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同じ生まれ年の同じ地域の子供と人生の半分以上を9年間一緒に暮らすってよく考えたら異常じゃね?って思いましょう
わかるなあ。私も小学校、中学校は人の輪に入りたくなくて苦痛でしかなかったから。運動会とか遠足とか、本気で胃が痛かった…そんな協調性のない子でも、こんな風に大人になって仕事できて親友もできて楽しい人生おくれる。大丈夫だ。
かつてNHK教育に「真剣10代しゃべり場」という番組があり、自意識の病に囚われた個性的な10代のメンバーがレギュラー出演していました。私はその番組の20代ディレクターとして多くの10代メンバーと濃密な日々を過ごしたのですが、このハフホプ企画の編集を担当しているのが当時の出演者、坪井くんです。
彼のテーマは「平凡な人生はいやだと思いませんか?」ゲストは作家の石田衣良さん、フルボッコの満身創痍ながら17歳の彼の渾身の奮闘は心に残っています。
その彼が30代になってのこの企画。
真摯な気持ちで拝読します。
子供が将来チームや組織で働くなら、学生時代に社会性を高めると後が楽だと思います。逆に個人プレーの仕事に就こうと思っている子供にとって学校は苦痛でしかないかもしれません。でも多くの子供は自分が将来どちらの仕事を選択するか、それに集団生活が好きになるかどうかなんてわからないでしょうから、まずは学校という集団生活の場に身を置いてみるのも悪くないと思います。でも何をどうやっても学校が苦痛でしかない子供もいるので、チームプレーモードとソロプレーモードとをもっと気軽に選択できる仕組みにしたらよいのにと思います。
みんなそんなもんじゃないのか?論説に大きな違和感はない。しかし。

・・21世紀の今、「毎日、学校に通わないといけない」「みんなで一緒に授業を受ける」という前提が、もはや時代遅れになっているのかもしれない・・

わたしは全体の中でこの一文に引っ掛かった。おや?と思った。文を追うのをやめて読み直す。それほどの違和感があったのだ。どこか。それは「かもしれない」という結語だ。個人的エピソードを筆頭に「ひとりである」ことのすべてを断定的に肯定的に語る筆者なのに。

それなのに彼はこのもっとも大事な一文において逃げた。断定を避けた。そう。日和ったのだ。わたしはそう見る。

わたしはこの筆者を信用しない。
私も学校は嫌いでした。今では大学で教えていますが。
ハフポストで「ひとりで過ごすこと」を肯定する記事をいくつか出しました。NewsPicksの読者のみなさんのご意見も伺いたいです。一人はすきですか?
日本的な村社会の中で生きられない人もいる。窮屈に感じてしまうのは矯正したくてもできない。高校卒業までの12年間、ほぼ同じ場所に詰め込まれるのはきつい人にはきつい。そういう狭いコミュニュティの中で得られることもあるだろうが、ストレスで潰れるくらいなら行かない方が良い。そのコミュニュティで生きようと思わない限り、そんなのは死にスキルだ。大人でも子供でも、あなたに適した場所、あなたを受け入れてくれる場所は世界のどこかに必ずあることを知って欲しい。
嫌ならばいかなくていい。そんな選択肢を持つことを認めてあげてほしい。別にいかなくても大した問題じゃないような気もするし。
小中大嫌いだった、生徒も教師も。

小中から付き合い続けてる友人、教師は一人もいないけど、これは我ながら良い選択だった