【西山亮介】スタディサプリは5年間で“学び”をどう変えたか

2017/4/14
3月27日、完成したばかりの「スタディサプリラボ」(東京都新宿区)のラウンジは、50人もの若者の笑顔であふれていた。この日のイベントは、その名も「合格祝賀会」。全国から集まった参加者全員が「スタディサプリ」のヘビーユーザーであり、志望する大学に合格した高校生だ。
生徒同士は、誰もが初対面。だが、大学入試のためにスタディサプリを選んだ仲間という認識があり、かねてからSNS(Instagramなどのハッシュタグ)を通じて連絡を取り合っていた生徒もいる。
なかには東大に合格した男子生徒もいた。通っていた地元の公立高校の歴史で、2人目の東大合格という快挙を成し遂げた彼は、3年生の夏からスタディサプリを使い始めたところ急激に成績が伸び、入試直前に東大受験を決断。「合格通知を受け取ったときは、周りよりも自分が一番驚きました」
昨夏から試験的にスタートした、現役大学生の専属オンラインコーチがつく「合格特訓プラン」を利用した女子生徒のひとりは、地元の公立大に合格した。「この半年間、勉強の進め方はもちろん、試験本番で緊張しない方法とか、受験の悩みをいろいろと相談していました。今日は担当コーチに会えてうれしいです」と顔をほころばせた。
「スタディサプリ」のサービス開始から5年。祝賀会に集まった100人(50人×2回開催)の高校生たちの笑顔は、同事業が生んだひとつの成果だ。しかし、終着点ではない。
会場には、ファウンダーと共に事業提案から関わり、事業を成長させてきた西山亮介氏の姿もあった。現場にもっとも近い所でマネジメントを統括してきた同氏は、自分たちの現在地点について何を思うのか──。

5年間の事業運営で見えた確信

──スタディサプリが登場して5年。あらためて事業の出発点について教えてください。
西山:リクルートではこれまで高校生と大学・専門学校生を対象にのマッチングメディア事業を行ってきました。このメディアを運営する中で、高校生であるカスタマーが学校選択だけでなく、志望校合格へ向けての日々の学習に対して、不安や不便を感じていることを解決したいと登場したのがスタディサプリ(旧受験サプリ)です。
受験生は「本当に合格するのだろうか」「自分の勉強のやり方で大丈夫なのか」など、さまざまな不安を抱えています。
それに加えて、経済格差や地域格差の問題もあります。高額な予備校の費用、東京のような学習環境が整っていない地方在住者。それらを解決するのが、オンラインで“いつでもどこでも、学びたいときに学ぶことができる”スタディサプリです。
やる気のある学生が環境や条件に左右されず、チャレンジできる世の中をつくりたかった。それがサービスの出発点でした。
──この5年間で、その思いはどの程度実現できているとお考えですか?
優秀な講師による最高のコンテンツをオンラインで安価に提供することで、教育が行き届いていなかったところへ届ける。その当初の目標は達成できたと思っています。2013年3月に「大学受験は高すぎる」というCMを打ってローンチしましたが、当初から想定以上のユーザーが集まりました。
受験生だけでなく、高校の先生からも問い合わせをいただき、学校への導入事業も大きく成長しています。進学校だけでなく進路多様校とよばれる学校では、文字通り生徒の学力も多様です。スタディサプリを導入することで、生徒それぞれのレベルにあった「個別最適学習」ができる環境を整えられ始めていると思います。
また、引きこもりで学校にいけなくなってしまった子や、就職したがやっぱり自分の夢が捨てきれない方がスタディサプリを使って勉強の“学びなおし”を行い、合格を手に入れた例もあります。それぞれの事情を抱えた受験生にとって、その人の時間軸を巻き取り、未来に進む後押しをしていくサービスでありたいと思っています。

小中高の統合で学力を底上げ

──ターゲットを高校生から小中学生に拡大したこと、さらに教科外の「学び」までコンテンツを拡大したことも、大きな変化です。
当初は高校生向けからサービスをスタートしましたが、小中学生の義務教育も非常に大切であると実感しています。月数万円の塾の月謝が払えない、自宅近くに通いたい塾がないというように、環境による教育格差は、同じように小中学生にも存在しています。そこに気づいたことが、小中学生向けにコンテンツを拡大したきっかけです。
また、これによって、高校生が小中の教科に戻って“学び直し”をすることも可能になりました。実際、高校生の学力のつまずきの原因が、小学校の分数だったりすることも少なくないのです。
一方で日本の教育はこの先、「主体性・多様性・協働性」や、「思考力・判断力・表現力」が必要になってくると思われます。現在でも、藤原和博さんの「よのなか科」など、答えのないテーマを議論し、自身の納得解を生み出していくようなコンテンツを提供していますが、今後はこういう分野のコンテンツのニーズがますます高まっていくでしょう。
──スタディサプリは一貫して「レベルの高いコンテンツ」を強調しています。
われわれは「神授業」と呼んだりしていますが、コンテンツの質は、つまるところ講師の質です。幸運なことに、われわれは最高の講師陣を迎えることができました。講師一人ひとりの授業(コンテンツ)へのこだわりは、並大抵ではありません。
そうした良質なコンテンツを大量に制作し、サービスを運営していくなかで、たくさんのサプリユーザーにお会いし、「スタディサプリをやり続けていれば、勉強ができるようになる」という点においては、自信を持てるようになりました。

“オンラインの限界”を超えるには

──2016年度でいうと42万人のユーザーが利用し、合格実績も上がってきていますが、逆にこの5年間で見えてきた課題はありますか。
僕がこの5年で痛感したのは、コンテンツへの自信を深めたことの裏返しになりますが、「やれば成績が上がるとわかっていても、みんなができるわけではない」という現実です。
スタディサプリをしっかりやっていれば、必ず成績が上がるし、合格への近道になる。しかし、それがわかっていても、ストイックにはできないという層は存在します。実際、「サプリっていいけれど、続かないんだよね」という声は少なくなかった。
オンライン授業で成果を出すためには、「自分から能動的に学びに取り組む」という姿勢が不可欠です。メリットがわかっているのに、学習習慣を身につけることが難しいと感じている層にどうアプローチしていくか、そこが課題だと感じていました。
その解決策として、昨年夏から試験的にスタートし、この3月から新サービスとして開始したのが、「スタディサプリ 合格特訓プラン」です。
東大生をはじめとする現役大学生の専属オンラインコーチが受験生一人ひとりに受験対策プランの策定から、日々の質問への回答・メンタリングまで徹底的に伴走し、サポートするというもの。通常のスタディサプリは月額980円ですが、合格特訓プランは月額9800円で提供しています。
コーチングサービスを運用するなかでわかったのですが、コーチがいる生徒といない生徒では、学習時間にハッキリした差が見られました。それは結果にもつながり、偏差値の伸びでいえば、3カ月で英語の偏差値が10以上も伸びた生徒もいたほどです。
オンラインでの授業は、あくまでも自分自身で学んでいくものです。しかし、伴走者がいることで、「学び続ける」という習慣が身につきやすい。継続をサポートするしくみの重要性がよくわかる結果になりました。
今年からはオンラインコーチを数百人体制でそろえ、これまでサプリを使いこなせなかった生徒たちに、積極的に使ってもらえる仕組みを作っています。
また、去年から始めた「ライブ授業配信」でも、通常は講義が進むほどに離脱者が増えていくのですが、「今しか見られない」という限定感からか、ほとんど離脱者が存在しませんでした。このライブ授業も今年から、サービスを拡張していく予定です。

サプリが作る「理想の先端教育の場」

──4月からは東京・新宿で「スタディサプリラボ」というリアル校舎もスタートしました。
スタディサプリラボは、サプリ講師のリアル授業を受けることができ、ITを活用した学習管理・伴走も徹底的に行える“理想の学習の場”を、私たちがフルスクラッチで作ってみようという試みです。
サービスを提供する側の私たちが、学びの提供プロセス全体をすべて体験することで、新たな課題やビジネスモデルも見えてくるはずです。そこでの経験を、すべてのサプリユーザーや学校に還元していきたい。われわれにとっても、まさにアクティブ・ラーニングの場となると思います。
──オンラインの枠を超えて、リアルと融合していく。これからのスタディサプリは、どこを目指していくのでしょうか。
実は、僕が最初に教育事業に興味を持ったきっかけは、市場の魅力でした。日本での学習塾・予備校市場で約1兆円、世界では200兆円という莫大な市場規模があり、それがほとんどオンライン化されていない。「教育をオンライン化することで、ユーザーへの提供価値を上げながら、教育にかかる費用を下げることができる! ここにビジネスの可能性が眠っている!」と。
しかし、スタディサプリに関わる5年の間に、僕自身の気持ちにも変化が生じてきました。この仕事をしていると、生徒たちから感謝されることが多いんです。「サプリのおかげで志望大学に合格できた」「ありがとう」「私の未来が変わりました」というような声を聞くことが、この事業を推進する原動力になっています。
「最高のまなびを世界の果てまで届けよう」というのがスタディサプリの、ぶれないビジョンです。未来をつくるのは若者であり、その若者がもっともっと「まなぶ」ことで、明るい未来を切り開くことができると考えます。
(取材・文:呉 琢磨/工藤千秋、撮影:岡村大輔)