【360度カメラ】暴力は減少、詐欺が増加。変化する多摩少年院の今

2017/6/9
新連載、360度カメラで見る「日本の現場」では、作家の石井光太氏が現代日本を象徴する現場を取材。360度カメラでの撮影を通じて、「日本の現実」をあぶり出していく。第1回は、非行少年が集団生活を送る多摩少年院の知られざる内部に迫る。
かつて少年院とは非行少年が行くところというイメージがあった。
だが、一時期のような校内暴力は影を潜め、草食男子、さとり世代といった言葉が世の中に広まった今、少年院に入る子どもたちも様変わりしていると担当者は言う。
「少年が違法行為をやってもほとんど少年院に送られることはありません。家庭裁判所に送致された少年のうち、少年院に行くのはわずか3%程度なのです」
少年院に来る「3%程度の子」とは、どういう少年たちなのだろうか。

少年院は現代社会の映し鏡

今回訪れたのは、多摩少年院だ。大正12年の開設は日本最古であり、最大規模(定員174人)の少年院である。
少年院は、年齢、犯罪的傾向の程度、心身の著しい障害の有無などに応じて、第1種、第2種、第3種、第4種の4つに分けられる。多摩少年院は、第1種少年院であり、その中で心身の著しい障害がない17歳6カ月以上の年齢の者が収容される。
教育調査官の戸高義憲は言う。
「多摩少年院では定員の8割前後は毎年埋まっています。少年鑑別所、少年院ともに収容人数は減少傾向にありますが、個々の少年が持つ問題性は複雑・多様化しており、また少年をとりまく家庭や社会の環境も大きく変化しています」
一方、少年犯罪の傾向も変わってきているそうだ。
「昔の非行少年は傷害が多かったです。でも今、一番多いのは窃盗、二番目が詐欺です。とくに特殊詐欺(オレオレ詐欺)の受け子・出し子なんかに利用される子が増えてきている。トップは捕まらず、末端で働かされていた少年たちが逮捕されて送られてくるんです」
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多摩少年院の構内・廊下部分
傷害の他に近年減少したのが、ドラッグと道路交通法違反だという。いわゆる暴走族のような非行少年がいなくなり、世の中を漂流しているような子が、犯罪に取り込まれているのだろう。まさに少年院は現代社会の映し鏡のような場所だ。
ちなみに、多摩少年院は男子のみだが、女子の少年院に入っている子どもたちは依然として、ドラッグで捕まる割合が多い。覚醒剤である。女子の場合は早い段階から売春の世界に足を踏み入れ、それに付随する形で覚醒剤が身近になるためだ。

課題が達成できなければ出院先延ばし

多摩少年院に収容された少年たちは、国が定めた教育課程に則して集団生活をしていく。
午前7時に起床。午前と午後に教育指導という名の矯正教育を受ける。内容は次の通りだ。
・生活指導~善良な社会人として自立した生活を営むための知識・生活態度の習得。
・職業指導~勤労意欲の喚起、職業上有用な知識・技能の習得。
・教科指導~基礎学力の向上、義務教育、高校卒業程度認定試験受験指導。
・体育指導~基礎体力の向上。
・特別活動指導~社会貢献活動、野外活動、音楽の実施。(法務省HPから)
少年院に入る時に、少年一人ひとりに課題が与えられ、生活指導を通してそれらを達成することで出院となる。逆に言えば、それらが達成できなければ、出院は先延ばしになる。
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多摩少年院の教室棟
専門官の飯野大輔は言う。
「性犯罪を起こした少年には特別の指導プログラムが用意されます。全国で2カ所、北海道と福岡の少年院が性非行重点指導施設になっていて、性非行の少年に対して約3カ月間のグループワークを受けさせるのです。もちろん、全国の少年院にはそれぞれプログラムがありますが、性や薬物については特別にこのような指導が用意されているんです」

互いの年齢は聞いてはならない

多摩少年院の少年たちは原則、集団寮で暮らす。
1つの寮につき28人が定員。全部で5つの集団寮がある。ここでの平均収容期間は1年1カ月だが、個々の少年の改善更生の度合いにより、収容期間は前後する。また、家庭裁判所の勧告などにより、長期の収容期間が設定されるケースもある。
寮では年齢がバラバラにふりわけられるが、お互いに年齢は聞いてはならない。上下関係を作らせないためだ。大切なのは、集団生活の中できちんとした生活を送れるようにすることだ。
飯野は言う。
「寮には食事から寝るまで細かく規則が定められています。新しい少年が入って来たら、まず上級生に1人ついてもらっていろんな規則を学びます。目的としては集団生活をきちんと送れる人間に育てることですね。多くの子どもが社会性や対人関係を築くのが下手なので、それを一から身につけさせるのです」
専門官の飯野大輔氏(左)と教育調査官の戸高義憲氏

下級生を指導させる意味

一方で、上級生に下級生を指導させる意味もあるという。
「上級生自身も教えることを通して自信を持ってもらいたいんです。どうやればコミュニケーションがうまくいくのかを考えてほしい。あるいはきちんと教え切ったという自信を持ってほしい。自己肯定感を得るのは、少年院の教育において重要なことなのです」
中には虐待などによって、自己肯定感が薄い少年も少なくない。自分なんて何をやってもダメ、生きている価値がない。どうだっていい。そんなふうに投げやりになってしまっている。
集団寮で暮らすことの意味は、日常の人間関係の中から、自分が必要とされている実感や、自分でも果たせる役割があることを知ることで、自己肯定感をつけることだ。
では、少年たちはなぜ、自己肯定感を持てない人間になったのか。そうした少年たちの矯正には何をするべきなのか。
それについては後編に譲りたい。
*後編に続く
石井光太(いしい・こうた)
1977(昭和52)年、東京生まれ。国内外を舞台にしたノンフィクションを中心に、児童書、小説など幅広く執筆活動を行っている。主な著書に『物乞う仏陀』『神の棄てた裸体』『絶対貧困』『レンタルチャイルド』『地を這う祈り』『遺体』『浮浪児1945─』『「鬼畜」の家』、児童書に『ぼくたちはなぜ、学校へ行くのか。』『幸せとまずしさの教室』『きみが世界を変えるなら(シリーズ)』、小説に『蛍の森』、その他、責任編集『ノンフィクション新世紀』などがある。