時価総額1兆円。ゾゾタウンが「百貨店の王座」を奪った日

2017/8/7

歴史的な「チェンジ」

その日は、日本における小売業の「王様」が、完全に入れ替わった日として記憶されるかもしれない。
2017年8月1日。ファッション通販サイトの「ZOZOTOWN(ゾゾタウン)」を運営するスタートトゥデイの時価総額が、ついに1兆円の大台を突破した。
1998年に創業者の前澤友作が立ち上げたこの会社は、海外の音楽CDやレコードの通信販売から始めたベンチャー企業だ。それが今や、約5000のブランドを扱う、ファッション界の巨大プラットフォームに化けた。
さらに2017年度は、これまでにないコンセプトの新しい洋服をプライベートブランドとして発表すると、公言している。期待は高まるばかりだ。
対照的なのが、かつてファッション業界に君臨していた百貨店のトップ企業、三越伊勢丹グループだ。
その伝統とブランドだけでは、もはや成長は望めない。そんな衰退を背景に、経営トップが事実上の“解任”にあった今春の大騒動は、読者の記憶にも新しいだろう。
時価総額では、スタートトゥデイの半分以下である約4400億円(8月4日時点)と低迷。2017年3月期の決算で、歴史上初めて、営業利益の金額でもこの新興企業に追い抜かれた。
新興企業の「成長の20年」と、伝統企業の「衰退の20年」。その数字上の交差点が、ついに2017年に訪れたのだ。
(写真:ロイター/アフロ)
「ゾゾタウンは、インターネット空間上にできた新しい百貨店だ」(ファッション業界関係者)
百貨店は、あらゆる商品を取り扱う「百貨」が名前の由来だ。しかしリアルな場よりも、今やインターネット上のほうが、あらゆる品揃えを前にショッピングを楽しめる場所になりつつある。
それは百貨店の主力商品であるファッションだけではない。食料品、家具、雑貨、贈り物。あらゆる消費に関する情報は、いまや目の肥えた消費者に選別され、ソーシャル上で共有される。
百貨店でなくては、素晴らしい買い物やリッチな体験はできない。そんな時代は、もうとうに終わりを告げていたのだ。

百貨店は「イノベーター」だった

江戸時代の呉服屋にルーツをもつ日本の百貨店は、かつて小売りのイノベーターだった。
人々はただ商品を買い求めるだけではなく、流行の発信地として憧れた。家族で楽しめるエンタメ要素も備えてゆき、洒落たレストランフロアで「お子様ランチ」のメニューが生まれたのも百貨店なら、屋上に社交場や遊園地をつくって楽しませたのも百貨店だった。
いつしかそれは庶民が休日にお出かけをする、「ハレの場」として日本人の生活に溶け込んでいった。
しかし1991年以降のバブル崩壊で大きな転換期を迎える。日本がデフレに突入すると、消費者は財布のひもを固く締めるようになり、割高な百貨店での買い物を控えるようになる。
郊外には巨大なショッピングモールが次々と生まれていた。「イオンモール」や「ららぽーと」では、映画鑑賞から買い物までワンストップで楽しめるため、わざわざ百貨店を訪れる人の数は減っていった。
また2000年代にインターネットが大きく普及すると、アマゾンやゾゾタウンのように、膨大な商品数を取り揃えるECサービスが台頭。スマートフォンが登場すると、ショッピングの楽しみは、手のひらの上で実現できるようになった。
敢えて言いたい。
時代の変化を前に、百貨店はこの20年間にわたり「空白の期間」を過ごしてきた。その結果、100年以上も消費者に愛されてきた百貨店は、多くの人々にとって不要な存在になりかけている。
(写真:Bloomberg via Getty images)

「救世主」の本当の顔

本特集では、なぜ百貨店がここまで衰退することになったのか、これから百貨店はどう変わっていくのかを物語にしてつづってゆく。
まず最初に、百貨店のトップ企業である三越伊勢丹の「顔役」であり、カリスマ経営者と称賛されてきた大西洋・前社長のドキュメントを掲載する。事実上の解任劇から5ヶ月、知られざるカリスマの素顔をNewsPicks編集部は追いかけた。
【秘録】百貨店「カリスマ経営者」の虚像は、こうして生まれた
一方、百貨店ビジネスの最先端の「舞台裏」にも密着した。それが2017年4月に東京・銀座にオープンした巨大な商業施設「GINZA SIX」だ。
GINZA SIXは、銀座エリアで最も古い歴史をもつ百貨店「松坂屋」の跡地にある。だからといって、これは新しい百貨店ではない。むしろ運営会社であるJ.フロントリテイリングが、「脱百貨店」をコンセプトに作ったビルだ。
どうやって彼らは「脱百貨店」を図ったのか。当人たちが、その舞台裏を明かしてくれた。
【真相】脱百貨店の象徴、「GINZA SIX」はどう生まれたのか?
衰退産業においては、優秀な人材は会社を去りゆくもの。
これは百貨店業界でも同様だ。人気のセレクトショップ「ロンハーマン」を日本で立ち上げたサザビーリーグの三根弘毅執行役員も、かつての伊勢丹を去った1人だ。
カリスマバイヤーと呼ばれ、パリ、ミラノ、ニューヨークと世界中を飛び回っていた男は、なぜ名門の伊勢丹を飛び出したのか。その言葉には、今の百貨店が失ってしまった情熱で溢れている。
【告白】僕が伊勢丹バイヤーを辞めて、「ロンハーマン」を始めた理由
また特集後半では、旧来の百貨店に替わって、ファッション業界の「台風の目」となっているゾゾタウンの強さの秘密を、ファッション編集者の軍地彩弓氏に解説してもらう。
ファッション業界の表と裏を知り尽くしたプロフェッショナルは、ゾゾタウンの成長をどう眺めてきたのか。未来を解き明かすヒントも、くれた。
【軍地彩弓】「ZOZOTOWN」こそ、次世代の百貨店だ
これから百貨店はどう変わるのか。その答えはまだ見えない。ただ一つだけ分かることは、旧来のビジネスモデルはもはや「終わり」を迎えているということだ。
NewsPicksの読者の方々は、今でも百貨店で買い物をしているだろうか。それとも、ご無沙汰しているだろうか。この伝統産業で起きているダイナミックな変化と、その人間模様に、目を凝らして欲しい。
きっとあなたのビジネスにとっても、大きなヒントが埋もれているはずだ。
(取材・構成:泉秀一、バナーデザイン:星野美緒)