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組織で働いていれば、好きな人もいれば嫌いな人もいるのが当たり前です。
毎日、嫌いな上司に嫌味を言われなければならないこともあります。

こんな時「忘れろ」と思ってもムリでしょう。

頭を低くして嵐が過ぎゆくのをじっと待っていれば、いずれは太陽が顔を見せてくれます。
永遠に続くわけでも、24時間支配されるわけでもありません。

現在死ぬほど悩んでいても、数年経てば笑い話になりますよ(*^^*)
「嫌いな人を『許そう』」というのは、とても自分本位な考え方な気がします。許す許さないという問題ではなく、本文にもある通り自分自身の問題だと思うからです。

私は好きになれない人を何とかして好きになろう、仲良くなろうと何年も何十年も苦しんだりしてきたことがありますが、ある時にふと、ある程度諦めるということを始めました。
"諦める"って私にとってあまり良いワードじゃないのですが、割り切って自分の心を豊かにするという意味ではとても効果的だと感じます。
そういう想念に延々と囚われて悩むこと自体が無駄のように思います。

この世に起きることは基本的にはすべてニュートラル。それを自分がどう捉えるかだけなんですから。腹の立つことを言われて夜も寝られないほど悔しい思いをしても当の本人はたらふく食って高いびきで寝ている。

そんなもんですよ。

NPにだって政治家でも学者でも実務家でもないのに政治問題やら社会問題やらで他人を叱りつけ大所高所からのご高説を述べて他人を説教して自分はその分野において何も行動しない人なんていっぱいいるじゃないですか。素人が単に素人であるという理由だけで専門家よりも正鵠を得た言説を展開できるわきゃないんです。それで。そのひとたちはというとたいていたらふく食ってぶくぶく太ってる。

そんなもんですよ。
身体的ストレス=体の筋トレ

心理的ストレス=心の筋トレ

なので成長とストレスはセットですから筋トレを愛するなら心理的ストレスも愛してあげたいところです。ストレスがゼロだと成長もゼロになり心も体も退化していきますからね。
『何かが許せない人は、相手を許せないのではなく、自分自身にわき起こってくる、「許すことのできない感情」にとらわれて苦しんでいるのです。それは相手の問題ではなく、自分自身の問題です。』

「自分に合わない人」は世の中に確実に存在する。
それも殆どは何故か初対面で感じる。

それで思い出すのは、犬の散歩。
初対面の犬同士が散歩中に会った時、吠えるかジャれるかは一瞬で決まる。
動物的な感覚なんだろうが、人間でもあるんじゃ無いでしょうか?
この感情をウダウダ言っても始まらないし、まあそんなもんだと軽く思うだけでいい。

あと、仕事や仲間内でだんだんと相手が嫌になってくるケース。
別に一生付き合う訳じゃ無いでしょう?
放っておけば、環境が勝手に変わってくれる。

ただ、人に対する好奇心と許容度だけはいつも広く持っていたいと思う。
広告ですが、おっしゃる通り。

あんな嫌いな奴と付き合わざるを得なくて、かわいそうな自分〜、ざまあみろ、まだまだ修行が足らんのじゃ〜、くらい自分を達観視して演じてみると、意外と、嫌な奴と思っていた人のいいところが見えたり、どうでもいいけどここでうまく立ち回る事で全体がうまく流れるなあ、とか、いろいろと見えて来る気がします。

まあ、それでも許せん奴がいたならば、正面きってぶつけてみるのも一興なり(苦笑)。それはそれで、きっと得られるものがある気がします。

傲慢に相手を変えようとするより、自分が変わった方が楽だし、付き合いの幅や多様性も増して、いい事づくめかなと個人的には思います。
『何かが許せない人は、相手を許せないのではなく、自分自身にわき起こってくる、「許すことのできない感情」にとらわれて苦しんでいるのです。』

嫌いな人を憎み続けるのは自分を消耗させます。自分は日々悶々としているのに相手はそれも知らずケロッとしてるんですから本当に馬鹿馬鹿しい大損な話です。(¯―¯٥)
本当の自分という唯一無二の存在にこだわると陥る苦しみ。
Aさんと相対すると、自分の中にはAさんに対する自分自身が生まれています。
あなたがAさんの印象と思っているのは、Aさんそのものではなく、あなたと面と向かっているAさん像を自分の中に作っているに過ぎない。
Aさん嫌いだな、と思うのは、Aさんそのものが嫌いなんじゃなくて、自分の中に生まれたAさんと対する時の自分に対する自己嫌悪です。
すべては自分が作り出した幻想。
「どんな人にも良い面と悪い面の両面が必ずある」とは職場の先輩の教え。
嫌いな人を使えるようになってこそ、とは思うものの、これがなかなか難しい。尊敬できる人には積極的に近づくようにしてはいますが。
好きも嫌いも方向の違いであって熱量としては同様に増減すると考えると、わざわざ嫌いな人に対しての熱量を増加させるのはもったいないので、その人の存在を自分の中から極力消してしまったほうが精神衛生上は良いと思います。