移りゆく勝負どころ。「ハード→ソフト→サービス」そして「データ」

2017/6/15
継続的な研究・開発投資と、M&Aで業容を拡大、変化させ続け「IT業界の巨人」と称されるIBM。現在はAI「Watson」で人工知能業界をリードする存在として注目を集める。そんな中、この春、日本である新サービスを立ち上げた。それは「気象データ」。ハードウェアやソフトウェア、ITサービスがビジネスのIBMがなぜデータを売り始めたのか。

IBMが「データ」を買う意味

2016年、米IBMは気象データを活用したサービス事業を手がけるThe Weather Companyを買収、傘下に収めた(同社テレビ事業の「The Weather Channel」は対象外)。それを受けて、日本IBMは2017年3月、気象データやそのデータを分析・活用したサービスを開始している。
人工知能ブームの中、「Watson」にばかり注目が集まり、この買収への注目度は低い。しかし、IBMがこのビジネスを始める意味は大きいはずだ。なぜなら、IBMがデータそのものを自社内に取り込み、データをビジネスにし始めたからだ。
1911年に設立され1世紀以上の歴史のあるIBMの強みの一つに大胆な「変革」がある。たとえば、2005年のレノボへのパソコン事業や2014年のx86サーバーと呼ばれるサーバー事業の売却。ヒットしている商品でもコモディティ化が始まり競争力を失い始めと判断すれば、一気に事業売却を含めて構造改革を断行する。
その一方で、必要と判断すれば多額の資金をつぎ込んでM&Aも断行する。最近で言えば、クラウドサービスのSoft Layerは代表例。事業を売るのも買うのも、その判断の速さがIBMを100年以上IT業界リーディングカンパニーとして位置付けている理由の一つにある。

この買収が他と違う理由

数ある買収の中でも、The Weather Companyは明らかに他の買収とは「色」が違う。それは、商品が「データ」そのものであることだ。
IBMは時代の変化とともに、思い切った事業転換を矢継ぎ早に展開してきた企業である。「International Business Machine」の頭文字をとった「IBM」という社名が表すように、当初はハードウェアからビジネスをスタートさせた。その後にハードウェアのコモディティ化が進むと、ソフトウェアへと方針転換。その後、クラウドを中心としたサービスビジネスに舵を切った。
ただ、時代の変化に合わせて業容を変化させてはいるものの、ビジネスは「ITのリソース提供」だった。そのITリソースやプラットフォームで動くデータを提供することあっても、それはあくまで付加価値であって、ビジネスのメインにははなかった。
しかし、今回のThe Weather Companyの買収はそのデータそのものもIBMが提供するという点でこれまでとは大きく異なる。つまり、IBMはハードとソフトウェア、サービス、そしてデータをワンストップで提供しようとしているわけだ。
では、なぜThe Weather CompanyはIBMをパートナーに選んだのか。The Weather Companyの担当者は、「私たちがIBMの傘下に入ったのは、 IBMのシステム運用力。日々大量のデータを蓄積・解析する中で、とても重要なのはハードウェアやソフトウェアすべての信頼性と安定性。その力をIBMはもっていた」と話しており、データを持っている企業にとってもITシステム会社の傘下に入ることのメリットは大きいと話す。

世界の気象データを持つインパクト

The Weather Companyの強みは、その精度。パーソナルウェザーステーションと呼ぶ専用の気象データ収集装置と2000万台のデバイスを世界中に張り巡らせ、毎時間1TBの気象データを収集分析している。それによって世界を500メートル四方単位で区切り、5分間隔で気象情報を更新しており、世界最大のIoTプラットフォームを構築しているという。「日本の気象庁のような公共機関が各国にも存在し、そこで気象データを収集しているものの、そうした公共機関よりも精度は高い」と自信を示している。
IBMは、気象データという汎用的でターゲットユーザー企業が広いデータを手にして、システム、AI、そしてデータを組み合わせてソリューションとして提供する体制を整えたわけだ。
今夏、日本ではビジネスを始める体制が整い、本格的に営業を開始する。日本でのビジネスの陣頭指揮をとる日本IBMのワトソン事業部 ザ・ウェザーカンパニー担当を務める加藤陽一氏は、「精度の高さに関心を示してくれる企業は多い。気象庁やThe Weather Newsとの差異化を明確に打ち出していきたい」と話す。

データはR&Dにおける重要テーマ

ハードからソフト、そしてサービスへとスピーディな経営判断でビジネスの軸足を移してきたIBM。中長期的な視点で、IBMは技術開発の面でどこに力点を置いているのか。
日本IBMで研究・開発部門のトップを務める森本典繁執行役員は、Watsonを例に出してこう話している。「Watsonの研究開発を進めるうえでポイントに置いているのは3つ。データを処理するためのハードウェア。データを効率よく正確に解析するためのアルゴリズム。そして3つ目がデータである。いくら高度な処理が実現できるコンピューターを開発し、賢い人工知能を生んだとしても、その上で動くデータが信頼性の高いデータでなければ意味がない」。
日本IBMで研究・開発部門のトップを務める森本典繁執行役員(写真:風間仁一郎)
データを生み出すツールは提供し、そのデータの利用方法を提案することはあっても、データ自体を提供することはなかったIBM。しかし、今後の競争力を考えて、データもビジネスとしての橋梁力を高める必要があると判断し、自社内に取り込み展開し始めたわけだ。矢継ぎ早に構造改革を進めてきたIBMがそれをやることの意味は大きい。