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オバマ前大統領のノーベル平和賞受賞のスピーチにおいて語られる「なぜ私たちは戦争するのか」を思い出し、読み返しました。
人類史上、戦争が絶えたことが無いという事実を踏まえて、どう行動することが明るい未来につながるのか?
昨今の不穏な国際情勢を見ても、庶民による国家や社会への不満、将来への不安を何処かに転化してガス抜きすべく外敵を想定し打ちのめすという機能が戦争には確かにあるのだろうと感じます。
その「勇ましい」気持ちをクールダウンさせる報道や映画、文学はやはり今の社会にこそ必要と思います。ただしそれは薄っぺらい戦争反対ではなく、重厚なものであるべきです。ビンラディン殺害の映画「ゼロダークサーティ」は白眉と思います。

オバマ前大統領スピーチ抜粋

>マーチン・ルーサー・キングが何年も前に、この同じ式典で述べた思いを込めたい。「暴力は決して永続的な平和をもたらさない。社会的な問題を何も解決せず、もっと複雑な問題を新たに作り出すだけである」。(中略)
 しかし国民を守り保護することを誓った国家のトップとして、彼らの例だけに導かれるわけにはいかない。私は現実の世界に対峙(たいじ)し、米国民に向けられた脅威の前で手をこまねくわけにはいかない。誤解のないようにいえば、世界に悪は存在する。非暴力運動はヒトラーの軍隊を止められなかった。交渉では、アルカイダの指導者たちに武器を放棄させられない。時に武力が必要であるということは、皮肉ではない。人間の欠陥や理性の限界という歴史を認識することだ。

>平和を維持する上で、戦争という手段にも果たす役割があるのだ。ただ、この事実は、いかに正当化されようとも戦争は確実に人間に悲劇をもたらすという、もう一つの事実とともに考えられなければならない。兵士の勇気と犠牲は栄光に満ち、祖国や大義、共に戦う仲間への献身の現れでもある。しかし、戦争自体は決して輝かしいものではない。決してそんなふうに持ち上げてはならない。
 両立させるのは不可能に見える二つの事実に折り合いをつけさせることも、私たちの課題なのだ。戦争は時として必要であり、人間としての感情の発露でもある。

日本語訳全文→http://www.kyoto-np.co.jp/obama/nobel.html
タイムリーな特集であり、多くの反響があることを期待しています。軍事技術をめぐる歴史には革命的変化がありましたが、現代は90年代以降のネットワーク中心戦、宇宙・サイバーの領域への拡大を経て、無人化・自動化技術や物理エネルギー以外の電子戦といった新たな諸相の中で展開していくことになりそうです。

こうした領域については『軍事研究』のような専門誌で詳しく論じられていますが、国際政治との関係に関心がある方には、最近の下記特集がハンディでおすすめです。
『外交(<特集>技術革新と安全保障)』第40号(2016年11月)
http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/pr/gaikou/vol40.html
『国際問題(<焦点>安全保障と技術の新展開)』658号(2017年1/2月合併号)
http://www2.jiia.or.jp/BOOK/backnumber.php

私自身も上記『国際問題』に「無人化システム・ロボティクスと安全保障」という論考を掲載しています。右記リンクより閲覧可能ですので、ご関心あらば読んでみてください。http://www2.jiia.or.jp/kokusaimondai_archive/2010/2017-01_003.pdf?noprint
普通こうした企画を通すには最低でも数日かかるところが、NPはオンタイムでぶち込んでくるところがすごい、とは思います。

企画の「雑」さは否めないですが、スピード優先で、あとはコメントで価値補完ということが出来ることも強みの一つでしょう。一方、旬な記事すぎるという弊害も若干心配ではあります。

さて、今回の二つの事案は、テクノロジーが変える軍事的脅威という点で共通しているものの、似て非なるものです。「新型」と言っても「最先端」ではありません。また、ミサイルは伝統的な脅威であり、サイバー攻撃の脅威とは次元を異にするものです。

北に対する対処としては、既に彼らが兵器を手にし、その所有を国の存続上最重視している以上、体制の崩壊か物理的手段以外に、脅威の可能性をゼロにすることは不可能です。いかなる防衛システムを構築しようとも、必ずいたちごっこになり、非対称性から考えて攻撃側が有利です。

既に九条を堅持した上での「対話と圧力」というアプローチが失敗に終わっているという認識からスタートしなければなりませんが、どうすれば安心できるのかという問いを掲げるだけで、既にオプションがないことに気づいていない人も多いです。足立康史議員の答弁のように、米国や中国に対し、「これ以上北の暴走を野放しにするなら日本も核武装考えるぞ」くらいの脅しが必要かもしれません。

サイバー攻撃に対する備えに関しても、国の対策に期待することも必要ですが、個々の対策に加えて、根本から見直す必要があります。サイバー攻撃の分野では「アクティブディフェンス」と言って、攻撃者を逆攻撃する概念に注目が集まっていますが、現在の日本の法体系では、一般に政府機関がこれを合法的に行うことはできません(民間でも違法になる可能性が大)。しかし、重要インフラ防衛を考えれば、ある程度の例外を認める必要があるのではないでしょうか。

戦争はその悲惨さに本質があります。
つまり、悲惨だからこそ実行し、疲弊合戦をすることで、相容れない立場に折り合いをつけているのです。ルトワックが言うように、安易な介入や和平、凍結は逆に禍根を固定化し、さらなる悲劇を拡大しかねません。

戦争から人がいなくなれば、戦争を終結させる「悲惨さ」が消失し、終われなくなります。その意味で、戦争を終わらせる為に人間が「悲惨さ」を感じる役割はなくならないでしょう。
まだしも「戦争」であれば、ルールがあるからマシです。

一番恐ろしいのは、テロリストによって使われること。
民間人も医療機関も無差別に攻撃しますから…。
軍事技術は、歴史的に常に最先端の技術開発実証実験の場だった。

インターネットも元々はアメリカ国防省が非常事態でも指揮系統を失わなようにするために実験した軍事データも分散処理システムが原型だし、他にも、カーナビに使用するGPS技術や、振動に強いICや電磁波に強い光ファイバーの基礎研究などもそう。

その意味で、単なる国防論や最先端兵器の紹介だけでは無く、最先端の軍事技術や無人化で変わる戦争の感覚が、我々の世界や意識にどうゆう影響を与えるかを是非紐解いて欲しい。勿論、日本の国防という直近のテーマも大切。
大場さんのコメントが非常に洞察に富む。本稿の英エコノミスト誌のサザーランド氏の以下のコメントにも通じる観点だ。

「サイバー戦争の重要性が増すと、戦争の死者が減る傾向は続くでしょう。ただ、戦場の無人/ロボット化が進むと、政治上のリスクが低くなり、愚かな戦争を助長する可能性もあります。また、一部の国が軍事テクノロジーの開発を進めると、それに太刀打ちできない敵対勢力が核兵器開発へとひた走る可能性もあります」

核の傘という力学均衡が完全に崩れる時代、国家の意思決定者の判断はますます難しいものとなっている。
世界のサイバー攻撃の最前線を描いたノンフィクション映画「Zero Days」。日本語にも翻訳して、日本全体のサイバーリテラシーを高めるべきですね。

https://www.youtube.com/watch?v=C8lj45IL5J4
またいつもながら素晴らしいタイミングの特集で...。
第6世代と言われるAI/自律交戦する無人戦闘機(UCAV)や、赤外線レーザー兵器なんかの開発についても言及お願い致します。
好むと好まざるに関わらず、徹底的なリアリズムと理念との両方を持つことが必須の時代になりました、、
人類は社会競争故に発展して来ました。その最たるものが戦争です。
様々な技術発展は戦争の度に飛躍し、最初は軍事目的で様々な技術が生まれました。ITもその一つです。

人類の発展と平和。情緒的にその両方を同時に求めるのは安直過ぎる。深い論説を期待します。
この連載について
北朝鮮をはじめ、日本を取り巻く「軍事情勢」が緊迫の一途をたどっている。だが、そもそも、北朝鮮の脅威が眼前に迫ってきたのはなぜなのか。そこには、軍事をめぐるテクノロジーの発展と、さらには我々が普段目にすることのない、新たな技術をめぐる戦いが横たわっている。今、技術が「戦争」の形を変えていく中、我々は何を知り、どう行動するべきなのか。新たな軍事の最前線をレポートする。