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ウェブとソーシャルがもたらしたものを「時間概念」という切り口から、ジャーナリストの藤代裕之さんに考察してもらいました。

コミュニティ論とも関連しますが、今のウェブが弱いのは、「一体感の醸成」だと思います(生産者側も消費者側も)。

たとえば、ウェブメディアの仕事は、自分のペースで自分一人で完結しやすいのですが、逆に言うと、チームでひとつのものをつくるという「TV番組撮影」のような体験がしにくい。働く人がバラバラになりがちなのです。

消費者側からも、ウェブはいつでも好きなコンテンツを楽しめるため、同じ時間に体験を共有することが難しい(ナイター中継や月9ドラマなどのように)。

解決策はおそらくシンプルで、ウェブを進化させたり(ライブの充実やコミュニティの細分化)、リアルな経験を組み合わせたりしながら、「みんなバラバラ」の日常に、「みんな一緒」の時間を組み込んでいくことではないでしょうか。

そして、みなが見たい、見ないといけない、と思えるような、新時代のマスメディアが生まれることではないでしょうか。
タイトルだけをみて、メディアが読者を獲得する手段としての「時間共有」を論点としているのかと思いながら、本文を読んでみたら…、大間違いだった。

いきなり「新聞の日付が、国家をつくった」という国家論に。まじ深いテーマだった。

時間という概念をつくることにより、共同幻想がうまれて、国家ができるという思考は、シンプルかつ強力だ。共和制ローマも、ユリウス暦の制定により、支配権を拡大したとも説明できる。

佐々木編集長がいうように、たしかに解決策はシンプルかもしれない。ただ、そのシンプルさは、洗練されたシンプルさであるべきで、それは一見、新聞紙にプリントされた日付のような、意図を感じさせない記号を生み出す必要があると思う。ここを掘り下げると、NEWSPICKSが、新しい時間を生み出すとメディアへとさらに進化するということか。
読み終わって鳥肌がたちました。ジワジワ興奮しています。

トマスホッブスまで登場しますか。ロシアの鉄道の話も面白い。史観、地政学を知っておくといいだろうと思うのはこういう瞬間です。
時間概念が混乱しているからこそ、「ライブ動画」が受け入れられているのかもしれません。
ライブ動画は厳密にいうと、本当に今やっている生配信と編成型配信があります。どちらも今を共有できるのが同じです。現実の時間とは微妙に違いますが、配信を通じて見る人は同じものを同じ時間に見ているからです。テレビでもゴルフ中継などの「ディレイ放送」やラピュタの再放送と同じことですね。
みんな誰かと繋がっていたくて、同じ時間を共有したくて、テレビ見ながらTwitterでその感情を共有したりと、ネット×テレビで人々は時間を共有して楽しんでいる。

SMAPファンなので、スマヲタさんのTwitterとかを見る機会が沢山あるのですが、スマヲタさんたちはSMAPメンバーが出演する番組を見ながらTwitterのタイムラインでハッシュタグを付けて、同じ時間に同じ感情を共有することで繋がりと絆を深くしているように感じます。

時間と空間は切っても切り離せない。ウェブメディアが時間の秩序をもたらすことができれば、ネットの使い方や人々の感じ方や考え方に良い影響をもたらすことができるのかなと思います。
情報はラベルを貼られることで価値が出る。中でも人と時間のラベルが情報の価値を大きく変える。

誰が言ったか?
いつ言ったか?

このラベルを外した時に、その情報に価値があるのかをしっかり考える癖を持ちたい。
そもそも、法治国家は秦の始皇帝が試みて以来、人の平等性を目指したものであり、マスが存在しないと万人の万人による闘争となるというのは国家という枠組みで考えているからだと思います。闘争が法治の元で「競争」となる分には良く、共通ルールがない両者で戦争になるから悪いのではないでしょうか。
どちらかというとテクノロジーによって繋がってしまった世界(EU的なもの。ブレグジットのイギリスの若者の叫びを思い出して欲しい)と既存国家の枠組みの中で同じコミュニティたり得なくなっているもの(トランプ現象のアメリカなど)が増え、法治をする範囲を変えないと行けないのだと思います。

ちなみに中国では東と西で時間を北京時間に統一し、むしろそれぞれの時間が持つ意味を変えています。
例えば、朝6時は北京では日の出の時間だが、成都ではまだまだ暗い深夜だったりします。
「時間」とセットになるのが「空間」。ネットは、どちらもバーチャル(仮想)なので、自己を見失う可能性が常にある。そのときに必要なプラクティスが「今ここ」に時間と空間をリセットすることであり、その基本手法がマインドフルネス(瞑想)となる。ネットメディアの時代のリアルを取り戻すには、自分の身体こそが本当の「メディア」(時間と空間を1つにむすぶ媒体)であることを思い出すといい。
ソーシャルメディアが概念を変えるとすれば、組織というアイデンティティではなく、知的好奇心によってコミュニティが形成され新しい社会が生まれる世界だと思います。今はまだ所属する事が是の社会ですが、それとは別の共同体が生まれるのも時間の問題だと思います。
ばらばらの個人、ばらばらの意識からなる共同体は、それだけでは国家の形を保てない。

新聞やテレビなどマスメディアの登場により、国民は同じ時間に同じ知識を植え付けられ、家の外で同じ新聞を他の人が読む姿を見たり、今朝見たテレビの話をすることで、国民はお互いに同じマインドセットであることを常に確認し(つながり)、共同体意識が育ち、近代国家が維持されてきた。

ソーシャルメディアは、個人のメディア化であり、多くのフォロワーを抱えたパワーユーザーが覇権を競う無法地帯だ。そこからはマスメディアが排除され、国家のマインドセットも失われた。

ニュースという分散型データ共有システムの代わりに重要視されているのが、ライブである。。。
この連載について
ウェブ、ソーシャルの波に続く、新たな波が押し寄せている。AIなどのテクノロジーは世界と日本をどう変えるのか。社会、思想を中心に描いたSeason1に続き、Season2では、企業と個人を中心にして、ポストウェブ、ポストソーシャルの世界を有識者とともに考えていく。