地方と都心をつなぎ、地域経済を循環させることで社会課題の解決に挑むアスラボ。その取り組みの一つに、未来を担う子どもたちのための「元麻布農園」の農園スクールと自然体験ツアーがある。これはよくある収穫体験などとは違い、「食育×一次産業」で子どもたちには感受性を育み、生産者にはビジネスとして利益を生み出すことを目的としている。都心の富裕層や幼稚園・保育園からのニーズが高く、常に満員状態のこの事業は、これから一気に拡大を目指すという。代表の片岡義隆氏に、同事業についてお話を伺った。

都会では目にできない、命の現場を知る

6月18日、千葉県いすみの市 高秀牧場「酪農体験ツアー」
——牛さんは、産まれて1歳半くらいになったら人の手で妊娠して子牛を産み、牛乳を出します。その後も毎年妊娠と出産を繰り返し、人間が飲む牛乳を出し続けます。年をとって牛乳が出なくなったら、牛さんは工場に運ばれて、人間が食べる牛肉になります。革も、ベルトやカバンなどに使われるんだよ。——
これは、アスラボが開催している親子自然体験ツアーで、乳牛を目の前に、酪農家が子どもたちに教えてくれた、とても大切な命の現場。小学生くらいの子どもなら、「牛がかわいそう」と思うでしょう。もしかしたら、大人も「残酷だ」と思うかもしれません。
だけど、それは違う。牛だけでなく、豚も鳥も野菜も米も、私たち人間は生き物から命をいただかなければ生きていけません。それを理解して初めて「いただきます」の意味がわかる。命の現場を見ることで、子どもたちは自然と食べ物に感謝の気持ちを抱くようになるものです。
こうした自然や生き物とリアルに触れ合う「食育」の機会がなければ、「なぜ食べ物を残したらいけないのか」という純粋な問いに、大人もきちんと答えられないはず。
子どもは、自分が見たもの・体験したことからしか学べないので、親が日々スーパーで貨幣交換している野菜も牛乳も乾電池も歯ブラシも、みんな同じ「スーパーにあるモノ」でしかないんですよね。
その現実に危機感を覚え、都会で暮らす子どもたちに体験を通して食育をしたい、豊かな感受性を育みたいと、アスラボでは「食育×一次産業」に取り組んでいます。
アスラボ 代表 片岡義隆

港区で土いじり、元麻布農園

2010年、港区の真ん中・元麻布に、「元麻布農園」を作りました。ここで行っているのは、畑の土作りから手入れ、収穫、調理して食するまでの一連を子どもたちに教える「農園スクール」です。趣味のサークル活動ではないので、もちろん講師は、現役の農家さん。毎回、新潟から来ていただいています。
当初、隔週で東京に来て講師をしてくれる農家は全く見つかりませんでした。それでも、日本の農業を変えたいと本気で思っている新潟県の農家・大越さんが「どうなるかわからないけど、子どもたちにとって大切なことだからやってみたい」と引き受けてくれました。
最初は人づてで約20人という小規模スクールから始めましたが、7年目を迎えた現在では、春夏コース100名、秋冬コース100名がどちらも満員になるほど、農園スクールは成長してきました。それも、嬉しいことに、ほとんどが口コミやリピーターです。
その理由として挙げられるのは、子どもたちに明らかな変化が見られるからだと思います。食べ物の好き嫌いがなくなる、お手伝いをするようになるといったことに加え、感受性が豊かになることで、発する言葉も変わってくるんですよね。
たとえば、都会に住んでいる子どもにとって、春夏秋冬の季節や晴れ・雨など日々の天気の必要性は分かりません。雨より晴れのほうがいいと思う程度だと思います。だけど、農園スクールでは雨が降ると野菜が元気に育つことを学ぶので、「今日は雨だからお野菜が元気になるね」という会話を親にし始めるのです。
「なぜ食べ物を残したらいけないのか」という問いに対しても、自分で土作りをして育てた思い入れのある大切な野菜は、簡単に残せなくなりますよね。そこから、食べ物に対する考え方が変わってくる。親が言葉で教えるよりも、子どもは一つの体験から多くを学びます。
また、子どもだけでなく親も学びになるのが、このスクールの面白いところ。ほとんどの場合、親も農業経験はありません。親子で一緒に体験をしながら食を学ぶことに価値を感じてくださる方が増えているのです。

単なる体験ではない学びを

農園スクールから派生して生まれたのが、冒頭の自然体験ツアーです。体験と言っても、遊びを楽しむ単純なツアーではありません。他のツアーと圧倒的に違うのは、きちんと教育をしていること。
今回の酪農体験ツアーのように、単なる乳搾りやバター作りではなく、私たちは生きていくために生き物から命をいただいていることを、酪農家さんから直接教わります。実はこれ、大人にとってもすごく大切な体験でもあるのです。
私たちはつい、量が多い・ダイエット・買いすぎたなどの理由から、食べ物を残したり捨てたりしてしまいますよね。それは、「稼いだお金で貨幣交換をした商品である」という域を出ないからこその行動です。
だけど、農家や漁師、酪農家などの命の現場を見ると、食について考えるきっかけになる。農家さんが思いを込めて作った野菜を、単なる貨幣交換にしなくなると思うのです。そして、その思いは必ず子どもに派生します。
そんな、子どもも大人も学びになる体験ツアーで食べた野菜や飲んだ牛乳は、いつでもスマホから購入できるよう、プラットフォームも作りました。
地域の生産者との縁を作り、縁あるところから商品を買う。現地には年に一回しか行けなくても、食を通してつながれます。それは、ふるさとが一つ増えるようなもの。そうして、都心と地域をつなげて、より深い絆を築いてほしいと思っています。

10年、20年先を担う子どもたちのために

さて、農園スクールを運営し始めて7年が経ち、ようやく子どもたちが楽しみながら農業を学べる教育メソッドが確立されてきました。同時に、都内の幼稚園や保育園からも、スクールに参加したいという要望がかなり増えてきました。
なぜなら、近くに畑や田んぼがあって農家がいても、子どもたちを受け入れて命のサイクルをきちんと教えてくれる場所がないから。収穫体験ができる観光農園はたくさんありますが、自分たちで育てて食べるのと、収穫だけするのでは、子どもたちが学べる内容がまったく違います。
このニーズに応えるべく、今は元麻布にしかない農園スクールを一気に増やします。加えて、自然体験ツアーやWebプラットフォームの拡充も目指します。
あらゆる仕事がAIに置き換わる世界でも、人を幸せにしたり喜ばせたりできるのは、感情のある「人」ではないでしょうか。だからこそ、未来を担う子どもたちを感受性豊かに育てたい。そして、未来のために都心と地域をつないでいきたい。
少しでも、アスラボの「食育×一次産業」に共感いただけたなら、ぜひ話を聞きに来てください。事業を拡大させるためのポストはたくさん空いているので、あらゆるポジションを用意してお待ちしています。
(取材・文:田村朋美、写真:藤記美帆)