなく、顧客層も広がりました。冒頭、楠木先生からオラクルの顧客は大企業が多いというイメージをお話しいただきましたが、クラウドの領域においては中堅・中小クラスのお客様が増えてきました。
以前であれば数十億円単位の案件が中心でしたが、現在では数千万円、数百万円、場合によっては数十万円規模のプロジェクトでお客様と取引できる機会が増えてきたのです。

クラウドは中堅・中小企業にもアプローチできる武器

楠木:つまりオラクルはクラウドによって従来のITベンダーとの取引構造に不満を感じていたり、それによって購入できなかったりしていた企業に対しアプローチしている。
下垣:はい。従来からのお客様である大企業に対しても、我々の戦略は生かせると考えていますが、反応が大きいのは中堅・中小企業だと思っています。今後どこまでスケールするのか、過去にないオポチュニティだけに私も楽しみです。
楠木:今着ている服を脱がして新たな服を着せるよりも、裸の人に服を着せるほうが話が早い。重厚長大なITシステムを運用している大企業よりも、まだあまりIT化されていない中堅・中小企業のほうがアプローチしやすい。
僕は企業の力を示す最も大事な尺度は収益力だと思っています。以前の日本では大企業が数兆円という大きなお金を稼いでいましたが、利益率は数%程度という企業も多かった。
しかし、これからは、売上高100億円程度であっても、営業利益が10%を超えるような収益力の高い企業のほうがいい。中堅・中小企業には大きな可能性がある。オラクルの中堅・中小企業をターゲットにした戦略は、成熟した日本で起きている動きにフィットしていると思います。

オラクルは“大人”な企業

楠木:オラクルという企業は“日陰”のマーケットに注目しているように思います。僕は戦略を“日向戦略”と“日陰戦略”に分けて考える視点が面白いと思っているんです。
日向というのは陽射しがさんさんと降り注ぐ、まさにビジネスのオポチュニティがたくさんある状態です。19世紀のゴールドラッシュを例に挙げれば、金を掘り出すことがまさに日向の商売でした。
ただし、日向にはライバルも多い。実際ゴールドラッシュで金を掘り出した人はごく一部でした。
ポイントは陽が射して日向ができれば、同時に必ず日陰ができるということです。この例で言えば、金を掘る労働者に作業着のジーンズを売っていた商人です。彼らは一攫千金の金鉱掘りよりも安定した収益を実現しました。
IT業界に置き換えると、クラウドは明らかに強い陽射しです。このトレンドを受けて、さまざまなアプリケーションやサービスが生まれて、多くのIT企業が参入しています。一見すると、新しい技術でニーズをとらえた華やかな業界ですが、ゴールドラッシュと同じ面がある。実はそれほどおいしくない。
こうした企業が続々と登場する中でクラウドに固有の課題が必ず出てくる。かつての話で言えば、インターネットが普及するとセキュリティが求められるようになったのと同じです。ある問題解決は必ず新しい問題を生み出す。それを解決するのが僕のいう日陰戦略です。
クラウドにしてもAIにしてもIoTにしても、ようするにデータのやり取りがシームレスに進まないとユーザーは価値を引き出せない。みんながものごとを横に見ているなかで、同じことを縦に見ているというのがオラクルの戦略の妙味だと思います。
レイヤーをまたぐつながりはいろいろと面倒なことがあるので、特定のレイヤーに集中して短期間にトップラインを引き上げていこうとする企業はその辺を忌避しがちです。これに対して、オラクルは一気通貫の垂直統合モデルでサポートしていく。
一見すると裏方のように見えるが、そこに実は独自の価値創造の土俵がある。これがオラクルの戦略意図についての僕の理解です。
下垣:私たちはお客様に目的を実現していただくためのパートナー、つまり黒衣。ユーザー企業が成長しながら安定的に利益を上げていただくためのひとつの実現手段として陰ながら情報インフラを支えるのが使命です。
先進的な技術がどんどん登場するということは、一方で課題も生んでいく。それに対するソリューションを私たちはワンストップで提供したいと思っています。気付いたときには、お客様の環境がクラウドだらけで、それらをつなぐことに多くの人工を使うことが無いように。楠木先生がいうように、日陰戦略なのかもしれませんね。
楠木: IT業界では威勢のいい起業家が起こしたスタートアップが注目を集めがちですが、オラクルは、その“子どもたち”を陰で支えながらビジネスを大きくしている“大人”の感がありますね。
(編集:木村剛士、文:杉山忠義、写真:森カズシゲ)
楠木教授が基調講演に登壇した、「ビジネストランスフォーメーション」をクラウドを活用した実例を紹介した「Modern Business Experience」の基調講演記事はこちらでご覧いただけます。合わせてお読みください。