エレキ業界で今何が起きているのか。その真相、深層、生命線

2017/6/29
日本のエレクトロニクスやものづくりの力は世界に比べていまだあるものの、それを適切に示していないことで、世界に後れをとろうとしている。新興国の台頭、テクノロジーの普及によってものづくりのかたちが変わろうとしている中、世界で戦うために日本の製造業には何が必要か。世界で生きるための「生命線」に、世界的メーカーのシーメンス日本法人のトップと、エレクトロニクスの国際標準規格の策定・運営に携わるIPCのトップとの対談で迫る。

デジタル化が起こした第4次産業革命

──世界で起きている製造業を取り巻く環境変化について、世界でご活躍されているお二人はどのように感じますか。
藤田(シーメンス):特徴的なのは、産業全体のデジタル化でしょうね。これによって、製造業の価値観が大幅に変わりました。
これまでの製造業は、大量生産に基づく生産の均一性が価値の中心でしたが、デジタル時代に突入したことによって、より個性的でクリエイティブな現場へと変わり始めました。
たとえば、スポーツメーカーのアディダスは「色は黄色、ソールはラバー」といった具合に、消費者がつくりたいスニーカーを自分でオーダーし、それに柔軟に対応する新しい受注・生産システムを取り入れ始めました。
ミッチェル(IPC):その通りですね。大量カスタマイズの世界がすでに始まっているので、現場は面白くなってきています。その裏にはデジタル化やIoT、IIoT(Industry IoT)があり、今の第4次産業革命を引き起こしているといっていいでしょう。
ロボットを使ったり、3Dプリンターを使って試作品を作ったり、それを元に製品を作ったり、製造業は今非常に面白い時期を迎えています。
藤田:また、クラウドを使った共通のプラットフォームやデータベースが生まれたことで、製造業は変化を遂げたといえますね。以前は、同じ社内でもシステムが違い、それぞれが気持ちの赴くままにデータをつくり個別に蓄積していました。
しかし今、製造業者は変わろうとしています。共通のプラットフォーム上で情報を共有し、社内のバリューチェーンをデジタルでシームレスにつなぐ、新しい共通化されたバリューチェーンができつつあります。
ミッチェル:そうですね。共有化すれば、何かと効率的です。今製造業は、試行錯誤を繰り返しています。これが成功すれば入手できるデータ量も増えるので、もっと賢い決断が下せるようになるでしょう。
しかし、これは共通のプラットフォームがないとできません。この分野は今まさに始まったばかりなので、大きな可能性があるでしょう。

国境がなくなりつつある製造業

藤田:製造業の新興国と先進国の差が縮まってきていることもポイントでしょう。
デジタル化以前では、例えばインドのニューデリーの店で靴を注文したとします。かつては、地元の販社で注文をまとめ、それがグローバル本社で再度集約され、その後各国の工場に生産指示が出て……とすごく時間がかかりました。その間のボトルネックも多々ありました。
ミッチェル:間違いが起こる可能性も無限にありますね。
藤田:ところが、今はニューデリーの注文が、5秒後に本社の工場に届く時代です。IoTは、マーケティング戦略をも変えてしまいました。もちろん、各々の国の文化の違いはありますから、マーケットによって対応する必要はありますが、国単位で個別に全ての機能をそろえる必要性はなくなってきました。
ミッチェル:電子機器の視点から少し付け加えると、1989〜2005年の間、日本は世界でPCB(プリント基板=電子機器の主要部品)生産のリーダーだったでしょう?製品の質もずば抜けてよかったし、当初はコストも低く保てました。
しかし、次第にさらなる低コストを求めて皆中国に流れるようになります。では、近年はどうでしょう?我々が昨年行った調査によると、急成長している国は、もはや中国ではなく、ベトナムやタイといった国々です。日本企業は、中国よりもっと低コストで生産できるアジアの国々に目を向け始めたのです。
中でもベトナムは、今世界で急成長しているPCBの生産国です。そして、ベトナムでPCBの生産を行っている工場のほとんどは、日本企業が所有しています。
このように、日本企業のPCB生産の実に60%が海外で行われています。2016年に日本国内で生産されたPCBは世界でたったの9%ですが、それでも日本企業は世界のPCB市場の26%ほどを占めています。
藤田さんがおっしゃるように、つながってさえいれば場所はどこでもいいという時代に入ったような気がします。

心地よさがあだに

──そんな中、世界の中で相対的にみて日本の製造業が以前よりも力を失ったように見える理由はどこにあると思いますか。
藤田:日本の製造業者は、部分最適を究極まで進めるあまり全体最適を失いがちです。個別進化でガラパゴス化に陥りやすいですよね。携帯電話がいい例です。
また、顧客の要求仕様を追求し続けるあまり日本独特の製品ができ、同時に世界市場も意識するから、同じ商品で仕様の違うものを作ってしまう非効率性が多々ありました。
ミッチェル:国内にもグローバルにも対応できる1つの製品を作った方がいいに決まっています。
藤田:さらに、日本市場の要求品質は非常に高く、その結果、「国内を制するもの世界を制する」といわれるほど、日本の市場のプレゼンスは高くなっていきました。
しかし、これは逆に日本企業にとって不運でした。国内の市場が大きいため国内からの儲けで十分やっていけたので、日本の製造業者は、特に規制業種であればあるほどグローバル市場を意識するタイミングが遅れてしまいました。
ミッチェル:過去に日本国内でやっていけた時代もあったでしょう。しかし、多くの企業で溢れ、大きくなり過ぎてしまった現在の国内市場だけでは成長が限られますよね。
エレクトロニクス産業でも、比較的新興国である中国やインドでは、広大な国内市場だけでなく、はじめから世界市場を見据えて、国際標準を取り入れたもの作りに邁進しています。
今や世界中の家電製品のほとんどは、中国や台湾を資本としたEMS(受託製造業)が実際の製造を行っています。
藤田:グローバリゼーションでいうと、シーメンスのドイツにおける国内売り上げ収入はたったの13%です。ちなみに、トヨタの日本国内の売り上げは24%。グローバル企業にとっての国内市場は全体の一部でしかありません。
ミッチェル:世界市場を捉えることができるかどうかにかかっています。ドアを20個開けられるのに、1個しか開けない場合は注意が必要です。グローバル市場に目を向けるのは必須といえますね。しかしそれにはそれ相応のスキルが必要です。

国際標準を味方につけて世界展開を狙う

──では、日本の製造業が再び世界で活躍するために必要なものは何でしょうか。
ミッチェル:グローバルに展開するために、日本の企業にはぜひ国際標準を理解してほしいと思っています。
IPCは、エレクトロニクス産業の国際標準である「IPCスタンダード」をグローバルで広めています。日本には独自規格があるでしょう。例えば、「ソニー規格で仕事している」という企業もあるでしょう。
しかし、フランスに行って「ソニー規格で仕事している」と言っても、「だから何?」と、実は競合他社より品質が良かったとしても、知らないので理解してもらえません。
IPCは既に世界中のエレクトロニクス産業が採用しています。実は、世界で作られている電化製品の85%がIPCに準拠して製造されています。国際標準を取り入れれば、世界市場が理解できるので、売り込みやすく、ビジネスチャンスも大幅に広がるでしょう。
標準規格の内容を決定するのは、IPCではありません。シーメンス、GE、ボーイング、IBM、ボッシュをはじめとする、グローバル市場に大きな影響力を持った企業から中小企業といった世界中から参加する企業です。
標準化においては、常にコンセンサスをとります。全会一致でないといけません。例えば、サムスンやアップルといった企業が同じテーブルに座って話し合うのですが、同じ仕事でも皆やり方や意見が違いますよね。大企業が規模の論理で無理難題を押し付けることも出来ません。皆が同意することは非常に難しいのですが、そこで我々の出番です。
IPCでは、誰でも国際標準の規格に影響を与えることができます。全ての製造業に門戸を開いているため、気に入らないものがあれば誰でも進言することができます。
IPCは世界中でエレクトロニクス産業に携わる企業に国際標準へ参加するよう促しています。参加メンバーが増えれば増えるほど、より良い標準になり、ひいては世界全体の産業も成長することにつながります。
もちろん、標準を正しく理解し、活用してもらうために、充実したトレーニングプログラムも提供しています。
日本では、はんだ付けロボットのグローバルトップメーカーであるジャパンユニックスと共同で、世界で初めてオンラインによるトレーニングをスタートしました。マルチデバイスなので、通勤中やランチの時間など隙間時間を使って、いつでも国際標準=世界の常識を手軽に学ぶことができます。
グローバル市場で柔軟、そして迅速に活躍するためには、テクノロジーへの投資も必要ですが、人材の育成が大事ですね。適応力のあるトレーニングを受けた人材が必要だと思います。
藤田:従来の製造業だけでなく、新たな世界を切り開こうとしている今、企業が変化に対応できる人材を育てることは非常に大切ですね。そして、経営者が明確な市場の将来像とそれに対応した経営ビジョンをもつことです。
シーメンスのポートフォリオは、ここ10年で半分以上が入れ替わっています。劇的に変化するマーケットに迅速に対応し、瞬時に判断を下せる経営力が求められます。会社の強い分野を見極め、弱い分野は他に任せる判断力。企業がこれから生き残っていくためには、こういったものも必要になってくるのではないでしょうか。
日本の製造業者は、生産現場からの保守性が強かった。しかし、これからはもっとリスクとチャンスに敏感になるべきでしょう。

パートナーを見つけて、グローバル展開する

──では、最後に向こう3年、2020年までをみて、製造業マーケットに起こることをどのように予測していますか。
ミッチェル:近い将来、例えば車をカスタマイズするビジネスが生まれるかもしれませんね。消費者は車のエンジンについては無知かもしれませんが、中のエレクトロニクスについては知識があります。
自動車産業、そしてカーエレクトロニクスが共に得意分野の日本にとって、この分野は打ってつけだと思います。日本は自動車産業においては今でも世界のトップだし、複雑なエレクトロニクスにおいても右に出るものがいません。世界に影響を与えるチャンスです。遠い未来ではなく、今すぐにも起こり得ることだと思います。
国際標準は、品質における世界の共通語、共通プラットフォームです。国際標準を採用することで、世界がより近く、小さくなります。こういったことを手助けするために標準規格があり、パートナーがいます。
何もかも一から全てをやる必要はありません。世界で合意された標準をベースにし、日本の強みを世界で示せれば早く目標に到達できる可能性があります。
5年かかることもひょっとすると5カ月で成し遂げられるかもしれません。新しいものを作るためには、既に世界展開をしているシーメンスのような、様々な分野の専門家と手を組むのもいいでしょう。
藤田:日本人は、チームを組むと強いですよね。デジタル化で事業スピードが求められるグローバルマーケットでは、自前だけでないパートナーシップが非常に重要になります。その意味でチームワークは重要です。
ミッチェル:そうですね。だから世界に目を向けて、いいチームメンバーを集めることができれば、必ずチャンスは生まれるでしょう。
(取材・文:狩野綾子、写真:長谷川博一、編集:木村剛士)
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