独占告白。イノベーションの鬼、濱口秀司のすべて

2017/7/24

全米で最も高いフィーを取る男

濱口秀司。USBフラッシュメモリ、イントラネット、マイナスイオンドライヤーなど160の画期的なプロダクトのコンセプト作りを担当した、知る人ぞ知る「イノベーションの鬼」だ。
(Photo by Shunsei Takei)
これまで、NewsPicksでは複数回にわたり濱口氏のロングインタビューを実施。その思考の一端に触れてきた。
濱口氏の特徴は、イノベーションを「ロジック」で生み出している点だ。
イノベーションというと、「アート」のように、通常は天才的な人物のひらめきによってもたらされるように思われる。しかし濱口氏は、イノベーションが生まれる過程を図解化し、再現性のあるモデルを構築している。
そのため「まったく勘所がない案件でも問題ない」と本人が断言するとおり、業種業態選ばず、世界各国の企業から特に困難な案件が持ち込まれる。「全米で最も高い」と言われるコンサルティングフィーが設定されているにもかかわらず、だ。
しかし、そんな濱口氏が、これまでどのような社会人生活を送り、「仕事の技法」を作り上げてきたかは、ほとんど語られていない。
そこで本特集では、濱口氏の知られざる若手社会人時代に迫りながら、世界で戦うビジネスデザイナーが生まれるまでの過程を追っていく。

6つの「濱口理論」

そもそも濱口氏はどのようなイノベーション・モデルを構築し、160ものビジネスコンセプトを考案しているのか。本編に入る前に、これまでNewsPicksで取り上げた「濱口理論」のうち、特に反響の大きかったものを振り返っていこう。
多くの人々が「このアイデアはいい」と考える裏には、必ず固定観念や先入観といった「バイアス」がある。
そうした「バイアス」を逆手に取り、通常の人が「掘っても何もなさそうだ」と思う領域にこそ、イノベーティブなアイデアが眠っているという。この「バイアス・モデル」は、濱口氏のアイデアの最も基本的な部分だ。

「ストラクチャード・ケイオス」とは、ロジカルに考える「ストラクチャード(構造的)」な状態と、直感的に考える「ケイオス(カオス)」な状態の中間の状態を指す。これを内蔵できている組織から、イノベーションは生まれやすいと濱口氏は言う。
そのために必要なのが、「各メンバーが論理とデザインの両方の素養を持つこと」「経営陣が直感的な方法論を許容すること」の2つだ。天才の力に頼らないイノベーションのヒントとなる考え方だ。

濱口氏の最初のキャリアとして、松下電工(現・パナソニック)に入社する。同社で投資案件の分析担当を務めるなかで、あることに気づく。
それは、「実行段階の方法論はたくさんあるのに、最も重要なコンセプト作りの方法論は存在しない」ということだ。
コンセプトづくりは制約条件が少なすぎて、考えるとっかかりがつかめない。人間は「この条件下でアイデアを考えろ」と言われた時には深く考えられても、「自由に考えろ」と言われると途端に思考停止する。
そこで、コンセプト作りの手法として、上記の「バイアス・モデル」などさまざまな方法論を濱口氏は考案した。

一般的に、多種多様な人が集まり、コラボレーションする空間からイノベーションは生まれやすいと言われる。最たるものが、自由に意見を言い合う「ブレスト」だ。しかし濱口氏は、「自由なブレストには意味がない」と断言する。
まだアイデアが煮詰まっていない段階から意見を言い合うことで、直感的な優れたアイデアが埋もれ、尖ったアウトプットが出せなくなる。
「僕の答えはこう。その理由はこう」と、答えとロジックを最後まで完成させてから発表することに意味があると濱口氏は言う。

MUJI(無印良品)のように、A国では大流行するも、B国ではほとんど流行しないプロダクトやブランドは多い。濱口氏はその理由について、「異質なモノに対する態度が、国によって違うから」と指摘する。
では、「モノに対する態度」は、どう分類すればいいのか。濱口氏は縦軸に「A+B」と「A or B」、横軸に「たくさんあるのがうれしい」「より少ないほうが豊かだ」を取り、4象限で世界を分割する。
そして、こうした態度を理解した上で、進出する国を決めるべきだと語る。

「濱口さんのような人は育成可能か」と問われ、濱口氏はナレッジを伝える2種類の方法を提示する。
1つは「学校で子どもに足し算を教える方法」。効率的だが、生徒が教師の知識を超えないという欠点がある。
もう1つは、「弟子に雑巾掛けをさせる方法」。すぐにノウハウを伝えない代わりに、四六時中生活を共にすることで、カルチャーを伝達する。時間がかかることが欠点だが、カルチャーを理解した弟子が自分の頭で方法論を考え始め、師匠を超える可能性がある。
両方の「いいとこどり」をするためには、ナレッジの一部を論理的に示し、背後にある壮大な理論の存在を匂わせた上で、「あとは自分の頭で考えて」と突き放すことだと濱口氏は言う。

語られざるキャリアの全貌

さて、6つの濱口理論を振り返ったところで、本特集の構成を紹介する。
第1〜3回では、濱口氏の新人時代を振り返る。「いきなり人事に目をつけられた」という導入研修から、大爆発を起こした研究所での日々、そして信頼できる上司との出会いまで、濱口氏の原点となった風景が語られる。
第4回では、濱口氏が起こした160のイノベーション事例から、あまり知られていないものの、ディテールが優れた3つの事例を図解化して紹介する。
Photo by Shunsei Takei
第5〜7回ではインタビューの後半として、飛躍の足がかりをつかんだ濱口氏が、アメリカに進出し、今日の地位を得るまでのストーリーを明かされる。特に第6回では、「働くレベルの英語力はゼロだった」と語る濱口氏が、3カ月間でビジネスレベルの英語力を手に入れた、超ストイックな学習法が披露される。
インタビューの聞き手を務めるのは、経営ストラテジストの坂之上洋子氏だ。前回、自身がホストを務める連載「グローバルで響いている人の頭の中」で濱口氏に切り込んだ坂之上氏が、彼の語られざるキャリアについてさらに掘り下げる。
世界で戦うイノベーターは、一体どのように作られたのか。話は濱口氏が松下電工に入社した、1980年代後半に遡る。
(構成:野村高文、デザイン:星野美緒)