新着Pick
273Picks
シェアする
Pick
Pick に失敗しました

人気 Picker
苦労は自分の意志でするから意味があるわけで。他人から強要されたらただ辛いだけ。ただ、楽して生きようとだけしていては、誰もついて来ません。

誰かがしなければならない苦労を率先して先取りする人のことを、「リーダー」と呼びます。
人生は成長のプロセスであり人は成長を避けることができません。そのため努力と苦労の総和はみんな一定であることが多いです。なぜなら努力により自己肯定感が高まると幸福度も上がり苦労が減りやすいのと、努力の不足は苦労の増大により補完されることが多いためです。

つまり努力とは能動的な成長のチャンスであり、苦労とは受動的な成長のチャンスです。そのため楽をしようとすればするほど反対に苦労をしやすく、努力すればするほど反対に楽になっていきます。努力と苦労の総和はみんな一定だからです。
努力の先にあるのは、美しい未来じゃなくて、また次の努力なんだろうなぁと常々思う。あんまり良くない世界観だなとも思うが…。
脳は強化学習機なのだから、繰り返しにより何を学ばせるかが、とても大切ですね。

その点「苦労」という言葉は、適切ではないのかも知れません。

悪い努力をすると、本当にダメになる。
でも若くして良い努力をすると、本当に伸びる。

そしてそれは、同じ事をやっていても、認知の癖によって学ぶ部分が随分異なってしまうという事を表してます。

結局は認知傾向の問題なので、「人生は苦労した方が良い」を肯定するかしないかは、言葉の定義の問題に過ぎない事になっちゃいますね。
自己裁量のある苦労はむしろ楽しいはず。
楽して生きていくのは、実はものすごく苦しくなるはず。