腐らないように動き回る。独自路線のススメ

2017/6/16
政府がプレミアムフライデーを提案するなど、日本全体で「働き方」が見直されている昨今。誰かに決められるのではなく、自らワークスタイルを規定し、実行してきた“ヒーロー”たちの多様なポリシーに学ぶ。(全4回、毎週金曜日掲載)
ネット以降のカルチャーやビジネスの分野に造詣が深く、「法」を駆使してクライアントの創造性、イノベーションを最大化することに取り組む、シティライツ法律事務所の弁護士・水野祐氏。
音楽や映画、出版、アニメ、デザイン、アートなどのクリエイティブ分野や、ウェブやアプリなどのIT分野、そして最近ではIoTなどの新しい製造業やまちづくりの分野にも進出し、法務や法整備を行う。
弁護士としては少々異色の存在だ。
水野氏は一般的な弁護士の「依頼を待つ」姿勢を好まず、「自分本位に、興味のある分野で仕事をするために、積極的に外の世界に出ている」と語る。その真意とは──。

常に新しい分野に触れ続ける理由

──水野さんにとって「仕事」とは、どんな存在ですか。
水野:仕事だけが人生だとは思いませんが、人生の多くの部分が仕事で占められています。呼吸をするように仕事をしていますね。
いつも仕事のことを考えていますし、完全なオフの日はあえて設定しないので、ついつい働きすぎることも。それでしんどくなることもありますが、好きでこのスタイルを選んでいるので、最近の「働き方改革」の議論には、正直ピンときていないんです。
そもそも多くの弁護士は、「相談者がやってきて、依頼を受ける」という「受け身」のスタイルで仕事をしています。それ自体は悪いことではありません。
ただ、私はもっと「自分本位」に仕事を選ぶ弁護士がいてもいいと思う。弁護士も増えている今、専門分野だけでなく、「働き方」もこれまでとは異なる弁護士が増えていい。
私は自分本位に仕事を選びたいし、そのための労力や投資は惜しみません。興味があると勝手に身体が動いてしまう、ともいえますね。
──「自分本位」に、好きなことを仕事にするためには、具体的にどんなアクションをとればいいのでしょうか。
仕事をするうえで、2つ大切にしていることがあります。1つはお金の多寡ではなく、興味を持って取り組める分野であること。2つ目は、他の人にはできない、自分がやる意義があること。
そのために、常に好奇心にフィルターをかけずにアンテナを張っています。
人に会って話を聞く。その分野の本を読む。シンポジウムや勉強会に積極的に足を運ぶ。そのコミュニティの人たちと仲良くなる。自分が知ったこと、考えたことを記事や論文などの形でアウトプットする。
時間はかかりますが、そうするうちに、自然と仕事につながっていくことが多いですね。
「なんでこんなところに弁護士が?」と最初はびっくりされますが、どんな分野にだって、法律家が必要な場面は出てきます。弁護士だからこそ、このやり方が成立している部分もありますが、何らかのスキルを持ったビジネスパーソンであれば応用可能な方法だと思います。
最近は、「ブロックチェーン」「スマートコントラクト」などのすでに盛り上がっている分野はもちろん、「ゲノム編集」や「人工知能」「人工生命」「仮想国家」など、まだほかの弁護士が認知すらしていないような分野の集まりにも顔を出しています。

こういう話をすると、「大変そうですね」と言われますが、私は本当に自分が好きなこと、興味があることにしか反応していない。「営業」的な感覚ではなく、趣味を楽しむようにしているから無理がないんです。
──そういった経緯で、アートや最新テクノロジーの分野での仕事を獲得されてきたんですね。とはいえ、かなり特殊なスタイルだと思うのですが、何かきっかけがあったのでしょうか。
自分の好奇心に忠実なだけですよ。
また、私は自分がいかにズボラな人間か、よく知っているので(笑)。常に新しい環境に身を置いて、サボらないようにしているんです。自分が腐らないように、モチベーションをコントロールしている部分もあります。
それに、未開の分野を切り開いていくイノベーターたちは、魂をかけて仕事に取り組んでいます。そういう人たちといると「自分もサボれないな」と思いますよね。

顔の見える「小さな組織」であり続けたい

──働き方に関する「信条」のようなものはありますか。
個性豊かな「小さな組織」で仕事をしたいと思っています。
ベンチャー企業が急成長を遂げていくのを近くで見ていると、組織が大きくなるにつれ、手足を縛られ、決断が鈍り、スピードが落ち、いつの間にか大企業病に陥ってしまうことがあります。最近では大企業病を回避する様々な努力がなされていますが、それでも完全に回避することは難しい。
たしかに少し前までは、「会社は大きくなればなるほどいい」なんて価値観が当たり前とされていました。でも、インターネットが登場し、ITが日々、劇的に進化するうちに、小さな組織であっても社会に瞬時に大きなインパクトを与えることができるようになりました。
もちろん、会社を存続させていくこと自体が難しいことなので、事業で成功して規模が大きくなるのはすばらしいことです。ですが、企業が本来のミッションを見失い、組織を大きくすることにとらわれてしまうのは残念なことです。
会社が一定の規模になってくると、「大きくしない」という選択はとても難しい。今の時代、「小さい」ことは重要な選択なんです。
『小さなチーム、大きな仕事』の著者は、十数人のメンバーだけで数百万人のクライアントを抱えるソフトウェア会社「37シグナルズ」の創業者。水野氏は、彼らの斬新な企業哲学に共感したという。
『小さなチーム、大きな仕事』という本があります。これは「37シグナルズ」というアメリカのIT企業の哲学をまとめたものですが、僕が今述べたようなことが書かれていて、とても共感できます。
儲けよりも、社会的にインパクトのある仕事を。それも、頭を絞り抜いて、自分たちらしい方法ですばやく実行する。
小さなチームによるこういった仕事のほうが、はるかにクリエイティブだし、充実しているのではないでしょうか。幸い、うちの事務所にはそういう仕事ができるメンバーがそろっていて、本当に助かっています。

弁護士でも時間や場所に縛られず働ける

──組織を「大きくしない」とは、新しい視点でした。日々の「ワークスタイル」についても教えてください。
私は、事務所には六法全書や法律関係の書籍はほとんど置かず、必要なものはデータで持ち運べるようにしています。クライアントとの打ち合わせにもスカイプなどを活用しているので、「◯日☓時にこの場所にいないとダメ」という縛りは裁判くらいですね。
あそこは今でもFAXを頻繁に使うようなアナログな世界ですから(笑)。
だから、家や喫茶店でも仕事はできるし、出張で海外に行くときは、仕事自体は1日で終わるとしても、1週間くらい滞在してみたりします。観光地を回ったりするのがあまり好きではないので、ホテルの部屋で仕事をしたり、ふらっと出かけて、たまたま見つけたカフェで仕事をしたり。
海外でも日本にいるときと同じように仕事しながら過ごすのが好きですね。
でも、旅先でまわりの環境から影響を受けると、視点が変わって、事務所では思いつかないようなアイデアが浮かぶこともあるんです。思考の転換には移動がいいと言われますが、たしかにそうだなと思います。
──弁護士でも、フォトグラファーのようないわゆる「フリーランス」のように、時間や場所に限定されない働き方ができるんですね。
私は、異業種の友人の働き方から影響を受けることが多いんです。
フリーランスの働き方が弁護士業にもフィットするので、スライドして応用しているだけで、特別なことをしているつもりはありません。それに、これからの弁護士は、どんどんクリエイティブなフリーランスの働き方に近づいていくんじゃないでしょうか。
実は、同業者からの「見え方」を気にした時期もありましたが、最近はあまり気にならなくなりました。
ある先輩から「みんな自分のことで精いっぱいで、他人のことなんて意外と気にしてないよ」と言われて。たしかに誰も私のことなんて知らないなと、気が楽になりました。

「普通の弁護士」に埋没せず、我が道を行く

──水野さんには、独自の路線を貫くためのヒントをたくさんいただきました。誰かロールモデルがいるのでしょうか。
尊敬する先輩の弁護士はいますが、みなさん優秀すぎて、私が同じことをやっても到底かなわないと思わされる人ばかりなんですよね。だから、どうすれば彼らと違うことができるのかを私なりに考えてきました。
弁護士って、忙しいけど、お金も悪くはないし、感謝されがちな職業で、想像以上にやりがいを得やすいんです。
でも、「感謝中毒」に陥ると、忙しさと目の前のやりがいにのまれて「普通の弁護士」で満足してしまう。それはそれできっとすばらしいことだけど、私が目指す弁護士像ではないので、安易なやりがいに流されないように注意しています。
ブラインドがかけられ、昼間でも少し薄暗い水野氏の事務所は、本人の言うとおり探偵事務所のようだ。
あまり関係ない話かもしれませんが、探偵にひそかな憧れがありまして(笑)。
『インヒアレント・ヴァイス』という映画は、主人公がマリファナ中毒の探偵です。右往左往してる間に、どんどん登場人物が増えていき、物語も二転三転。でも、いろいろな偶然の出会いによって、いつの間にか問題は解決している……。
こんなことを言うと不安に思われるかもしれませんが、普段の私の仕事ぶりを見ているようだと感じたんです。
新しい分野には先例もなく、難しい仕事が多い。スパッと解決できることはほとんどなくて、あれこれこねくり回した結果、しょうがないから夜は飲みに行く。いろいろな人と話をして、頭の中がぐちゃぐちゃになりつつ、試行錯誤しているうちに事務所のソファでうとうとしてしまう。
でも、回り道をしているうちに、物事のピースがひとつずつはまって、突破口が見えたりする。
これが偽りのない私の日常です。映画みたいにうまくいくことばかりではないけれど、このやり方でもう少し進んでみようと思っています。
(編集:大高志帆、構成:唐仁原俊博、撮影:岡村大輔)