迫られる「普通の企業」への転身

「企業の社会的責任はひとつしかない。それは持てる資源を活用して、企業利益を増加に励むことだ」──。ミルトン・フリードマンが1962年に書いた有名なフレーズだ。
この言葉は「企業は法の範囲内で、その所有者のためだけに責任を負う」という概念の確立に一役買った。最も心優しい上場企業の最高経営責任者(CEO)でも、この考え方に一定の敬意を払っている。
この3月、スターバックスのCEO(当時)ハワード・シュルツは、難民を雇用し、貧しい地域に店を開く計画はあるが、株主価値への献身は「絶対的」だと宣言した。
だが、例外はある。
2014年後期に行われた企業の社会的責任に関する会議で、当時Etsyの会長兼CEOだったチャド・ディッカーソンはフリードマンの言葉を引用し、「どうぞブーイングを」と言って、口を閉じた。会場は聴衆からの笑いとブーイングで盛り上がった。
この演説の当時、ディッカーソンはEtsyの株式上場の準備をしていた。Etsyは2005年創業のオンラインマーケット。本社はブルックリンにあり、ビンテージとハンドメイドの商品を販売する180万人のセラーを抱え、あらゆる取引から手数料を取る。   
Etsyのマーケットに並ぶのは、パイナップルモチーフの枕、スティック状のジュエリー、鳥の飾りがついたトートバッグなど、骨とう品店やブティックで見かけるような一点ものの商品だ。
Etsyは「上品ぶったeBay」とからかわれることも多い。だが、2015年の初めごろには商品の売り上げは年20億ドル近く、収益は1億9600万ドルに達した。これは2年前の2倍以上だ。

倫理的企業としての高い評価

Etsyは急成長しただけではない。2012年にBコーポレーションに認定され、倫理的企業としても評価された。Bコーポレーションとは、非営利団体Bラボが提供する優良企業認証制度。環境、労働者、サプライヤーに関する基準を満たす企業に与えられる。
Bコーポレーションの認証を受けている企業はパタゴニア、ワービー・パーカー、キックスターターなど約2000社に上るが、ほとんどすべてが非公開会社だ。上場企業で認証を受けているのは、ほんの一握り。Etsyは、米主要取引所に公開されている上場企業2社のうちの1社だ。
上場企業のBコーポレーションがまれなのは、投資家が嫌うからだ。認証基準を満たすために、企業は株主評価モデルを拒否し、最終的には「公益法人」として再編成する必要がある。
Bコーポレーションの経営陣が負う法的義務は、株主に対する忠実義務だけではない。つまり、通常の公開会社のように株主の金を無駄遣いしたと訴えられる可能性があり、環境対策の不足や適正賃金を支払っていないといった理由で訴えられる可能性もある。
株式公開申請時、Etsyは個人投資家が購入できる株式の価値を1人あたり2500ドルに制限した。それは、Etsyのセラーが株を買うことができるようにして「より良心的なタイプの資本主義」というディッカーソンのビジョンに共感しそうな株主層を作るためだった。
だがディッカーソンは、Etsyのコミュニティ重視の姿勢とBコーポレーションの地位が企業の成長および収益性と両立できることを、Etsyの株主の大半を占める大手機関投資家に納得させることができるかもしれないとも考えていた。
「懸念はわかる。でもその前提は受け入れない」。2015年4月のIPO当日のブログで、彼はこう書いた。「企業として、コミュニティとしてのEtsyの強みは、その独自性からもたらされている。人と利益が相容れないとは考えていない」

ハイテク企業並みの手厚い報酬

それから約24時間、ディッカーソンのコメントは的を射ているように見えた。ナスダック上場の初日、Etsyの市場価値は倍増し、30億ドルを超えた。
だが、その後2年間で株価は63%下落。ディッカーソンの資本主義に対する取り組みに対する評価はどうあれ、株主の強い願いは収益の伸びを加速させることだった。
しかし、現実はその逆になった。同社の成長率は2015年の第1四半期の44%から2016年の第4四半期の25%に低下した。
ロサンゼルスに拠点を置くハイテク投資家でヘッジファンドマネージャーのセス・ワンダーが、Etsyの苦境に目を留めたのは昨年のこと。ワンダーはEtsyに、根本的に堅固なビジネスの可能性を見た。
よく似たビジネスモデルのeBayは成功し、21年連続で利益を上げ続けている。そして、Etsyのほうがブランド力は高い。eBayやメイシーズ、ホームデポよりインスタグラムのフォロワーは数が多く、ターゲットよりウエブサイトへのアクセス数が多い。
ワンダーはEtsyが金を稼げなかった理由を追求した。
答えは、同社が支出に無頓着だったことだ。Etsyの一般管理費は総収入の24%に達していた(eBayやラテンアメリカのオンラインマーケット「MercadoLibre.com」の一般管理費は総収入の10%)。
Etsyは猛烈な勢いでスタッフを増やし、その人数は2014年末以来55%増加。従業員に手厚い恩恵を与えた。エレガントなブルックリン本社にはマンハッタンの眺望や芸術作品を楽しむスペースや「深呼吸ルーム」が備わっている。報酬と手当は、はるかに利益を上げているハイテク企業並みだった。

突きつけられた大幅なコスト削減

ワンダーのブラックアンドホワイト・キャピタルは、Etsyの株を少しずつ買い集め、最終的に全株式の2%を取得。Etsyの第16位の株主になった。保有株数は控えめだが、もの言う株主としての活動を開始するには十分だった。
3月、ワンダーはEtsyの取締役会に手紙を出し、株価の下落と「会社のコスト規律の欠如と思われるもの」について会議を求めた。
4月上旬の第2の手紙では、フレッド・ウィルソン(「ユニオン・スクエア・ベンチャーズ」の共同設立者で、Etsyの最古参の役員)と個人的に話したことを明かし、2人は不特定の事項について「率直で個人的な意見」を共有したと述べた。
5月初旬、Etsyが収支報告を出す予定の数時間前、ワンダーはウエブ上にこれまでの手紙を公開。同時に、過剰支出と投資家の懸念に対する無関心でディッカーソンと役員らを非難するプレスリリースを発表した。
このなかで、彼は大幅なコスト削減とディッカーソンの解任を示唆。またEtsyが「株主価値を創造するための戦略的な選択肢の評価を開始する」、つまり「身売り」の検討を提案した。
数時間後、Etsyは従業員80人(スタッフの約8%)の解雇とディッカーソンの解任を発表した。退職者のなかには、エンジニアだけでなく、Etsyの風変りな部署──「オフィスのハッカー軍団」や、Etsyが社是に忠実であるかどうかを確認する「価値を揃える事業」グループの従業員もいた。
翌日、ブルックリン本社で行われた全社員会議で、ディッカーソンは短いスピーチをした。彼は陽気だったが、その場にいた人によれば、不意を突かれた状態のようだった。ディッカーソンの後には、ウィルソンと新CEOに就任したジョシュ・シルバーマンが登場した。

資本主義に対するアレルギー

シルバーマンは元アメリカン・エキスプレスの幹部で、2000年代半ばにeBayに入社。昨年、Etsyの役員に加わった。彼はEtsyの成長に期待していると語り、従業員からの質問に答えた。
シルバーマンは、EtsyがBコーポレーションの地位を維持するかどうかについては言及していないが、状況を知る3人がEtsyの認定資格は失効する可能性が高いとしている。同社はコメントを拒否した。
従業員たちはツイッターで懸念を表明した。元エンジニアのジェイソン・ウォンは昔の同僚たちに「あなたを頼りにしているすべてのセラーたちやEtsyの価値のために、何よりもEtsyでの仕事への愛」のために「戦う」ように促した。
個人的には楽観的な見方をする者もいたが、従業員全体のムードはお通夜並みだった。「私は泣いていない」と、シニアエンジニアのキャサリン・ダニエルズは書いた。「資本主義にアレルギーがあるだけ」
このようなコメントは、シリコンバレー最大の投資家の支援を受けて、ゴールドマンサックス・グループが引き受けるIPOを行った企業ではありえない。
だが、Etsyの風変りな企業文化のなかではしっくりくる。

創業は「反産業革命」を求めて

Etsyを創業したロブ・カリンは、当時ブルックリン住まいの20代の白人で、ハンドメイドで木製のケースのコンピュータを作っていた。
カリンがEtsyを設計したのは自分のような作家のためだったが、それは同時に工場製品がハンドメイド作品に、そして個人対個人が取引する伝統的な店舗に取って代わる「反産業革命」をめざすものでもあった。Etsy創業から数年は、あらゆる種類の工場製品の販売が禁じられていた。
こうしたアイデアは、2000年代後半には一定の魅力があった。当時は消費者が住宅危機に巻き込まれ、大企業の悪行がニュースを独占していた。
「Etsyは、こうした風潮がまさにピークに達したときに登場した」と、Bコーポレーション認定企業を含む数々のソーシャルリテールの新興企業を支援するベンチャーキャピタル、DFJのチラーグ・チョタリアは言う。
Etsyのセラーは、このビジョンを共有した。「互いにサポートし、励ましあう世界の一員であることがうれしかった」と、ニュー・ハンプシャー在住のジュエリー作家で年金生活者のメレディス・ジョーダンは言う。
作品を年に約8000ドル売り上げるジョーダンはEtsyの成功例であり、Etsyの信奉者でもある。サイトで仲間の作家を推薦し、ネックレスの材料のビーズもEtsyで買う。
2015年に競合プラットフォーム「ハンドメイド」を立ち上げたアマゾン・コムに出店を誘われた時も、ジョーダンは断った。
※ 続きは明日掲載予定です。
原文はこちら(英語)。
(執筆:Max Chafkin記者、 Jing Cao記者、翻訳:栗原紀子、写真:© 2017 Etsy, Inc.)
©2017 Bloomberg Businessweek
This article was produced in conjuction with IBM.