【水野✕原】この世で「ひとつのもの」を作り続けるということ
2017/8/10
急変する社会に「キングダム」がつながる
水野良樹 キングダムは、若い主人公「信」と「嬴政」(*1)とが中華統一という大きな目的のため、他国を滅ぼしていくという歴史的事実に基づいていますね。
連載開始から10年以上経った現在の状況が、不思議とキングダムが物語にしなきゃいけないこととリンクしているように感じるんですが。
原泰久 まさにそうです。
先日中東で化学兵器が使われて(*2)、子どもを水でバシャバシャ洗ってるニュースが流れて…あれは参りました。
結局、被害を受けるのは一般人の、特に子どもたちで。今ちょうど、秦に侵攻される敵国の将軍・李牧の側の物語も描いていますが…侵攻される側の民の様子なども描かなくてはいけないので、エピソードの終盤に向けて本格的にきつくなりそうです。
水野 前半は、「信」というキャラクターの成長物語に共感する人が多かったと思うんですが、だんだんと社会情勢につながるような、また今までと異なるテーマが共感のポイントになってきていますね。
日本人は目をそらしている
原 もともと、戦争を描くと決めていたので、いよいよ本題なんです。
テーマは変えませんが、そういうものを求めていない読者の方もいらっしゃると思うので、その人たちにもちゃんと受け入れられるものでなくちゃいけない。エンターテインメント性は一番に持っていたいです。
「中国4000年の歴史」と言って、キングダムの世界より2000年前から歴史があって、そこから後の2000年が僕たち。
春秋戦国時代はおよそ500年ですが実はその前も戦乱期を繰り返しています。作中では分かりやすく500年というキーワードを使っていますが、僕の中では嬴政は気概を持って、前半2000年の戦争状態をなくすために中華統一を目指す。実際、歴史的には武力統一するんです。
そして2000年後の今、世界はどんな状態ですか?という、シンプルな問題提起につなげていきたいと思っています。
戦争は絶対に肯定してはいけないけれど、歴史的に見たときに人の営みにずっとついてきているものでもある。
今の日本人は、どこかその事実から目をそらしている気がします。
ミサイルが自分に実際に飛んでくるとは思っていなかったり…それは多分、長い歴史から見るとハッピーな時代ではある。
しかし戦いとは、終わってはまた始まる、それが繰り返されています。
そこにいろんな見方があるということ、「戦争と人間」みたいな答えを、全体で描きたいんです。
答えは誰も持っていない
水野 原さんがよくおっしゃっている「群像劇」ですね。
普通は漫画って、主人公が正しいと予測できるはずなのに、キングダムは違う。嬴政が呂不韋というライバルと対峙して「国は、未来は、どうあるべきか」という壮大なテーマを話し合うシーンで、現代に生きる自分たちは、呂不韋の言葉に頷いてしまったりするんですよ。主人公の言葉に疑問を感じる自分がいる。
ここに「ひとつ」が答えじゃない、という原さんの意識的な視点が用意されているのだなと。
原 確かに、戦争をなくすというテーマで主人公が動いているけど、いろんな正義が複雑に絡み合っているわけで、答えは多分誰も持ってないんです。
当然僕も持っていない。僕なんかが正しい答えを持っているなら、とっくにこの世から戦争はなくなっている。だから、いろんな視点から描こうと考えています。
水野 全体で答えが立ち上がってくるんですね。
戦争を直接見られなくても、この漫画を読むことで考えるヒントを得られる気がします。
原 最終巻が出たときに「ああ、こんなのを描いてたんだ」とやっとわかるようになるんじゃないかな。そこは僕もまだわからないですが、群像劇を長くじっくりと描けるのは漫画の大きな武器ですね。
寄り道で人間力が磨かれる
原 数年前かな?水野さん、僕に「このままじゃいけない」と言われてましたよね。
そのときは深くはわからなかったんですが、その後お互い10周年を盛り上げて、翌年に「休む」って聞いたとき、すごい行動力だと思いましたよ。
水野 いつかはいったん、時間を置く機会を取らなきゃならないという意識があって。
原 メンバーみんなの思いだったんですか?
水野 そうです。
ただ、止まるとネガティブな感じに受け取られがちなので…必要なことだけど、きれいなやり方が見つからなくて悩んだりしてました。
いろんなこと想像して、整理して区切りをつけたら、ちょうどあの時期になった感じです。
原 「放牧」っていう言葉は絶妙でしたね。
水野 吉岡がいい具合に思いついてくれました。
原 この放牧期間は水野さんの人生でどの辺のステージですか?
水野 後になってみないとわからないですけど、必要な時間だと思っています。
幸運なことに、ひとつのグループでしかやってこなかったので、そこで得られたものもあれば、多分、得られなかったものもあって。
グループという屋台骨を離れて、1人で何ができるの?と問われる厳しさの中で、経験できることを求めてるんだろうと思います。
「何もなかったです」ということになるかもしれないし、「牧場から離れたら、こんなものがあったよ!」と持ち帰れるかもしれない。そうありたいです。
働きながら「デビュー」
長い人生で考えると、やっぱり楽しいほうがいいですからね。funnyという意味じゃなくて、ワクワクするとか、「ああ難しいなあ。なんとか乗り越えたいな」という気持ちを持っていたいんです。
原 なるほど。
僕は一度サラリーマンをしてるんですが、結果的に、あの経験がなかったら確実にキングダムみたいな漫画は描けていないんですよ。
「人間力」って僕はよく言うんですが、大学生の頃の僕はものすごく人間力が低くて。仮にそのままうまく漫画家になれたとしても、キングダムみたいな熱量のある作品は描けなかったと思います。学生時代に掲載していただいた読み切りでは結果が出ませんでしたし。
それで、「働きながらデビューできればいい」と思って就職しました。
仕事が忙しくなって漫画どころじゃなくなり、半年間ペンすら持てない時期もありましたが、先輩や上司、仕事内容に恵まれて、それはそれですごく充実していたんです。
でも、年に2回くらい、すごいトラブルとか起きるんですよね…2カ月ほど本当に記憶がないくらいの。周囲に多大な迷惑をかけながら、また守られながら何とかトラブルの対処をしました。
そういう経験をした後、タフになったのかな。地に足がついた自信が持てました。そこで人間力が上がったんでしょうね。
生きてる作品を作り続けたい
水野 キングダムは長い物語ですが、止まりたくなる瞬間はないですか?
原 逆ですね。1週でも早く、きれいに最終回を迎えたいです。
水野 え?!その後どうするかは…。
原 映像にも興味があるし、描きたい物語はたくさんあります。キングダムが予想以上に長くて他のことができませんが、描いている間にも、やりたいことは出てきます。
水野 ひとつの作品をずっと作り続けていくのは大変でしょうけど、新たなものを作り出す原動力にもなっているんですね。
僕がこんなことを言っては生意気かもしれませんが、ひとつの作品に集中しているのは作り手として「あるべき姿」に見えます。カッコいいです。
原 ありがとうございます。僕は水野さんがこの先どこへ向かうのか、にとても興味があるのですが。
水野 生きてる作品を作り続けたいです。
同じようなものをプラモデルみたいに作って商品として売り出したら、買ってくれる人はいるかもしれませんけど、作り手としては死んでると思うので。
原 言葉は悪いですけど、流せばできますもんね。
水野 そう、そうなんです。それはしたくない。
流行りものでも長く残るものでも、世の中に受け入れられる作品は、そのときの社会の状況とうまく噛み合っていると思うんです。
阿久悠さんが、「社会学者みたいに時代をよく見て、今何が求められているか考えながら書く」とおっしゃってました。
それを1編の歌にするのは難しくも楽しくもあるんですが、いけるところまで書き続けて、アクションを起こし続ける人でありたいです。
苦しむべきことに苦しむ
原 それは僕も同じですね。怠ければ「これくらいでいいか」とできるけど、それをやるとダメですから。
水野さんたちは、それを良しとせずに放牧を選んだ。その行動力はやはりすごいです。
水野 今、すごく幸せだなとは思います。
悪いことじゃないんですが、グループだと考えないといけないことが曲作りの他にもたくさんあって。今は「曲を作る」「文章を書く」という一つひとつの作業に純粋に集中して、苦しむべきことに苦しむことができているので。
この先また世の中の動きを受けて、作品が変化する可能性もありますけど。
原 周りが変わると、自分の考え方も変わりますからね。
僕も、10年後はどうなってるかなあ。社会情勢によっては連載どころじゃなくなっているかもしれないし。
水野 そういう意味でキングダムは社会とのキャッチボールができ上がっている「生きている作品」ですね。だからこそ、歴史物ですでに答えがわかっていても読者の興味が尽きずに、ずっと生き続けていくのだと思います。最終回が楽しみです。
原 もし最後まで描けなかったら、死ぬ間際に水野さんに電話して全部伝えますよ(笑)。
水野 そんな重要な電話、僕じゃ受けられないですよ(笑)!
今日は貴重なお話をたくさんおうかがいできました。本当にありがとうございました。
原 こちらこそ、ありがとうございました。
*1嬴政(えいせい)…後の秦の始皇帝。「信」と並ぶキングダムの主人公の1人。*2 …2017年4月のシリア北西部ハーン・シェイフンで起きた化学兵器攻撃
(文:仰倉あかり、写真:横山隆俊(EGG STUDIO))
この連載について
今年メジャーデビュー10周年を迎えた音楽グループ「いきものがかり」。「ありがとう」「風が吹いている」など大ヒット曲を始め、作詞作曲も担当するリーダーの水野良樹氏が、先輩クリエイターたちと対談を通して、作品を「つくり、届ける」ことについて”答え”を探しにいく。音楽だけでなく、コンテンツ業界が激変するなか、先輩たちから学びを得ていく連載。
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