「過激なBtoBパートナー」、トランスコスモスの正体

2017/5/9
あらゆる業務をBPOで請け負い、BtoB業界で圧倒的な存在感を持ちながらも、どこか実態がつかめない。そんな“謎の大企業”だったトランスコスモスが、いま大きく変わろうとしている。長年、同社の社外取締役を務めてきた夏野剛氏と、昨年から取締役CMOに就任した佐藤俊介氏に、その全貌を聞いた。
1966年にデータエントリー企業として創業したトランスコスモス。アウトソーシングサービスの第一線で成長を続け、すでに51年。現在は1部上場企業の大半を顧客に持ち、従業員4万3000人を抱える大企業にまで成長した同社が、みずから変革を起こそうとしている。
その象徴ともいえる出来事が、シンガポールを拠点にベンチャーを創業してきた佐藤俊介氏の取締役CMO就任だ。
主にデジタルマーケティング領域で事業を起こしてきた佐藤氏は、日本最大級のトレーディングデスク事業となった「エスワンオーインタラクティブ」を立ち上げた人物。
さらに、Facebookアジア公認パートナーに認定された「Social Gear」、そして今年3月に東証マザーズへIPOを果たした電子コミックサイト「まんが王国」を運営する「ビーグリー」の取締役を務めるなど、複数のベンチャーを創業、売却、そして上場も経験し、現在まだ30代。
そんな同氏がベンチャー起業家の次に選んだポジションが、トランスコスモスの取締役CMOだった。日本有数の若きシリアルアントレプレナーが、あえて“謎の大企業”に参画する目的とは──。

あらゆる領域から人材が集うキメラ企業

夏野:“謎の大企業”は、まさにピッタリの表現だと思う(笑)。これだけ圧倒的な数のビッグビジネスの顧客を抱えながら、知らない人はまったく知らないという企業は、日本ではトランスコスモスくらいでしょう。
よくメディアでは“コールセンター大手”と説明されているけど、実態としてはITソリューション大手です。
佐藤:私は就任して1年弱の一番新しい取締役ですが、夏野さんは社外取締役としては最古参ですね。
夏野:丸8年になります。トランスコスモスの取締役会はメンバー構成が多彩なんです。30代から80代まであらゆる世代がいて、外部からの移籍組も多い。海外国籍で通訳付きの方もいれば、佐藤さんをはじめベンチャーで成功した若い起業家もいる。極めて野心的なボードメンバーがそろっていますね。
佐藤さんは、取締役就任にあたって、自己資産で10億円分ものトランスコスモスの株式を取得したんですよね? すさまじい覚悟を感じますね。
佐藤:トランスコスモスへの参画を決めたのは何と言っても奥田社長の先見性の高さとお人柄でした。今はCMOとしての役職だけでなく、イノベーション担当取締役という新たなポジションも拝命し、改革の担い手としての役割を期待されています。
これまで複数のベンチャーを創業・経営することで多くのビジネス経験を積んできましたが、興味はあるけれど挑戦できていないことが「大企業改革」でした。
ベンチャーは世の中の課題解決をすることが存在意義ですが、日本の大企業はまさに課題だらけなので、どこかで挑戦してみたかった。
ただ、大企業には大企業の論理があり、現実があります。イノベーションの号令がかかっても、なかなか実践が難しい。また、逆にイノベーションばかりに取り組んでいては、大企業としての強みが出せなくなってしまう。
トランスコスモスは、そうした大企業のパートナーとして、本質的な改革を推進することができる企業です。これまで築いてきた4万人超の従業員と顧客基盤を生かせば、解決できる課題の規模はベンチャーとは桁が1つも2つも違う。
そのためにも、「大企業改革を支援する組織として、トランスコスモス自体も改革すること」が私にとって大きなやりがいです。
株を買ったのは「本気でやる以上は全力でリスクを取る」という決意を表明しておこうと思ったのと、もともと起業家なので株を持ってない会社には全力を尽くせないと思ったからです(笑)。

企業の“守り”と“攻め”を双方支援

夏野:私が長く社外取締役を続けているのは、日本のビジネスシーンの効率化を進めるうえで、トランスコスモスが“なくてはならない会社”になると考えているからです。
これから人口減で国内市場が縮小していくなかでは、新たな付加価値を作るイノベーションと、海外に出ていくグローバライズ、この2つに取り組まないと企業は生き残っていけない。
トランスは両者に昔から取り組んできたし、近年は特にグローバル展開を推し進めて、実績をあげています。
そもそもITサービス、特にBtoBでグローバルに進出するのは、ものづくりに比べても非常に難しいんです。グローバル志向の大手ベンダーでも、海外売り上げ比率が10%を超えているところはほとんどありませんが、トランスコスモスは13〜15%にもなる。ここも普通のIT企業と大きく違うところですね。
佐藤:ただ、トランスコスモスは事業領域が広すぎて、何をやっている企業かわかりづらいんですよ。顧客企業でも全体の一部しか関わらないことがあるので、それが“謎”のイメージを助長している部分がありますね。
おおまかに分類すると、2つの事業セグメントがあります。まずコールセンターに象徴される顧客サポート業務や、経理財務、人事といった企業のバックオフィス業務のアウトソーシング(BPO)を全般的に請け負っているサポート部門。
もう一方は、デジタルマーケティングやEC通販をワンストップで請け負っている部門で、近年はこちらのニーズが増加してきています。
このように、企業のバックサイドとフロントサイド、双方で顧客の事業パートナーとしてのビジネスを一貫して展開しているのがトランスコスモスです。企業規模を考えても、カバー範囲はとんでもなく広いですね。
夏野:この“一気通貫している”という点が、まさにトランスコスモスの強み。ほかのBPO企業やマーケティング企業にはできない価値なんですよ。
いま、クライアント企業のニーズが変わってきている。特定業務だけをアウトソーシングで切り出すことが少なくなっていて、トータルのソリューションを提供してほしいという需要がありますね。
佐藤:そこを大きく変えたのは、やはりスマートフォンの登場が大きいと思います。消費者行動が変化していることで、サービスの提供側もそれに対応せざるを得なくなったわけです。
夏野:一気に変化してしまえば、まだ楽なんですよ。すべてデジタルに切り替えればいい。日本の難しいところは消費者が一気に転換しないところ。
ガラケーの比率がまだ45%あって、テレビCMの効果もまだ大きい。そして全人口の平均年齢が47歳。スマホ世代とそれ以前の世代の両方に対応しようとすると、どうしてもアナログな部分、コールセンターが必要になってくるわけです。
デジタルへの過渡期にあって、すべてのニーズにワンストップで対応できるサービスが求められる一方で、その複雑さに応えられる企業は、世界的に見てもあまりない。
佐藤:新興国はそもそも既存のインフラがないので、一気にデジタルが普及していきますけどね。
夏野:先進国ではどちらも必要になる。しかし、自社で両方に対応するのは難しい。たとえば、コールセンターはトランスコスモスに、スマホ対応はベンチャーに、とコントロールするのは大企業にとってオペレーションの難易度が高すぎるわけです。
少し前にイギリスのコールセンターを買収しましたが、日本だけでなく、先進国はどこも同様の事情があるので、グローバルでトランスコスモスが担う役割は大きいでしょう。この複雑さに対応できる能力は、今後、新興国のマーケットが複雑化したときにも優位性があるでしょうね。
佐藤:あらゆる企業がデジタルに軸足を移していく流れは加速していきますが、一方でアナログ的なサポートはまだまだ不可欠です。それを同時に行っていくという仕事は、ベンチャーにいては決してできなかった。
「Global Digital Transformation Partner」というのが、今年からの新しい企業メッセージです。スマホの普及をキッカケに消費者行動がデジタル化している中、企業側もこれまでのようなマーケティング、販売、サポートを分断して提供していたら顧客体験の向上ができない。であれば我々が企業のデジタルトランスフォームを支援していこうというものです。
ひとつ例をあげれば、いま企業が発信するプレスリリースは、“素材”でしかなくなっている。ソーシャルメディアに最適化したフォーマットで落とし込まなければ、デジタル上で拡散されることもなく価値が半減します。
夏野:世界中のSNSの機能を熟知することではなくて、それをどう使うのかを知っていることが大切。形式知としてサービスを提供していくことが重要ですね。
佐藤さんがCMOになったからには、「コールセンターだけじゃなくて、こんなことも頼めるか」と思ってもらえるように、メッセージを明確に伝えてもらいたいですね。

消費者体験を革新する「DEC」

佐藤:今後は、顧客サポートのあらゆる領域が、デジタルを軸に集約されていくはずです。コールセンター、カスタマーサポート、広告宣伝、EC販促……各担当が出てくるのではなく、それらをバラバラに考えずまとめて事業戦略を考えていくようになるでしょうし、既にアメリカでは流れができてきています。
2017年度の全社スローガンは「消費者主導のデジタル社会において 私たちの組織でしか出来ない統合サービスを提供する」。これぞ今のトランスコスモスです。そして、新しいメイン組織である「DEC(デック)」が、まさにこれを実現するものです。
DECとは「デジタルマーケティング、EC、コンタクトセンター」の頭文字を取ったもので、もともと自社にあった関連部門を統合して誕生しました。
よくありがちなのは組織名だけ掛け替えることですが、DECは2.1万人と全社の約半数が関わる巨大部門になりましたから、当社の統合マーケティングにおける本気度が伝わってくると思います。
まずは『DECAds(デックアズ)』というプロダクトを作りました。広告から購買、サポートまで、これまで分断されていたデータを統合活用しながら、スマホを軸とする消費者の目線に立ったプロダクトです。
DECは既存の組織を統合したので、まだ縦割り文化が残っています。ですが、DECAdsは全組織が横串で関わらざるを得ないプロダクト。おのずと横の融合につながることも狙っています。
夏野:DECはフロントサイドの事業ですが、バックサイドともシームレスにつながっている。表面だけのデジタルトランスフォームではなく、両方を統合して提供できる点がトランスコスモスならではの事業ですね。
大企業がメイン事業をこれだけ一気に転換してしまうこと自体、そうあることではない。こういうことは、会社が伸びているとき、勢いのあるときにしかできないことです。弱っているときに思い切ったことをすると、社員が不安がって付いてきませんから。

大企業を変革する“過激なパートナー”

夏野:BtoB企業はビジネスの屋台骨を支える存在ですが、半面、変革のスピードが遅い業界でもあります。そのなかで、トランスコスモスは日本でいちばん過激なイノベーターとして、業界をリードしていける企業だと思います。佐藤さんを取締役CMOに迎えたのは、まさにその姿勢の表れですよ。
佐藤:大企業におけるイノベーションのロールモデルを作りたいですね。
入社にあたって、ほぼ100%スーツを着用する会社ですが、奥田社長は「私服カッコいいね、そのままでいいよ」と言ってくれました(笑)。見た目より結果という実は極めて合理的なアドバイスだと思っています。また、私自身、良い意味で空気を読まずクビ覚悟で挑戦しています。与えられたミッションに対して本当に真剣勝負です。
夏野:一人で生きていく覚悟のある人間と、企業に囲われている人間では、迫力が違う。よく言えばとがっているし、悪く言えば遠慮が無い。こういう人材が一定数いないと、企業は腐ってしまう。腐ることを恐れるのか、変化を取り入れることを恐れるのか。
大企業とベンチャーの中間的な性質を持っているトランスコスモスだからこそ、大きな改革を成し遂げられる素地があると思います。
(編集:呉琢磨、構成:加藤学宏、撮影:岡村大輔)
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