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柳川ゼミ出身者です。先日、久しぶりに柳川先生にお会いしましたが、私が学生の頃にもこういったお話をなさっていたように思います。
個人的には解雇規制を緩和をする方がより良いと思うのですが、一足飛びにそこまでたどり着けないのであれば、40歳定年説は良いのかもしれませんね。

本気で思うことですが、オープンイノベーションやらなんやらで、ベンチャー投資に結構な予算を準備している会社の話を聞くにつけ、下手にそんなことにお金をかけるくらいだったら40代以降の全社員に定年まで得られるであろう理論上の給与分を全額支払って、綺麗さっぱり一度退職していただく方が、よほど会社を良くするには効果があると思います。会社に必要な方であれば、再雇用すればいいわけですし、個人はまとまったお金を元手に新たなチャレンジをしてもいいし。その方が会社にとっても社員にとっても、よほどハッピーではないでしょうか。

また、「雇用契約の多様化を促す」というのは非常に重要な論点だと思います。
現代において、「正規/非正規」の区分は身分制度として機能しています。たまたま就活時の景気が良いか悪いか、その時の求人状況によって身分が半ば固定化してしまうというのは、どう考えてもおかしな話ではないでしょうか。
本来異議申し立てをすべき労働組合は、労働者全体ではなく正規社員の既得権益を守るための団体となっていますし、当の非正規社員の方々も、結局は自分たちも正規社員という既得権益側に入れさせろと訴えるに終始して、「正規/非正規」という構造自体の正当性を問うには至っていません。
正規社員の終身雇用にしても、会社側がなるべく社員を囲い込みたいという意図から始まっていたはずが、今では社会保障の調整弁という色合いが強いように感じます。社会保障は本来、国や公的セクターが担うべきもののはず。民間に多くを求めすぎているのではないでしょうか。

こうした非人道的な現代の身分制度に対し、解雇規制緩和や40歳定年制はそれなりに有効な打ち手になるのではないかと思います。
ハタチやそこらで自分の生涯収入の期待値が大方定まってしまう終身雇用制度、正規/非正規の区分と、解雇規制の緩和と、果たしてどちらが道義的に正しいと言えるでしょうか?
就職ではなくて「就社」し、終身雇用と年功序列に甘え、安住していられる時代ではないです。それは企業にとっても個々人にとっても決して幸せな道ではなくなっている。40歳定年制がいいかどうかは別にして、雇用の流動化を進め、それも、政・官・財の回転ドアが普通な社会でなければ、日本全体が劣化してしまう。やれることはたくさんあります。たとえば企業の場合は、いわば年功序列の社内の出世の延長線で社長が選ばれる現状を改めるべきで、そのためにも指名委員会設置会社への移行を義務付けるべきでしょう。そうしないと株主にとって本当に有能な人物が社長に選ばれるとは限らないことになり、社員のモラルを損なうばかりか、企業価値の上昇も鈍くなる。それが実は既に起こっているのではないか。
私も1年だけマネジメントを経験した後に専門性で勝負することを決めましたが、その時は35歳でしたので、40歳というのは経験上いいと思います。1毛作目で勝てなかったとしても、2毛作目や3毛作目で逆転できるかもしれないという希望があるだけでもモチベーションが違うでしょう。
朝倉さんと同じく柳川ゼミ出身者です 笑
自分も40才まであと一年ちょいになり、この連載はいろいろ考えながら読んでましたがなかなかコメントを書けず。今も明確な答が見えたわけではないものの、まだまだひよっこ、学び直しをしないと、という気にさせられるよい連載でした。このくらいの年齢のユーザーも多いだろうNPならではの連載で、メイン読者が60代らしい経済誌では絶対に出てこない企画でした
人生100年に対応した政策論が問われるようになり、今、再び「40歳定年制」に注目が集まっています。

発案者の東大・柳川教授が40歳定年に込めた思いとは? 柳川教授が定義する「人生三毛作」とは? 
雇用の流動性のためのひとつのツールという意味で、有意義な提案です。
私も大いに同意するところです。

ただ、こうした議論は時として客観的価値が認められる人材、つまり強者の論理に捉えられがちになります。
弱者のセーフティネットを、過度に社会保障に依存しない構造で確保することも大切だと思います。

いずれにしても、この手の話はレフトスタンドから缶や瓶が投げ込まれそうですね。
「40歳定年制」は、2012年当時に国家戦略会議の分科会より提言された政策です。柳川先生が座長でした。労使合意で40歳定年制をとることで、個人も次のキャリアを進みやすくなり、企業も人材の流動化を促せます。
小泉さんら自民党若手議員の委員会でも柳川先生はアドバイザーを務め、結果として働き方に関係なく社会保障を提供することや、解雇規制の緩和といった議論にもつながりました。
人生100年時代となり、雇用政策も新しい局面を迎えつつあります。
今の日本で40歳定年を導入するのは政治的にも社会の枠組み的にもかなり難しいとは思いますが、ご趣旨は大いに納得です。
『社員の間で「なんで、あんな人にあれだけ高い給料払ってるの?」といった疑問や不公平感が生じた場合、「それは、あの人がこれだけの能力があるからで、その能力とは何だ」とちゃんと説明し、みんなの納得感を得られる評価者は少ないですから』というのは、仕事でなく年功に給料を払う日本的雇用慣行の中では当然の帰結です。
年功序列・終身雇用の大企業では、真っ白な新人を採用して社内で育て、定年までの間、潜在能力の開発度合いに応じて年功で給料を払うのが一般的。採用直後は会社への貢献に比べて高めの賃金を払って能力を育成し、一人前になった若手・中堅の働き盛りの賃金は貢献度合いに比べて低めに抑え、定年間近の高齢者に貢献より多めの賃金や退職金を払って生涯の辻褄を合せる仕組みです。自分のキャリア形成(ジョブスキルと働き方)を会社に任せるこの方式は、社員全員が定年まで安心して働き続けられ、会社も社員を育成すべき方向が見えたキャッチアップ型の高度成長期には、業員にとっても会社にとってもメリットがあるものでした。しかし、技術の変化が激しく、会社もいつリストラが必要になるか分からない社会にこの制度は馴染みません。
働く人は自らのキャリアを自律的に決めて生涯それを磨き続け、企業はその時々の実力と貢献に応じて賃金を払う。変化の激しい時代には、従業員にとっても会社にとってもそれが身の安全と成功を保障する近道です。同一労働同一賃金の米国やドイツでは、学生時代のトレーニー等でキャリアプランを描き、就職した後もリカレント教育を受ける仕組みが出来ています。しかし、今の日本にはその枠組みがありません。40歳定年制は、40歳を目処に企業内でキャリア形成を図り、その後はそれを使って生涯活躍しろ、というご提案と受け取りました。自分のキャリアは自分で決める、という普通の雇用慣行に転換するのに有用な、一つの方法であるように感じます。
もはや、人生複業時代。複業時代をしっかり生きて行くには、40までには、複数のルートに踏み出すべきなので、40歳定年制はあるゆる点から効用が大きい。私も40歳から大学院での教鞭に取り込んだが、40歳だとまだ素直に新しい業界でのお作法に柔軟に対応できる。50歳過ぎだと対応力が急激に落ちて、ものにならなくなるリスクが高い。
そもそも40代までに研鑽すべきスキルや分野(一言で言えば”やりたいこと”)を見定められていない人材の面倒を組織として面倒見続けられるほど日本経済における成長機会は多くないというマクロ環境を認識した上で、このお話を繰り返し読みたい所です。雇用流動化とは「自分に値札が付く世界」だと思いますが、何が得意かもわからない(自覚が無い)人材に当然値札が付くのは難しいですし、そういう意味で40代を目処にキャリア形成するのは至極妥当だと思います(35歳でもいい気はします)。
この連載について
40歳は不惑の年と言われるが、現実には惑うことばかりだ。体力は全盛期より衰え、育児や介護など家庭責任が重くのしかかる。仕事もいま現在は「働き盛り」だが、キャリア人生を山だとするなら、あと一山も二山も乗り越えなくてはいけない。ましてや人生100年時代の到来すると言われる。寿命が伸び、年金支給年齢も上がれば、健康寿命の70歳代まで働く時代が当たり前になるはず。となると、40歳はまだ長いキャリアの折り返し地点にも来ていない。では今後、第二、第三の働き盛りを作るためには? 「40歳=若さで勝負することも、貫録で勝負することも難しい年齢」がサバイブしていく方法を模索する。