革新的なエレベーター製品とともに自社の変革を遂げようとしているドイツ最大手の鉄鋼メーカー、ティッセンクルップ。鉄鋼事業の利益が落ち込む一方で、革新的なテック事業は順調に成長している。

副業のエレベーターに研究開発投資

ドイツ最大手の鉄鋼メーカー、ティッセンクルップは自社を変革しようとしている。その証拠に、同社が現在最大の利益を得ているのは金属ではなくエレベーターからだ。
1811年創業のティッセンクルップは、副業だったエレベーターを本業にするため、研究資源をつぎ込んできた。安価な中国製品であふれる鉄鋼市場で国際競争を勝ち抜くための戦略だ。
金属全般の市場が縮小していることもあり、ここ6年間は同社最大の収入源が鉄鋼からエレベーターに取って代わっている。
一方、ティッセンクルップが投資を強化したことで、エレベーター業界は新たな発展を遂げようとしている。縦だけでなく横にも動くエレベーター、磁気浮上式の動く歩道といった革新が生まれ、ライバルたちの注目を集めているのだ。
エレベーター部門のCEOを務めるアンドレア・シーレンベックは、エッセンにあるティッセンクルップの本社でインタビューを受けた際、「われわれは業界の競争を促進しているようだ。われわれのコンセプトをライバルが採用することもあり、場合によってはライバルに出し抜かれることもある」と述べた。
「それでも問題はない。コピーされるということは、方向性が正しいということだから」
たとえば、1つのシャフト内で2つのエレベーターが独立した動きをするティッセンクルップのシステムをきっかけに、2階建てエレベーターなどの競合技術が生まれている。
このように競争が促進されれば、実績のない高価な機械を導入することに消極的な建築家や建設会社にも、新技術を受け入れてもらいやすくなる。また、設備会社やメンテナンス会社の市場も育ちやすくなる。

中国企業との競争、鉄鋼事業の低迷

ティッセンクルップのエレベーター事業は10年前から右肩上がりで、利益も増加しているが、その一方で鉄鋼事業の売り上げは落ち込んでいる。中国企業との競争によって価格が下落し、利益がむしばまれているためだ。
会社全体で見ると、2014年を境に3年間連続した赤字から回復しているが、2016年度の鋼鉄を含む材料部門の売り上げは全体の28%を占めるにすぎなかった。2011年1月にハインリッヒ・ヒージンガーがCEOに就任する直前には、材料部門は総売上高の40%を占めていた。
世界的な金融危機から10年近くが経とうとしているが、ヨーロッパの鉄鋼需要は2008年の水準より約25%低い状態が続いている。金融危機以降、それ以前の約5分の1に相当する7万5000人分の職が失われた。一方、中国は同時期、過去最高の輸出額を記録している。
困難に直面し、創造的な解決策を模索しているのはティッセンクルップだけではない。
国有企業から民営化されたオーストリアの鉄鋼メーカー、フェストアルピーネは現在、自動車産業や航空宇宙産業の部品製造に力を入れており、さらに鉄道監視システムまで手を広げようとしている。

「工業製品メーカー」への道程

鉄鋼事業の利益が落ち込んでいくのを目の当たりにしたヒージンガーCEOは、不安定な事業部門への依存を減らし、エレベーターを含むほかの事業を強化しようと努力してきた。
2017年2月には、ブラジルの鉄鋼プラントをテルニウムに売却することで合意し、ティッセンクルップの歴史上最悪の投資に終止符を打った。2005年に立ち上げ、90億ドルの損失を出した「スティール・アメリカズ」部門の解体を完了させたのだ。
さらに、ヨーロッパの鉄鋼事業をジョイントベンチャーにするため、1年前からインドのタタ・スチールと交渉を続けている。
インディペンデント・リサーチのアナリスト、スベン・ディアーメアーは、ティッセンクルップはこうした動きによって抜本的な変化を遂げようとしていると分析する。
フランクフルトから取材に応えたディアーメアーは「ティッセンクルップは最終的に、鉄鋼のジョイントベンチャーに参加する工業製品メーカーになろうとしているのだろう」と述べた。
クレディ・スイス・グループが2017年6月に発表した報告書によれば、ティッセンクルップはこのジョイントベンチャーを新規株式公開(IPO)を行って分社化し、その一方で鉄鋼の供給管理・保管・在庫管理を行う「材料サービス」部門を売却する可能性もあるという。

企業の変貌、労働組合の反対

歴史を振り返れば、企業がこのように変化を遂げようとした例はいくらでもある。
フィンランドのノキアは、かつて紙やゴム長靴を製造していたが、その後は携帯端末メーカーとなり、アップルの「iPhone」にわずか1年で追い抜かれるまでは市場を支配していた。
1833年にスコットランド、エディンバラで書店として創業し、新聞の売店をチェーン展開したジョン・メンジーズは、現在は国際的な貨物輸送、荷役、航空サービスを提供している。
しかし、このような戦略は概して障害に直面する。ティッセンクルップのジョイントベンチャー計画に関しては、ドイツ最大の労働組合「IGメタル」が反対している。
IGメタルの理事で、作業部会の会長を務めるウィルヘルム・セゲラスによれば、IGメタルが恐れているのは、ティッセンクルップが鉄鋼事業から完全撤退し、人員削減が行われることだという。
それでも、鉄鋼事業が損失を生む限り、同社にとって現状にとどまるという選択肢はない。
エレベーター部門のシーレンベックCEOによれば、この5年間で約4億ユーロ(約495億円)の研究開発費を投じ、「大胆な挑戦」を行ってきたという。
すでに同部門は、全社の利払前・税引前・調整後利益の60%近くを担っている。2016年9月までの会計年度は8億6000万ユーロ(約1065億円)の利益だったが、目標は10億ユーロ(約1240億円)だ。

独創的な企業にイメージを変える

ティッセンクルップは6月22日、「マルチ」(Multi)エレベーターの試作機を公開。ケーブルの代わりに磁石を使用した縦横に動くエレベーターで、装置が小さくなる分、輸送能力を大幅に増やすことができる。
シーレンベックCEOによれば、早ければ2019年にも実用化にこぎ着ける見込みで、建築設計とエレベーター市場に革命をもたらす可能性をもつという。
「競合各社にライセンス供与の話をするつもりだ」とシーレンベックCEOは述べる。「非常に大きな構想であるため、われわれだけでは市場展開ができない」
ティッセンクルップはニューヨークの「1ワールドトレードセンター」にエレベーターとエスカレーターを納入したが、米国には売り上げ最大手のエレベーターメーカーである、ユナイテッド・テクノロジーズ傘下のオーチス・エレベータがある。
ヨーロッパにも、フィンランドのコネやスイスのシンドラー・ホールディングといったライバルがいる。
ティッセンクルップは、磁気浮上式の動く歩道という革新も生み出している。「アクセル」(Accel)と名付けられたこのシステムは、高速列車の技術を応用したもので、最高時速約7.24キロ、最長距離約1.6キロの実現を目指している。
「われわれは以前、大胆な企業、独創的な企業という評価とは無縁だった。しかしこれらの革新によって、われわれのイメージは変わろうとしている」とシーレンベックCEOは述べた。
原文はこちら(英語)。
(執筆:Tino Andresen記者、翻訳:米井香織/ガリレオ、写真:© 2017 thyssenkrupp Elevator AG)
©2017 Bloomberg News
This article was produced in conjuction with IBM.