六大学野球で出発、「動画マーケティング」新時代

2017/5/19
世の中の流行や変化の兆しは、街の光景によく表れている。
たとえば、電車のなかで老若男女がスマホをいじるのはもはや当たり前になったが、よく目を凝らして見ると、昨今、変わってきた点がある。
「以前はイヤホンをつけずに、スマホをいじっている人が多かったと思います。それが最近、イヤホン率が増えてきたという感覚がありますね。つまり、スマホで動画を見ているわけです」
そう語るのは、SPOLABo代表取締役の荒木重雄だ。
スタジアムを活用したさまざまなファンサービスとITを駆使したマーケティングで千葉ロッテマリーンズの売り上げを3年間で380%増やし、パシフィックリーグマーケティング(PLM)の立ち上げに携わり、侍ジャパンではデジタル戦略の中心を担ってきた。
そんな荒木が現在、最も力を入れているビジネスの一つが動画コンテンツだ。
ライブ中継やハイライトの価値がとりわけ高いとされるスポーツにおいて、動画ビジネスの主導権争いは激しい。
野球の場合、スポナビライブとダゾーンがスマホやインターネットにおけるプロ野球の放映権を持つ一方、PLMはパ・リーグTVで1軍だけでなく、2軍の中継も行っている。高校野球では春と夏の甲子園大会が無料中継され、ファンの人気を博している。
対して、SPOLABoが運動通信社との共同事業として始めたのは、同社が運営するSPORTS BULL上で展開される東京六大学野球の中継「BIG6.TV」だ。
プロ野球、高校野球と比べて大学野球の人気は大きく劣るなか、新たなマーケットを開拓すべく、興味深いアプローチが仕掛けられている。

最大目的は球場にファンを運ぶ

「スポーツにおいて、メディアを介したファンとのコミュニケーションはマストです。プロ野球の年代別の視聴率では50代以降が多い半面、球場に行けば20〜30代、それに女性もたくさんいる。俗に“テレビ離れ”といわれますが、いまでもテレビが大きなインパクトを与えられるのは間違いありません。その一方、インターネットを使ってファンとのコミュニケーションをどうやって行うか、スポーツ競技団体にとって昔以上に大事になっています」
スポーツメディア(リーグやチームを含む)とファンのコミュニケーションは、3つのステージに分けられる。試合前、試合本番、試合後だ。
本丸は試合本番で、BIG6.TVではリーグ戦の全試合無料中継を行っている。
ファン開拓の意味で、ポイントになるのは試合前と試合後だ。最大の目的はあくまで、試合会場の明治神宮球場に一人でも多く足を運んでもらうことにある。
「プロ野球でもJリーグでもそうですが、1度球場に行ったことがある人の“今日はスタジアムに行きたいけど、行けない”という欲求が、有料放送での視聴になると思います。それは逆にいうと、新たなファンを増やしていることにはならないということです」
「ファンを増やすためには、まずは球場に行くきっかけをつくらないといけない。その延長線上で“ライブ中継を見る”という行動になることが、一番理想的だと思います。カジュアル層に興味を持ってもらい、“今日は球場に行けないからネットで見るか”と思ってもらうように、その過程をいかに築けるかがポイントだと思います」
BIG6.TVで試合前、試合後のコミュニケーションとして力を入れているのが、SNSを活用したハイライトの露出だ。
スポーツでは年間を通じて多くの試合や大会が開催されており、先々の予定まで注意深く追いかけているファンでなければ、「今日、県大会の決勝があったのか!」などとニュースで後から知ることがままある。
そうした状況を考えて、BIG6.TVでは六大学野球のハイライトや情報を拡散することで試合への興味を膨らませると同時に、機会損失を抑えようとしている。

深掘りすることでカジュアル化

神宮球場に六大学野球を見に行くと、スタンドの大部分を占めるのは、いわゆる“おじさんファン”(=野球マニア)と学生、OBやOGだ。
5月14日に行われた明治大学対慶應大学の観衆は1万3000人。悪くない数字だが、3万1941人収容のスタジアムでは空席が目につく。翌日の月曜に開催された同カードの観衆は4000人だった。
対して、プロ野球と高校野球の観客動員は拡大傾向にある。
その狭間にある大学野球は一体、どうすれば新たなファンを獲得することができるのだろうか。
「野球好きがたまたま神宮に行ってみても、スタメンの1番から9番まで一人も知らないという状態が起こります。六大学野球には高校野球で活躍した選手が集まっているにもかかわらず、これまでは高校から大学へのつなぎ合わせができていませんでした。そこを、野球の特性を活用して解決しようとしています」
5月14日、早稲田大学の小島和哉が立教大学戦で完封勝利を収めた――。
そう聞いて反応するのは、よほどの野球マニアくらいだろう。
対して、こうしてストーリーを膨らませればどうだろうか。
2013年春のセンバツ高校野球で浦和学院を優勝に導いた左腕投手の小島和哉は現在、早稲田大学の3年生となり、5月14日の立教大学戦で完封勝利を収めた。かつてのセンバツ優勝左腕は着実に成長を遂げている――。
そう聞けば、小島の名前を思い出す野球ファンはそれなりに増えるのではないだろうか。
「選手を深掘りすることでコア化するように見えがちですが、むしろ逆で、掘り下げることによってマスの高校野球というマーケットに近づいていきます。それはコア化ではなく、カジュアル化です。加えて選手間をライバルという切り口で掘り下げてみるなど、いわゆる野球が持っている縦のつながり、横のつながりを絵にしていこうという取り組みをしています」
BIG6.TVの実況アナウンサーは、選手のバックボーンやライバルストーリーを頻繁に口にする。
そうすることで縦と横のつながりをつくり、興味本位で視聴したカジュアル層を引き込もうとしている。

ネット中継はラジオに近い

BIG6.TVが突き詰めているのは、「インターネットならではのコンテンツ配信」だ。
「“テレビで見られるものが、どこでも誰でもいつでも、ネット、スマホで見られます”というものを目指してはいません」と荒木は言い切る。同じ試合映像を見る場合でも、テレビとインターネット、スマホでは、用途が決定的に異なるからだ。
たとえばワールド・ベースボール・クラシックのようなビッグゲームを家で見る場合、画面の大きいテレビを選ぶ人が大半だろう。
さらに、テレビは一度チャンネルを合わせたら、その試合を比較的長時間見続ける傾向がある。
かたやスマホの場合、電車での移動中など空き時間に見る場合が多い。
「どちらかというと、ネット中継はラジオの聴取に近いと思っています。つまりユーザーがいつスイッチをつけるか、わからない状態です」
ラジオ中継の場合、得点状況や試合展開、先発投手や得点者が頻繁に説明される。リスナーが試合のどの時点から聞き始めるのかがまちまちな点に加え、テレビのように画像がないので、アナウンサーには試合状況を明確に伝えることが求められる。
一方、隙間時間にスマホで視聴できるネット中継は、数分から数十分の間に利用されるケースが想定される。つまり「六大学野球、どうなっているかな?」と画面をつけたユーザーに対し、すぐに試合状況を伝えることが求められるわけだ。
そこで実況アナウンサー陣は、いま画面をつけた人たちがつねにいる状態を意識している。
そのうえで、打席の打者はどこの高校出身で、誰とライバル関係にあり、今日の試合にはこういうストーリーがあると立体的に見せていく。
そうやって瞬時に演出することで、スマホの画面をパッとつけたユーザーが入りやすく、かつ夢中になりやすくしている。

動画サービスの“かたち”

「球場音が心地いい」
BIG6.TVには、ツイッターやフェイスブックを通じてそんな声が寄せられている。
実際、スタジアムで見ているような雰囲気を演出するため、歓声や応援歌、打球音など、実況以外の音を聞こえやすくしている。
テレビの場合、実況や解説の音が中心になるが、BIG6.TVが追求するのは従来と異なる見せ方だ。
「プロ野球ではターゲットが絞られますが、学生野球の楽しみ方はさまざまにあるはずです。なぜなら、学生野球はアスリートの能力として日本一ではありません。それでも高校野球にはあれだけのファンがいて、見る側は心を動かされる。グラウンドで頑張っている選手について、こちらがどのように伝えていけるか。その色付けの勝負だと思っています」
「大学スポーツの良さでいうと、OBやOGとのつながりが特徴としてあります。そういう方たちが気軽にスマホで見て、学生時代に熱中した神宮球場の応援をリアルタイムで聞くことができる。そういうことも含めてターゲットを幅広く設定し、切り口を多くするようにしています」
一般的に大学野球で注目されるのはプロ野球のドラフト候補ばかりだが、楽しめる要素はさまざまにある。
木更津総合高校時代に甲子園を沸かせた左腕投手、早川隆久は早稲田大学の1年生投手としてどんな成長を遂げているのか。
“慶應のおかわり君”と言われる岩見雅紀は圧倒的な長打力を誇り、見る者を無条件に魅了する。
東京大学の宮台康平は、最速150キロを誇る実力派左腕だ。2016年の日米大学野球選手権に向けた合宿では、東大から33年ぶりの大学日本代表に選ばれた。
今秋のドラフト候補としても注目される東大の左腕投手・宮台康平
一部のコアファンを除いてまだ魅力が周知されていないコンテンツだからこそ、そのなかに眠っている可能性がたくさんある。
そこを掘り起こせば、大げさにいえば、日本のスポーツシーンに新たな1ページが刻まれるかもしれない。
「動画ビジネスでは、各社がいろいろなチャレンジをしています。“これが動画サービスのかたち”というのが、まだできていない気がするんですね。そこへのチャレンジで、“こういうサービスもありだよね”と提示できれば素晴らしいと思います」
「千葉ロッテのときもPLMのときも、侍ジャパンでも、野球ファンを増やしたいという気持ちが根っ子にありました。当然、それをアマチュアでもやってみたい気持ちがあります」
日本の大学野球はプロ野球より長い歴史を誇り、かつて長嶋茂雄が立教大でプレーしていたころは高い人気を誇っていた。
球界にさまざまな新風を吹き込んできた荒木は、新しいテクノロジーを活用して大学野球をどう盛り上げていくのか。
BIG6.TVの取り組みは、マーケティング、そして動画ビジネスという視点からも注目される。
(敬称略、バナー写真:BFP/アフロ、文中写真:©BIG6.TV)