【石川マーク健】デザイン思考が生む“最先端の教育空間”

2017/4/19
場所や時間にとらわれないオンライン学習を提供してきたスタディサプリが、2017年4月、リアルな学びの場として、東京・新宿に「スタディサプリラボ」をオープンした。設計を手掛けたのは、デザイン思考の先駆けとして知られる「IDEO」の契約デザイナーである石川マーク健氏だ。“最先端の教育空間”のコンセプトを聞いた。

新しい“学びの空間”の設計思想

──見学した「スタディサプリラボ」は、まるで最先端のオフィスのようでした。私達が知っている“学びの環境”とは一線を画する空間は、どのように生み出されたのでしょうか。
マーク:設計にはIDEOのデザイン思考のフレームワークを用いています。建築のハード(機能)をデザインするのではなく、どのようなコミュニティがその空間を使い、どのような体験を得る場所にするか、というソフトの設計を重視し、先に考えていくやり方です。
どこまでが建築業でどこまでがデザイン業かハッキリしないところがありますが、突き詰めればスタディサプリラボの空間で、「どんな体験を提供したいのか」を考えることが出発点でした。
ただ、僕はシンガポール生まれでイギリスの大学に進学しているため、そもそも日本式の高校生活や大学受験の経験がありません。日本の学校には「与えられたものを学んでいく場所」というイメージがあったので、それとは違う空間をいかに作るか、ということは当初から考えていました。
そのために、まずは直接のユーザーである受験生の声を重視しました。受験を経験したばかりの大学1年生を対象にインタビューし、受験勉強をどのように行ったか、どんなことに困ったかを聞いていくと、“いつも張り詰めた気分だった”とか、“他人と競争したほうが頑張れた”“先生ともっと話をしたかった”とか、いろいろな意見が出てきたんです。
面白かったのは、最近の受験生は勉強の様子をSNSにアップするんです。「#受験勉強」などのハッシュタグで検索すると、勉強の合間にスイーツでリフレッシュしている様子、誰かにもらった応援メッセージ、ぎっしりと書いたノートなどの写真が何百枚もアップされている。こうした方法で受験生の“生の声”を集めました。
一方で、海外のリサーチツールを使い、世界中で行われている「より良い勉強方法」について調査してみると、見る・聞く・嗅ぐ・味わう・触れるなど五感への刺激と、マインドフルネスの活用といった、興味深いリポートもあがってきました。
このように、新しい“学びの空間”に求められる体験とは何かを多角的に調査し、理解することでイメージを組み上げていくことから設計を始めました。

体験をオーガナイズする空間とは

──“学びの空間”に求められる機能、体験とはどんなものでしょうか。
実は以前にも、IDEO上海で語学学校の設計を手掛けたことがあるんです。海外の先進的な語学学校はデジタル化が進んでいて、授業もほとんどオンラインで完結できる。じゃあ、学校の「場」そのものに一体どういう意味があるのか、ということを当時も考えていました。
その経験から、これからの新しい“学びの空間”にとって本質的な機能とは、「①コミュニケーション」「②リフレッシュ」「③コミュニティ」の3つだと結論づけました。“知識を得る”という機能以外の、ソーシャルな部分をどんどんリアルな空間に呼び戻すことが、これからの学校の価値になると。
それら自体は、伝統的な“学校”が持っていた機能でもあります。それなりの規模の学校なら、学生が集まれるラウンジがあったり、食事やお茶ができるカフェテリアがあったりするのは普通です。
ただ、ハードを用意して「あとはご自由に」と利用の仕方をユーザーに任せるやり方は、もう成立しなくなっている。①〜③のソフトをより積極的に、能動的に体験してもらえるようにオーガナイズし、活性化する機能を取り入れる。それがデザイナーの役割であり、“学びの空間”に求められるようになっていると思います。
──具体的には、どのように“体験”をオーガナイズするのでしょうか。
スタディサプリラボには、大小の講義室、自習室、ラウンジと4つのスペースがあります。なかでも「ラウンジ」には、授業の合間にリフレッシュできるのはもちろん、人と人のつながりが得られる場所として、新しいつながりが生まれるための工夫を凝らしています。
たとえば、生徒同士が情報交換する際に使える大きな黒板や、コミュニケーションを活性化させるソファの配置、備え付けのマグカップには手書きのメッセージを書き込めるようにして生徒同士の交流と一体感を促すような動線付けといった、“体験”のための仕掛けを空間内のあらゆる場所に組み込んでいます。
マーク氏によるラウンジの設計の3Dイメージ。さまざまな“体験”が仕掛けられている。
ほかにも、授業が行われる「講義室」は、机と椅子が一体化した可動式デスクを用いてレイアウトに柔軟性を持たせています。ディスカッションのしやすいロの字型の配置などにすぐ組み替えられるので、アクティブラーニング型の授業にも対応できます。
個別学習の拠点になる「自習室」には、背中側が囲まれていて、視界側が開けているタイプの1人用デスクスペースを配置しました。壁に向かうタイプの自習ブースとは違って、周囲の様子がうっすらわかる。集中できる場所でありながら、オープンな環境を作っています。

あえてリアルな“場所”に集まる意味

──オンラインでも学習ができる現在、あえて「リアルな学びの場」に集まり、ソーシャルな価値を求める理由とはなんでしょうか。
個人的な考えですが、理想的な学びの場とは、「自分が将来目指すべき道筋を教えてくれる場、気付かせてくれる場」だと思います。そのために必要な機能は2つあります。
ひとつは「出会い」です。知識や学力を身につけることは、オンライン授業でも可能です。ビデオ通話を使えば双方向のコミュニケーションもできる。しかし、オンラインでの交流だけでは、どうしても密度が足りません。
授業の合間に生徒同士でなんとなく集まってガヤガヤ話をしているときに、相手の人となりがよく理解できたり、親近感が得られたりする。また、卒業生や先生たちなど立場の違う人と出会うことで、その先の人生やキャリアに役立つ情報を得られることもあるでしょう。
学生時代とは、自分がどうやって生きていくかを悩みながら成長する特別な時間です。そのとき、同じ空間で体験を共有した仲間たちと築くコミュニティは、将来にわたって公私ともに代えがたい財産になります。そんな濃い人間関係を築くためには、「リアルな空間」が要るのです。
もうひとつは「多様性のある環境」です。例えば、イギリスにブリットスクールというアーティスト養成学校があります。ここで「演劇」のコースを学ぶ場合、俳優としての演技だけでなく、大道具やバックデザイナーなど裏方の仕事についてもすべて学ぶことになります。「演劇の世界で生きていきたい」と考えた学生に、その世界の“ふり幅”をしっかり経験させてくれるのです。
スタディサプリラボでは、受験教科の講義以外にも、著名人の方を招いてゲストと対談をしたり、答えのないアクティブラーニング的な授業をしたりといった授業があるので、そこで学んだ多様性を実践する場所としても機能できればいいと思っています。
──最後に、これから“学びの形”がどんどん変わっていくなかで、「学校」という場所は残ると思いますか?
僕は残ると思います、というか必要だと思うんですよ。たとえば、何かわからないことがあったときに、ちゃんと人に聞くことができるのか。すごく簡単で当たり前のことほど、人とのつながりのなかで学ぶしかありません。
つながりが欠落して社会が個人化されていくと、冷たい世界になるんじゃないかと思う。現代はその過渡期にあって面白い社会になっていると感じますが、テクノロジーで時間と場所を超えられるようになっても、“リアルにつながる場所”を求める人は絶対にいるはずです。
ただ、それを実現する方法は時代によって変わります。僕らの世代の感覚と、今の高校生の感覚も全然違う。コミュニケーションの方法も、使っているツールも違う。人が変わっていくなかで、“つながるための仕組み”もアップデートしていく必要があります。時代に沿った形で、“学びの空間”のデザインもまた変化していくのだと思います。
(編集:呉 琢磨、構成:玉寄麻衣、撮影:岡村大輔)
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