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高等教育無償化を正当化しうる5つの理由

山口慎太郎のブログ
高等教育は「個人利益」か 安倍総理が自民党総裁として示した憲法改正提案には高等教育の無償化が含まれている。当然、財源はどうするのかといった問題が出てくるわけで、財務省は否定的な姿勢だ。 jp.reuters.com 高卒者と大学・大学院卒者では「生涯所得が6000─7000万円異なる」(独立行政法人労働政策研究・研修機構)ことから、財務省の提案では、高等教育が「生涯賃金の増加につながるという...
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前提として高等教育はコスパが悪い。これを改善してから議論すべき。無能な教授陣、都心にある集まるためのビルなどのインフラ、のんびりしたカリキュラムなどなど無駄の塊。講義を動画や書籍で理解できないような人間は高等教育を受ける意味ないと思うんよね。
そもそも大学進学とは「個人の選択」なんですよ。その個人の選択のモチベーションとはなにか。この視点抜きだと議論が偏ります。

筆者のいう経済政策的な損益計算が最大の効果を発揮する。そのためにはできるだけ多くの、あるいはすべての大学進学資格のある国民が必ず大学に進学する。そしてそれを最大化する最も効果的な方法は「大学の義務教育化」です。少なくともロジックとしてはそうなる。いやまじで。

しかし現実は違う。とするとそういう大学進学を促す個人的モチベーションは何か?を問わざるを得ない。経済政策的に効果的だからといって嫌がる者まで進学させられないんですから。極端な話、大学進学の希望者がゼロならば筆者の議論は成り立たんわけですよ。

逆にいうと大卒無償化の命題の解としては「大学進学にはものすごい個人的利益がもたらされて個人の支出するコストを遥かに上回るベネフィットが得られる」=徹底的に「個人的利益」を追求するでもぜんぜんかまわない。

むしろわたしは大学のレベルアップをめざすこっち方向のように思うんですけどね。
大学は個人的利益が大きいから授業料無償化に否定的な財務省の議論に対し、教育のスピルオーバー効果と犯罪減少を通じた社会的費用の低下という外部性、借入制約の存在、次世代への影響、教育の収益の不確実性への保険といった経済学観点から正当化は可能だと指摘する。筆者はカナダのマクマスター大学の労働経済学者である山口慎太郎氏。個人的利益があるかどうかが公的資金投入の判断になるわけではない、ことを丁寧に書いている。
生涯所得で何千万円か異なる理由は教育ではなく素質の方にあるのかも知れないが、通常、人は得ている所得の何倍かの付加価値を作っている場合が多いので、社会全体として、生涯所得の増加分の何分の一かの教育コストは、「社会の側の投資計算として」ペイしている公算が大きいのではないか。やってみて、具合が悪ければ、後から考え直すといい、というくらいの希望と思い切りを持っていいと思う。

ただ、誰にでも高等教育が効果的かとなると疑問を持つ。「十分高校卒業レベル」の学力が無い生徒を大学に入れるのはムダ。この点と、大学が教師を喰わせるためにあるのではない点ははっきりしておく方がいい。

加えて、もちろん、高等教育のカリキュラムや教師の質の向上も必要だが、これらは、教育費の負担者に関係無く必要な対策だ。
税金使い放題の日本政府。自分の金じゃないとガンガン使う日本政府。まず己の身をスマートにしてからじゃないですか?
たしかに、高等教育無償化のコストは分かりやすいですが、ベネフィットはわかりにくいので、判断は難しいでしょうね。
P.S.
実は、コストも容易には予想できません。無償化になれば高等教育を受ける人が増える事が予想されるからです。まあ、定員割れのすべての大学が定員を満たす、と考えれば良いわけですが(笑)。
議論が尽きない話題かと。

完全に個人的な見解です。

◯ 財源論からではなくあるべき論について、議論が不十分。財源論は、所詮、きってはったや、財源を捻出する工夫の議論にならざるを得ないが、教育の質や評価の問題、社会構造(もちろん産業構造や人口動態などを含む)が大きく変わる中での出口のバランスと質量の程度、国公私立や保育と幼児教育のバランスなど、いくつかの諸点で幅を持った許容範囲を見据えないと。。。その諸点自体の見極めも不十分かも。。。

◯ 何かをきって財源を捻り出す発想はよろしくないのでは。それは、今の固定化された現代人の世代間軋轢を増長させることに大きく寄与するだけかも。そもそも、高齢者も元々若かったわけだし、若い世代もいつか高齢者になるのであって、何らかの形で世代間の共通理解が得ていく努力と知恵と教訓が、さらなる先の将来世代への真の価値あるレガシーになりうると思うからですが。。。

本当に難しい問題ですが、待ったなしで皆で考え抜く必要性と緊急性のあるテーマだと思います。もちろん、他人ゴトで言いたいわけではなく、自分ゴトとしての自分自身や他人ゴトとしての仕事上の自分を含めてです。
極めて理知的な主張ですが、与件を経済学だけで論じるのは無理筋でしょう。無償化後に論拠が成り立つ保証はありません。機会主義的な行動に対する対応も必要です。