リニューアル不要。ロングセラー商品のつくり方

2017/6/28
2010年に発売されて以来、今なお数カ月待ちという、伝説的な人気を誇るホーロー鍋「バーミキュラ」。昨年発売した究極の炊飯器「バーミキュラ ライスポット」も発売と同時に注目を集め、発売から6カ月間で3万台を出荷している。財務危機にさえ陥っていた愛知県の小さな町工場がなぜ、このようなヒット商品を生み出せたのか。世界を目指し続けるバーミキュラの挑戦に迫る。

自社の職人に誇りを取り戻したい

家電では1年に一度、クルマでも2年に一度のリニューアルが当たり前。新しい話題がなければ、消費者を引きつけることはできない。
そんな常識さえある日本市場で、「自信があるからリニューアルは必要ない」と言い切り「究極の炊飯器」を投入したのが、鋳物ホーロー鍋「バーミキュラ」を製造販売する愛知ドビーだ。
今でこそ、二百数十人の従業員を抱え、予約待ちの鋳物ホーロー鍋を、月に1万個単位で製造できるようになった愛知ドビーだが、バーミキュラを発売するまでは、社員十数人のいつ倒産してもおかしくない町工場だった。
1936年創業の愛知ドビーは鋳造メーカーとして、船舶や産業機械の部品を扱っていた。ものづくりのメッカ、愛知県の典型的な町工場だ。
「子どものころは、よく工場の職人さんたちに遊んでもらいました。みんなが自分の仕事に誇りを持っていて、かっこよかったですよ」
現在、愛知ドビーの社長を務める土方邦裕氏、副社長を務める智晴氏の兄弟は、創業者の孫として生まれ育った子ども時代を回想する。
兄の邦裕氏は豊田通商、弟の智晴氏はトヨタ自動車で勤務しながらも、家業のことが常に気になっていたという。父親から入社を打診され、転職を考えていたタイミングで、先に入社を決心したのは兄の邦裕氏。その5年後に弟の智晴氏が加わった。
しかし、実際に入社してみると、財務は思った以上の危機的状態。職人たちからも誇りを感じられなくなっていた。
「下請けをやっているかぎり、『ありがとう』と言われることがないんですよ。正しく商品を納品するのが当たり前の世界ですから。でも、仕事って、喜びがないと続けられないと思うんです。それで、自分たちの手で直接、自分たちが最高だと思える商品を届けたいと考えるようになりました」(副社長・智晴氏)

世界で3社しか持たない技術への挑戦

自分たちの強みを最大限生かした製品とはなにか。愛知ドビーには、鋳造メーカーでありながら、機械の精密加工までできるという強みがあった。副社長・土方智晴氏が提案したのが、無水調理ができる鋳物ホーロー鍋だった。
「正直、家庭で使う鋳物製品はなにかと考えたら、鍋しか思いつかなかったんです。鍋の最高峰と言われていたのがステンレス製の無水調理鍋。でも、鋳物ホーロー鍋のほうが素材の味が引き立つんです。実験してみると、その違いは歴然でした。
うちの技術なら、鋳物ホーロー鍋でありながら、気密性の高い無水調理鍋が作れるんじゃないか。自信があったというよりも、たったひとつのアイデアにすがった、と言ったほうが正しいかもしれません」(智晴氏)
しかし、その道のりは簡単なものではなかった。
ガラス質の釉薬を鋳物に吹き付けて焼く「ホーロー加工」の工程が難航を極めたのだ。その技術を持っているのは、ル・クルーゼやストウブなど世界で3社だけ。土方兄弟が日本中を奔走しても、ホーロー加工を請け負ってくれるところは見つからなかった。
「ならば、自社でやればいい」
覚悟を決めた副社長・智晴氏は、失敗を繰り返しながら、ようやく1年後に鋳物をホーロー加工する技術を確立した。
ガラス質の釉薬を鍋に吹き付ける、ホーロー加工の様子
「難所」はホーロー加工だけにとどまらない。
熱く溶かした鉄を型に流し込んで冷やすという工程で、どうしても鍋にひずみが生じてしまうのだ。すると、無水調理に必要な密閉性が保てない。
そこで、持ち前の精密機器をつくる技術を使い、ひとつひとつ職人の手で100分の1ミリ単位で削ることにした。最後にものを言うのは、職人の経験だ。
「鋳物の鍋をここまで精密に削っているのは、世界でもうちだけです」と副社長の智晴氏は胸を張る。鍋とふたの隙間には紙1枚通らない。
実際に紙をふたの下に差し込むと、まったく隙間がないことがわかる
「毎年ルーティンのようにモデルチェンジを繰り返す製品は、『よりよい製品をつくること』ではなく、『モデルチェンジをすること』が目的になっているようで、そのやり方に疑問を感じていたんです」と、副社長・智晴氏。
だからこそ、「バーミキュラ」を開発するときは、自分たちが「これが最高の製品だ」と言い切れるまで発売しないと決めていた。
機能美をとことんまで追求したシンプルで飽きのこないデザイン、親から子へと引き継いでもらえるような耐久性。ホーローのかけなおしなどのメンテナンスも無期限で行う。
徹底したこだわりの末、ようやく無水調理ができる鋳物ホーロー鍋「バーミキュラ」が完成した。開発をはじめてから3年もの月日が流れていた。
無水調理ができる鋳物ホーロー鍋「バーミキュラ」。一時は15カ月待ちにもなった人気商品だ
「私はニンジンが嫌いでした。でも、バーミキュラで無水調理して塩だけで味付けしたニンジンを食べたら、初めて甘くておいしいと思ったんです。実は、副社長が鍋を開発しようと言い出したときは、そんなレッドオーシャンに飛び込むなんて無謀だと反対したこともあったのですが、これならいけると思いました」(社長・邦裕氏)

SNS時代の超戦略的ブランディング

世界最高の鍋ができても、その存在を知ってもらえなければヒットすることもない。なぜ、当時従業員数十人の小さな町工場の商品を世に広めることができたのか。
兄弟がとった方法は戦略的だった。まずは、バーミキュラの良さを理解できる人に使ってもらうことにフォーカスした。
「これは、世界中のどんな鍋よりも素材の味を引き出せる鍋だ。あとは知ってもらうだけだ、という自信がありました」と邦裕氏。
著名な料理研究家らにバーミキュラを送り、実際に使ってもらった。すると、キッチンデザイナーの黒田秀雄氏がバーミキュラを絶賛。発売前から「キッチン・オブ・ザ・イヤー」の称号を手に入れるという異例のスタートとなった。
「部品メーカーだった私たちには、BtoCの強力な販路なんてありません。WEBサイトこそがフラッグシップストア。ちょうどインターネットで品物を売買するということが一般的になりはじめた時期だったのも幸いでした」(智晴氏)
WEBサイトには、一流の料理雑誌のようなハイセンスな料理写真が並ぶ。どんな料理なら、世界最高の鍋の良さを感じてもらえるか。社内にキッチンスタジオを備え、毎日、試作を繰り返した。レストランで修業を積んだシェフも社員として採用し、レシピ開発も行った。
「どうせ試作するなら、ランチタイムにやってほしい」。社員からのそんな声にこたえ、ランチタイムはバーミキュラで作った料理を社員みんなで食べる。その習慣は今でも毎日続いている。
愛知ドビーのランチタイムの様子。内勤の社員全員で「バーミキュラ ライスポット」で作った料理を食べる
「これにはうれしい副産物がありました。一緒に食事をするようになって、社員のコミュニケーションも円滑になったのです」(邦裕氏)
料理好き、味のわかる人を中心に、SNSでも徐々にバーミキュラの評判に火がついていった。テレビ番組『ガイアの夜明け』で特集されてからは、最大15カ月待ちにまでなった。世界最高の鍋。彼らが掲げた理想は、日本中で証明されつつあった。

究極の「ライスポット」で世界へ

しかし、それで満足する二人ではない。名だたる名ブランドに勝ち、世界最高だと世界中で評価される鍋になるにはどうすればいいか。料理好きだけでなく、もっと多くの人に受け入れられるにはどうすべきか。
副社長の智晴氏は、2つのポイントに注目した。
ひとつは火加減だ。同じ素材を使い、同じ鍋で調理しても同じ味を再現できないのは、火加減が人によってまちまちだからだ。特に料理が不得手な人は、火加減でつまずきやすい。これを解決できれば、誰もが簡単に調理できるようになる。
もうひとつは、「バーミキュラで炊いたごはんがおいしい」というユーザーの声だ。米は、多くの日本人が毎日食べるものだが、鍋で炊く場合は火加減が難しい料理の代表格でもある。
「おいしいごはんが誰でも簡単に炊ける温度調節を実現すれば、世界最高の鍋であることを伝えられ、しかも、ユーザーの裾野も広がる。10年はモデルチェンジの必要がない、世界最高の調理器を作ろうと思いました」(智晴氏)
「バーミキュラ ライスポット」の商品開発がはじまった。
究極の炊飯器であり、調理器でもある「バーミキュラ ライスポット」。デザインとしての評価も高い
「ごはんがおいしく炊けること」を第一目標にしたことで、最初に思わぬ決断をすることになった。
「炊飯器ではデフォルトになっている『保温機能』をなくすことにしたんです。
かまど炊きのごはんがおいしいのは、外気で冷やされた鍋のふたと、熱された釜下部との大きな温度差によって生まれる激しい熱対流で、米がムラなく炊き上がるからです。電気炊飯器は、保温のためにふたを温めるせいで、同じ環境を再現できません。それなら、保温を諦めるだけです」(智晴氏)
次に、炎が鍋を包むかまどのような加熱方法を実現するため、底面にハイパワーのIHヒーターを置き、側面もヒーターで覆うという基本構造が決まった。精密なヒートセンサーによって、1℃単位で火加減を制御することができるので、どんな人でも火加減でミスをすることがない。
またしても3年の月日をかけて、炊飯機能はもちろん、ローストビーフなども簡単に作れる究極の調理器が完成したのだ。
今、二人はメイド・イン・ジャパンの「バーミキュラ ライスポット」で、欧米をはじめとした世界を目指すべく動いている。
「ヨーロッパは鋳物ホーロー鍋の本場。大量生産されたル・クルーゼやストウブが半値以下で売られているので、いくらバーミキュラが『世界最高の鍋』でも勝ち目はありません。でも、『最高の調理器』ライスポットであれば、話は別です。すでに2018年をメドに、欧米展開を予定しています」(邦裕氏)
「バーミキュラ ライスポット」は、世界でもその実力を認められ、メイド・イン・ジャパンの技術力を見せつけるのか。二人の世界への挑戦は、まだはじまったばかりだ。
(編集:大高志帆 構成:松岡宏大 撮影:加藤ゆき デザイン:九喜洋介)