年間50名が所内で死亡。八王子医療刑務所「遺骨」の行方

2017/7/22
連載「360度カメラで見る『日本の現場』」では、作家の石井光太氏が現代日本を象徴する現場を取材。360度カメラでの撮影を通じて、「日本の現実」をあぶり出していく。今回向かった先は八王子医療刑務所。施設に「宿命」としてもたらされる、ある問題について取り上げる。
八王子医療刑務所の運動場の奥に、ぽつんと物置のような建物がある。
霊安室だ。
ここでは毎年約50人の受刑者が死亡し、そっと霊安室へと運び込まれる。遺体は時には数日間、マイナス5度前後に設定された遺体保存用冷蔵庫に安置され、その後、刑務官に見送られて火葬場へと運ばれていく。
だが、その骨の引き取り手は、ほとんどいない。
八王子医療刑務所の霊安室。引き取り手のない遺骨が安置されている(一部を加工してあります)

知られざる壁の向こう

八王子医療刑務所を訪れたのは、2017年3月のことだ。
──医療刑務所が、老人福祉施設のようになっている。
そんな話を聞いて、知られざる壁の向こうを垣間見てみようと思ったのである。
現在、ここには212名の受刑者が収監されている。受刑者は大きく次のようにわかれている。
・休養患者(病気で治療を受けている受刑者)=141名
・一般受刑者=71名
休養患者は、刑が確定し、拘置所から直接送られてくる者と、一般の刑務所から病気になって送られてくる者とがいる。
平均年齢は57歳。男女では人数や病気に違いが見られる。
人数でいえば、男性が115名に対して、女性はわずか26名。男性は癌や脳疾患や統合失調症が目立つのに対し、女性は摂食障害や覚醒剤の後遺症が多い。
八王子医療刑務所の管理区域(一部を加工してあります)
庶務課長は次のように語る。
「あくまでも傾向ですが、女性は覚醒剤や万引きで捕まっている人が多いんです。覚醒剤は重度の後遺症でここに送られてきます。
一方、万引きの人は摂食障害を患っている例が多い。彼らは食べては吐くのくり返しなので、食べ物を買わずに万引きしてしまう。ここに来る摂食障害の受刑者は症状が重く、餓死寸前のような人もいます」
男性は受刑者の人数が多いため、高齢化して癌などになって医療刑務所に送られてくるケースが多い。また統合失調症患者も医療刑務所に送られる。
一方で、女性は人数が少ない分、男性よりも重度の精神疾患を患っているケースが少なくない。一般の刑務所にも精神疾患を抱える受刑者はいるが、そこで手に負えないような人々がここへ回されるのだ。

どこまで医療を受けさせるか

実際に刑務所内を歩いてみると、まるで総合病院の入院病棟を歩いているような気にさせられる。ベッドで意識がほとんどなく一日中寝たきりの受刑者、手術を終えたばかりの受刑者、重度の精神疾患で失禁して暴れている受刑者……。
ここでは医者11名、看護師69名が、こうした受刑者の治療にあたっている。外科、内科、精神科、歯科まですべて揃っていて、ICUや透析室、それにMRIまである。
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八王子医療刑務所のCT室
庶務課長は語る。
「ここは総合病院と同じくらいの医療が用意されています。ただ、税金を使ってどこまで高度な医療を受けさせるかは、非常に難しい問題です」
巷には、貧困から健康保険料を払えなかったり、病院に通えなかったりする低所得者も少なくない。子供に介護をしてもらうのが心苦しく、自ら命を絶つ人もいる。
医療刑務所であれば、そうした心配もなく、外科手術からリハビリテーション、それに身の回りの世話まですべてしてもらえる。刑務官でなくとも、そこに葛藤を感じる人は少なくないだろう。
施設内には一般的な総合病院と同じような治療設備が設けられている

遺骨の多くが「引き取り拒否」

とはいえ、受刑者たち全員が、治療によって快復するわけではない。前年度でいえば、172名のうち51名が所内で死亡している。
通常、受刑者が死亡すれば、遺体は霊安室へと運ばれ、連絡を受けた家族が引き取りにくる。が、実情はなかなかそうならないそうだ。企画担当の首席矯正処遇官は語る。
「受刑者の多くが、生前に実家に迷惑をかけています。なので、死亡したことを知らせても、実の配偶者や子供ですら引き取りを拒否することが多い。『迷惑だから困る。そっちで何とかしてくれ』と言われて葬式にも来てもらえないんです」
拒否される理由の一つとして、更生のタイミングを逸して罪を重ね、高齢化することが挙げられる。立ち直る機会は何度もあったのに更生しなかったこと、家族は何度も嫌な思いをさせられたことが拒否反応の背景にある。
霊安室には遺体を保存する冷蔵庫とともに、常に10個ほどの棺がストックされているという
その場合、職員が自治体の定めた金額で簡単な葬儀をし、火葬場へと送ることになる。だが、その骨さえ、引き取ってもらえないことも多々あるのだ。
「遺骨の引き取り手がいない場合は、霊安室に2年間安置しておく決まりになっています。それでも引き取り手が見つからない場合は、市が運営する共同墓地に埋葬します」
骨を拾ったり、葬儀会社に連絡をしたりする職員は、あまりに回数が多いためすぐに葬儀社や火葬場の人と顔見知りになるという。
「社会には『受刑者のために税金を使うなんて』と批判する人もいる。でもその前に、まずはこうした現実を知ってもらいたい」と語る首席矯正処遇官。塀の外だけでなく、内にも「無縁社会」は広がっているのである。
*後編に続く
石井光太(いしい・こうた)
1977(昭和52)年、東京生まれ。国内外を舞台にしたノンフィクションを中心に、児童書、小説など幅広く執筆活動を行っている。主な著書に『物乞う仏陀』『神の棄てた裸体』『絶対貧困』『レンタルチャイルド』『地を這う祈り』『遺体』『浮浪児1945─』『「鬼畜」の家』、児童書に『ぼくたちはなぜ、学校へ行くのか。』『幸せとまずしさの教室』『きみが世界を変えるなら(シリーズ)』、小説に『蛍の森』、その他、責任編集『ノンフィクション新世紀』などがある。