選手の命をみんなで守れ! スタンフォードの熱中症対策

2017/8/13
ここ1週間くらいで、立て続けに、学校の「部活」において悲しい事故が起こってしまった。
高校と大学の運動部に所属する生徒の命が、熱中症と思われる事故で、若くして奪われてしまった。まずは御本人の冥福を心から祈るとともに、御親族の方々に謹んでお悔やみを申し上げたい。
本来は、前回に引き続きNCAAのリクルーティングの話を続けたいところであるが、夏真っ盛りの、そして学生スポーツが合宿シーズンであるこの時期に、1人でも多くの方にアメリカのスポーツ現場での、特にここスタンフォードで行われている熱中症対策をシェアさせていただきたいと思った次第である。

人の命が大前提

6月4日の寄稿でもお話ししたが、日本はアメリカに比べ、スポーツ選手の将来のことを考えての行動や施策が絶対的に少ないと感じる。
ケガの処置・対応、脳震盪への対策、高校野球における投球過多、セカンドキャリアへの施策。
いち現場の指導者として、“どれにおいてもアメリカの背中が見えないぐらいの距離があるのでは?”と感じる。
熱中症対策にしても、そうである。
さすがに人の命を軽視しているとは微塵も思わないが、スポーツ現場でのこの手のトラブルに対する方策や対応策は、前述のことに並び、「一事が万事」とまとめられても仕方がないと言わざるをえない。
夏の甲子園は毎年、猛暑のなかで行われている
まず大前提として、もう10年以上も日本を離れている、そしてコンタクトスポーツの現場にいる私にとっては、練習と試合の場所にドクター(医者)やアスレティック・トレーナーがいないことが、信じられない。
スポーツにおカネが回らない日本では、それはどうすることもできない課題の一つであるのかもしれない。
しかし、人の命を救うことを前提とするなら、そのような状況であったとしても、チームや学校、競技団体、地方自治体、政府などが、もう少しおカネや首を突っ込んでできることは、星の数ほどあるのではないだろうか。
スタンフォード大学には、日本からスポーツ関連のゲストが来た際、必ず会わせたい人物が何人もいる。そのうちの1人が、Biology、日本語で言うなら生物学の権威である、Dr. Craig Hellerである。
われわれスタンフォードのフットボール部では、彼が発明をした「コア・コントロール」という機械を(特に夏に)多用している。広告記事ではないので商品の詳細は割愛するが、彼の理論と、それを元にその機械が熱中症対策の一つとして用いられる様子はこうである。
・筋肉が痙攣、いわゆる「つる」原因の一つは、身体の深部(コア)の温度上昇にある。
・そのコアの温度を最も効果的に下げるのは、身体中にある(皮膚の)表面で、毛の生えていない部分(手のひら・足の裏)を冷やすことである。しかし、これは、氷水のように冷たすぎる温度では意味がない。
・足の裏はふさがっていることが多いので、手のひらを適正な温度で効率良く冷却することがベストである。
・その冷却作業で最も効果的なのは、手のひらを減圧した状態で冷やすことである。
・筋肉の痙攣は熱中症の初期症状の一つとされるので、熱中症対策の一つにつながる。
鈴木大地スポーツ庁長官がスタンフォード大学に視察にいらっしゃった際にも、この理論やデモを見ていただき、「どうしてこれが日本で普及しないのか?」と絶賛していただいた。
私がここで働き始めた2007年シーズン、足が痙攣してしまった選手がベンチに戻ってくるやいなや、トレーナーがこのコア・コントロールを選手の手に素早く装着したさまと、「なんなんだこれは?」と思ったことをいまでも鮮明に覚えている。

スタンフォードの5つの対策

余談もはなはだしいが、お付き合いいただきたい。
森永製菓の「ハイチュウ」をご存知だろうか? 知らない人を探す方が困難なのではないか? アメリカに住む日本人にとって、これはおみやげの鉄板である。いまだかつてはずれたことはない。“どこへ出しても恥ずかしくない”とはこのことだ。
このハイチュウを手渡した後、いつも思うことがある。彼らはパッケージの開け方を知らないのだ。ほぼ100%のアメリカ人が、あの真紅に輝く、パッケージを効率良く開けるための“ツメ”を無視して、端っこから豪快にパッケージを破ろうとする。
考えてみれば、あの手のパッケージを開けやすくするような包装の工夫は、こちらでは、日本に比べて少ないのかもしれない。
余談が長くなって恐縮であるが、言いたいのは次の通りだ。
知らないことは、どんなに賢くても、どんなに経験則があっても、知らない、または気付かないものなのである。
日本における、熱中症対策もそうなのではないか。現場でリソースが限られるなか、活動している指導者や学生は、知らないことだらけなのであろう。
では、1人でも多くの皆さんに知っていただくために、スタンフォードのスポーツ現場で、暑い時期に行われている熱中症への対策をシェアさせていただきたい。
以下、簡潔にまとめる。
(1) 「Get hydrated!!」「Stay hydrated!!」
どちらも、「十分な水分補給を」という意味である。合宿中は、宿泊施設内でも繰り返し、このことが取り上げられる。
(2) 水だけではなく、栄養分を含むスポーツドリンクを!
以下の写真を見ていただきたい。
スタンフォードのフットボール部のある日の練習メニューであるが、練習の真ん中辺りに「Gatorade」という時間が5分とられている。ゲータレード・ブレイクと呼ばれ、どんなに練習が長くても、短くても、そして寒くても、この5分がカットされることはない。水だけを飲んでいるより、数倍も効率が良いそうだ。
(3) 本格的な練習が始まるまでに、準備期間を
準備運動、ウォームアップの話ではない。負荷が上がったり、実戦に沿った練習になったりするまでに、軽めのメニューから段階的に負荷を上げていくなど、段階を踏んで練習することを意味している。たとえばわれわれの場合、キャンプ開始後、試合でつけるフルパッドやヘルメットを装着する、実戦的な練習が始まるのは早くても5回目(5日目)の練習からである。1日ずつ、段階的に装具や練習の負荷が増えるイメージだ。
(4) 特に暑い場所ではドクター(医者)を
テキサス州・ヒューストンでトレーナーを務める、私の友人から聞いた話をシェアしたい。ヒューストンの夏は気温と湿度が高く、日本の夏に似ているようだ。ある猛暑日のフットボール部の練習で、熱中症が疑われる症状の選手が多く出たそうである。その日の練習後、トレーナールームでチームドクターによる点滴を受けた選手が30人近くになったそうだ。医療制度や診断基準の違いはあるだろうが、現場に医師がいなければ、大きな事故につながっていたであろうことは誰にも否定できない。
(5) 「コア・コントロール」
前述の機械であり、トラブルを防ぐ機械でもある。下記の写真は、筆者がテストをした際のもの。
【番外編】Pee Check
Peeとは「尿」を意味するので、「自分でその色を判断しろ」という意味である。
このリンク先で少しスクロールダウンしてもらうと、その表が目に入ってくるだろう。スタンフォードでは行われていないが、けっこう多くの場所、特にグラウンドやアリーナにあるトイレでこの表を見たことがある。自分の体調を判断する基準の一つとして、実に有効である。
以上の(4)と(5)以外は、日本中の多くの人ができることではないだろうか? これだけでも、多くの熱中症が防げるものではないかと確信している。
(4)や(5)を推し進めるにはコストがかかり、学校、地方自治体、国の協力が必要である。
また、(1)から(3)については、これらを当たり前のこととして周知・徹底させるのが不可欠であると思う。これにも学校や行政のサポートが必要である。
もちろん、当人が知ろうとしないことも問題であるが、学校や行政の頭の良い人たちが熱中症におけるトラブル回避や、尊い命を救うための対策に本腰を入れることが、問題解決の近道になるのではないかと強く感じている。
このご時世、ネットの検索で「熱中症対策」と入れようものなら、政府や地方自治体のサイトが多くヒットする。彼らは、それなりの努力をしているのであろう。
そうしたサイトを見て、思い出すことがある。営業マン時代に先輩に言われた言葉だ。
おまえがそれを伝えたか、伝えてないかを聞いているんじゃない。お客さんがそれを理解しているか、してないかだ。たとえ、おまえが文書でもメールでも、形に残して伝えたとしても、向こうがそれを理解していなかったら、伝えてないのと同じだ。
私のこの記事を、1人でも多くの方にシェアしていただきたい。読んだ方には、その義務があると(勝手に)思っている。相手がそれを理解していなかったら、シェアしてないのと同じである。
(バナー写真:岡沢克郎/アフロ、文中写真:河田剛)