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平易な表現だが、元経産省の現場にいた人だけにいい発言をされている。

『そもそも市場のメカニズムがうまくいっているのであれば、国が介入してくることはなかった(中略)お互いがサボっていてうまくいっていないんだとしたら、それに対して何ができるかお互いがもっと議論するべき』 そうですね。民間も霞ヶ関からの「神の声」を待つクセが付いているかも。東芝でのウエスティングハウス買収やメモリー事業の売却における不透明さは拭えない。

『結局、自分の名前ではなく所属先の名前で仕事をしてしまっている。(中略)今後は名刺の肩書とか組織名じゃない、自分の名前で仕事ができる社会にしていかないといけないと確信しています。ただ、今の日本はそれとは程遠い環境』
大企業ほどその傾向が強い。自分から社名と肩書きを外した時に、何人の人が自分を支援してくれるかを大企業のマネジメントは立ち止まって考えるべき。

『そもそもエクイティとかベンチャーキャピタルとか無い時代に、ソニーとかホンダとか松下とかは生まれたんですよ。』
起業は、会社売却目的の商売では無い。志しと情熱の場であって欲しい。

少し話がずれるが、NPで生きのいいい中小企業特集をしてはどうか?
条件は、情熱と志を持っている事とグローバル市場を目指していること。
スカッとした明快な受け答えですね。「官僚」という肩書きがなくなったからこそできることなのかもしれませんが、こうしたタレントが集まった組織なのでしょうから、昨日の記事の取材拒否はやはりもったいないと感じてしまいます。

戦後、公職追放された21万人の内、軍人以外の官僚は内務省を中心にわずか2000人程度だったそうです(大蔵省は9名)。軍部、財閥が完全解体された中で、内務省を除けば官僚制度は緩やかな修正にとどまっており、この点で現在の官界は戦時中の革新官僚の系譜を受け継ぐものと認識しています。その典型が今の経産省なのでしょう。
マイケル・ポーターが『日本の競争戦略』で喝破しているように、戦後直後はともかくとして、官界主導による産業振興がどれほどの実効性を持っていたのかについては少々懐疑的に思うところです。
本稿で引き合いに出されているホンダにしても、それこそ通産省から自動車の開発を中止するよう要請されていたわけですから(なお、この時期、自動車業界の再編を仕掛けていた重工業局長・佐橋滋氏こそが、『官僚たちの夏』の主人公のモデルであったとされています)。
本気で「ソニー、ホンダを」と考えるのであれば、産業統制ではなく、妨げとなる規制を取っ払うことが本筋であると私は思います。

なお個別の論点になりますが、ベンチャー育成に際して間接金融の活用の可能性を示唆する指摘がありますが、これはファイナンス的なリスク・リターンを考えるとあり得ない議論だと思います。「エクイティとかベンチャーキャピタルとか無い時代に、ソニーとかホンダとか松下とかは生まれた」とありますが、時代背景が全く異なりますし、逆に言えばVCが存在すればより多くのソニーやホンダが生まれていたのかもしれません。
ソニー、ホンダよりさらに古いトヨタ自動車にしても、日産自動車に先手を奪われかけていたところ、豊田紡織によるエクイティでの資金提供によって設立に至っています。

市場のメカニズムがうまく機能していれば国が介入する必要はないとの指摘はその通りですし、たしかに「官と民、お互いがサボってる」のかもしれません。
昨日の記事でもコメントしたことですが、これは官界というよりも、お上に多くを望みすぎる我々市井の人間の責任なのでしょうね。
https://newspicks.com/news/2342902/
今までの本連載で一番良い回と感じました。特に、「自分の名前ではなく所属先の名前で仕事をしてしまっている」は多くの労働者にとって長年言われていることです。
 例えば、私のような仕事の場合、「自分の名前」にお客様が就く部分が普通の労働者よりも多い職種だとは思いますが、それでも所属組織が違ったら恐らく会えなかったであろう人、入れなかったであろう場所は沢山あると思っています。一言で言えば、「会社のお陰で成果があげられている部分もあるから調子に乗ってはいけない」という自戒が重要だと思います。誰しも「会社のネームバリューで成果をあげられている部分」はあるはずで、それが自身の成果の何割くらいなのかを意識してキャリアを歩むことは極めて自己成長に寄与すると思います。
伊藤さんはコンサルは選ばなかったということですが、数ある省庁の出身者でも、コンサル転職当初からもっともコンサルっぽいのは経産省出身者。本質的な共通点は、ここにも書かれている通り、コンサルも(一部を除いて)経産省も自分で事業を持たないこと。だから、人の事業に首を突っ込んで、課題認識を醸成して、価値を発揮しようとする。そうするための行動パターンが似てくる。
経産省は官庁の中では一番自由闊達で民間にも寄り添うカルチャーがあると思います。それでも、国が誘導してできることには限界がある。「変わりたくない」人たちが世の中には多く、それがしがらみを生んで身動きできなくなっているからです。それを打破するには、やはり産業・企業の新陳代謝を民間主導で進める仕組みが必要であり、とても逆説的ですが、実は、官にできることは、可能な限り規制を緩和し、口出しせず、民間を信じ、必要がある場合にだけ、そっと後押ししてあげることではないかと思います。そういう意味で既得権益側にいる銀行(間接金融)に多くを求めるのは無理でしょう。

なお、組織の肩書ではなく、個人の肩書で仕事をしないと実際の世の中の仕組みや、人々の本当の思いがわからないというのはその通りで、僕も官僚でなかったものの、大手銀行を辞めて大借金して起業したときには本当に心細かったけれど、今は本当に良かったと思っています。何と言っても、自由にモノが言えるようになる。
20代から30代の間に「トライセクターリーダー」というキャリア像が広がりつつあります。民間・公共・社会を超えて活躍する人材です。

私の古巣(BCG)から霞ヶ関に移った優秀な人材も出てきてますし(給料はかなり下がりますが)、コンサルティングからソーシャルに行くことは、もう珍しくなくなりました。

こうした人材の動きに合わせる形で、組織や人事制度も変わっていくと思います。
私も外務省をやめて、起業したものだ。

20年ぶりに当時に同僚たちとの同窓会に参加すると、かなり出世しているわりに、「神田は、いいときに辞めたよ」「外務官僚は影響力が低下した」と、愚痴っている。

その愚痴に食傷気味の私に、生ビールをもってきてくれた居酒屋の店員が、「僕には、夢があるんです」とキラキラした目で、希望を語り出した。私は感激して、「あなたは、どういう家庭に育ったの?」と聞いたら、彼曰く「実は、ひとにはあまり言えないのですが、ちょっと名前がでている経産省幹部の息子なのです」。

自分の仕事に誇りと希望をもてない大人は、どんなに権威や立場があっても、みっともない。
こういう方がもっと出ればいい。その意味では、村上ファンドは残念だったように思う。
INCJについていえば、創業時からの経緯は知っているが、ファンドの知識が欠落していた。分別勘定になっていない。
その意味では勉強不足。NRI時代、特に95年までは、頻繁にやりとりしていたたが、例のノーパンしゃぶしゃぶ事件から、民間との付き合いが薄くなった。
「出入り自由」について、既に年間700人の民間人が官僚になっています(※1)。しかし、多くは補助業務に留まっているところがあります(復興庁のように新しく仕事を創り続けた部署では創造的な仕事もありましたが)。
真に官民交流を行うためには、官僚は40歳で定年とするなど、思い切った打ち手が必要です。

※1 http://www.jinji.go.jp/kisya/1703/28kanmin-1.pdf
「しかない」と言いつつも、
①補助金をつける
②税制を変える
③法律を変える
はかなりインパクトのある「三種の神器」だと思う。
とはいえ、どれも使いこなすにはかなりの精神力と胆力が求められる「神器」であることは間違いない。

人事異動が頻繁だったりして、「この分野のことは絶対に変えてやる」というモチベーションを持ちにくい、という実情はあるでしょうね。

"そもそも経済産業省の持っている手段って、補助金をつけるか、税制を変えるか、法律を変えるかしかないんです。様々なプロジェクトをやってみた結果、そういう手段を講じるだけでは何も起きない、って痛感したんです。"
この連載について
日本の政治・経済を支配してきた「官僚」たちに異変が起きている。長らく続く日本の停滞、また官邸主導の統治体制の中で、「忖度」ばかりが目立つようになった。今、日本のプレゼンスが世界的に下がる中で、国家の中枢を担う官僚たちは何を思うのか。新たな「国家像」に賭ける、特に若い官僚たちの新たな動きを追った。