「地球上で最もお客様を大切にする企業であること」と「地球上で最も豊富な品揃え」という2つの企業理念を掲げ、世界で3億人以上のユーザーを抱えるAmazon。日本のカスタマーエクスペリエンスを支える物流の仕組みを構築するのが「JP ACES」という技術者集団だ。彼らはどのような活動を行い、そして物流の未来をどのように捉えているのか。「JP ACES」を立ち上げ、統括する渡辺宏聡氏に聞いた。
アマゾンが本格的に動き出すことを予感
― JP ACES(エイシス)は、どのような役割を持つ組織なのでしょうか。その立ち上げの背景は。
JP ACESは、アマゾンジャパンが使う物流プロセスに責任を持っています。日本のお客様に向けた物流プロセスの設計・導入・改善に取り組み、「品揃え」・「低価格」・「利便性」の3つのカスタマーエクスペリエンスの向上を実現することがミッションです。ACESとは、Amazon Customer Excellence Systemの頭文字からなり、アマゾン内部で改善や変化をリードする部署や人に使われる名称です。
JP ACESが設立されたのは、アマゾンのグローバル組織が、Amazon Robotics、Pantry、Fresh、Prime Nowなど、日本にはなかったイノベーションやサービスを次々と展開していた時期。日本が継続的な改善をベースに拡大する中で、北米では新規のイノベーションやサービスを生み出すようになっていました。
Amazon Roboticsを初めて目にしたのは、私がフルフィルメントセンター(以下FC)事業部を担当していた時期でした。当然技術的な興味はありましたが、それよりもソリューションとして優れていると感じました。現状よりも商品を棚入れ・棚出しするスピードが圧倒的に速い。作業者が歩行しないため、歩き疲れがない。FCが抱えるいくつかの課題を同時に解決できるのだから、是非日本に導入したいと思いました。
その頃、シアトル本社の組織もダイナミックに変わり始め、これから本格的にアマゾンの物流プロセスが変わっていくと予感しました。新規のイノベーションを伴った大規模な変化を生み出すようになると。その流れに日本が立ち遅れる危険性があるのでは?と危機感を覚えていた頃、JP ACESの立ち上げを任されました。
JP ACESの存在感を高めていく
― JP ACESを立ち上げて、まず渡辺さんはどのようなことから着手されましたか。
すぐにシアトル、ボストン、トロントにある技術部門と、北米と欧州に点在する主力のFCを訪問。世界中のメンバーとのネットワークを構築しながら、日本以外の地域における技術やサービスレベルを確認しつつ、今後生み出されるイノベーションやサービスを理解することから始めました。
またAmazon Roboticsの日本への導入を主要テーマとして、彼らとのディスカッションを進めました。“このソリューションを使って現場を楽にしたい”という思いを持って、これこそJP ACESのすべき仕事だと信じて、チームと共に導入の可能性を検討しました。
― 日本がグローバルの中で存在感を高めるために、どのような対策を講じたのですか。
日本のオペレーションが実現しているスピードや利便性、そして日本が活用している技術や運営方法を紹介しました。日本のオペレーションはAmazon Roboticsがなくても世界一ですので、日本を知らない人からは当然注目されました。さらに、日本の設備のサプライヤー様にもシアトルに同行して頂き、“日本の技術力”をプレゼンしました。
また、北米と日本の物流プロセスにおける設計思想を相互に理解する活動を通して、我々は存在感を高めたと思います。北米では広大な土地に大きな平屋の建物を建て、アマゾンの標準プロセスを入れます。一方、日本では小さくて様々な形状の土地に多階層の建物を建て、そこに防火区画を作り、垂直搬送機を入れるため、物流プロセスの標準化が難しい。プロセス設計上の制約が多い日本では、ロボットは置き難いし、動き難いんです(笑)
我々はそういう難しさを解決する日本の設計コンセプトを、彼らが使っている数字で論理的に説明しました。結果として、彼らはその妥当性や有効性を理解しましたし、彼らが日本から学ぶことも少なくなかったと思います。一方、我々にも説明しきれなかったこともあり、多くの学びを得ました。
そのような活動を通して、JP ACESの存在感が高まり、グローバル組織との関係性が大きく変わっていきました。その結果、川崎FCではAmazon Roboticsの導入に加え、世界初の在庫充填率を高める新規ソフトウェアの開発と、商品仕分用の新規設備の導入にも成功し、世界各国から注目を集めるようになりました。
― そこは当初から意図していたところなのでしょうか?
最初は単にAmazon Roboticsを日本に導入したいと考えていたのですが、シアトル本社のメンバーと仕事をするようになり、川崎FCのようなコンパクトなFCは、将来グローバルで活躍できるソリューションになり得ると気づいたのです。
なぜなら、配送のスピードを上げるためにお客様の近くに在庫を置かなければならないことは、グローバルで共通の課題だからです。今後北米や欧州のFCがお客様の多い人口密集地に近づくにつれ、いずれ日本と同様にスペースの制約を受けるはず。そのときこそ、日本が培ってきた技術やイノベーションが必要とされるでしょう。特にAmazon Roboticsを活用しているのであれば、なおさらです。
川崎FCは日本にとってはAmazon Roboticsの第一歩ですが、グローバルの中での日本の立ち位置や存在感を高めるため、今後も戦略的に使っていきたいと考えています。実際に、シアトルのテクノロジーチームから川崎FCで新しいイノベーションのトライアルを実施したいというオファーも来るようになっており、手ごたえを感じています。
渡辺 宏聡 オペレーション技術開発統括本部 統括本部長
東レとGEプラスチックスを経て、2009年にアマゾンジャパンに入社。FC事業部 堺フルフィルメントセンターのシニアオペレーションマネージャーとしてアマゾンのキャリアをスタート。2012年にFC事業部 統括本部長、2014年8月にACES事業部 統括本部長に就任し、オペレーションプロセスの改善と次世代ネットワークの設計と開発を担当している。川崎FCでは日本初となるAmazon Roboticsの導入を成功させた。
日本発のイノベーションがグローバルで活用される日
― これからJP ACESは何を目指していくのか。新たなミッションについてお聞かせください。
まずはAmazon Roboticsを導入した川崎FCを世界で最高のパフォーマンスが出るようチューニングします。グローバルで圧倒的な能力を示すことにより、ベンチマークされるFCとして存在感を高める。そして、次に立ち上げるAmazon RoboticsのFCでは、川崎FCのノウハウを活用してさらにレベルを高めます。日本は規模では北米や欧州に勝てませんが、パフォーマンスの高さで“日本を差別化”します。
既にシアトル本社から多くのリーダーが川崎FCを訪れましたが、そのリーダー達は川崎FCのパフォーマンスや日本のサプライヤー様の技術力を非常に高く評価しています。シアトルでのディスカッションでも、川崎FCのパフォーマンスがベンチマークされるようになっています。川崎FCは立ち上げてから1年も経っていないため、まだまだ改善できる余地が残されており、今後どこまで改善できるかが楽しみです。
そして、日本から主体的に新規技術やイノベーションを生み出したい。既存および新規のFCの能力を高めて、お客様へのサービスレベルを向上したいです。北米や欧州と日本のオペレーションは、FCの規模や必要な能力が異なるため、彼らの新規技術が日本で適用できるとは限らない。だから、今後日本が実現したいテクノロジーのロードマップを描き、必要な技術は彼らのリソースを活用しながら生み出していくつもりです。
さらにJP ACESも物流プロセスの研究や開発にも力を入れていきたい。ハードとソフトにおいてグローバルのチームの一翼を担うようになり、日本と世界に向けた新規技術を生み出そうと思います。日本には世界でトップレベルの技術力を持った多くのサプライヤー様がいますので、様々な取り組みができると想像できます。これらの取り組みを通して、日本発の技術やイノベーションがグローバルで活用される日が来るのは間違いないと信じています。
ちなみにJP ACESはPrime Now, Pantry, Freshの立ち上げもサポートしていますが、それらの新規のサービスも含めて、アマゾンジャパンには今後増加するFCネットワークを拡大しながら、オペレーションを最適化するという非常に大きなテーマもあります。これは今後のお楽しみです。
渡辺 宏聡 オペレーション技術開発統括本部 統括本部長
東レとGEプラスチックスを経て、2009年にアマゾンジャパンに入社。FC事業部 堺フルフィルメントセンターのシニアオペレーションマネージャーとしてアマゾンのキャリアをスタート。2012年にFC事業部 統括本部長、2014年8月にACES事業部 統括本部長に就任し、オペレーションプロセスの改善と次世代ネットワークの設計と開発を担当している。川崎FCでは日本初となるAmazon Roboticsの導入を成功させた。
日本のエンジニアだからできること
― JP ACESのメンバーとして仕事を進めることの醍醐味について教えてください。
JP ACESのメンバーは、品揃え・低価格・利便性のカスタマーエクスペリエンスを実現するため、ハードやソフトの技術そのものではなく、チームワークを発揮して物流のソリューションを提供します。Customer Effort Reductionが使命。将来の顧客のニーズを理解し、既存の技術と今後生み出される新規の技術を組み合わせて、お客様をさらに便利にするソリューションへと昇華させる仕事です。
だからプロダクトアウトの発想では絶対にハマらない。ロボットや機械を入れること自体は目的ではないのです。お客様のニーズを理解することからスタートし、自由な発想で何ができるかを考える。全く新しいソリューションだって生み出すことができる。そこがJP ACESに属するメンバー全員にとっての醍醐味になると思っています。
社会や人のライフスタイルを変えるイノベーションには、必ず技術が必要とされるため、エンジニアの仕事は本当に魅力的。それを知ってしまうと、自ら進んで新しいことや難しいことに取り組みたくなります。JP ACESにはやりがいのある仕事と、そのような前向きなマインドを持った誇れるメンバーが沢山います。自画自賛的ですが(笑)。
― グローバルな時代に生きる、日本のエンジニアだからできることは、どのようなものでしょうか。
顧客のニーズを満たす優れたアイディアと、それを実現する技術力と現場力があって、はじめてイノベーションが創出されます。日本の製造や物流の現場は、グローバルと比較して群を抜いて優秀。だから、イノベーションの創出に対して、アイディアと技術を生み出すエンジニアの責任は非常に重い。でも、責任は“やりがい”です。頑張った分の成果が出る環境で頑張らない理由がない。日本の技術者にとっては、“チャンスしかない”と言ってもいい。
グローバルな時代には、世界中のリソースを使って仕事をすることが求められます。日本には多くの優秀なエンジニアがいるので、日本と世界の現場を知り、世界の技術者と共に働き、世界にある新規技術も活用すれば、日本から世界に通用するイノベーションはもっと数多く生み出せるはず。時間軸でお客様のニーズと技術の変化を先見する力があれば、今目の前にない新しいアイディアを実現することができるでしょう。
JP ACESには、そのようなやりがいが感じられる仕事があります。我々は新しいことにチャレンジしたい。そのために、新しいメンバーを必要としています。我々のビジョンに共感し、このような仕事に挑戦したい方がいたら、是非JP ACESに力を貸して欲しいです。日本からグローバルの物流を変える革新的なソリューションを一緒に生み出していきませんか?