行動科学で心を支配
配車サービス大手のウーバー・テクノロジーズは、社内事情について公に語ることはめったにない。しかし3月、危機に直面している同社の幹部は報道陣を集め、自社のドライバーとの関係を改善すると発表した。
「これまではドライバーに対する投資が少なかった」とある幹部は語った。「立て直すためにすべての取り組みを見直している」
ウーバーはドライバーに対して「思いやりを持つ」との決意をあらわにした。
しかし実のところその裏では、行動科学を使って会社の成長のために彼らを巧みにコントロールしている。
その内容が、同社の現幹部や元幹部数十人、ドライバー、社会科学者へのインタビューと、行動科学の研究報告によって明らかになった。
フリーランスで単発の仕事を請け負う「ギグエコノミー」が広がるなか、ウーバーの革新的なサービスは、企業が労働者を管理する方法が変化していることを表している。
同社のドライバーは規定の勤務時間で働く従来の社員ではなく、独立した個人事業主だ。ウーバーは人件費を最小限に抑えることができる一方で、決められた場所と時間での勤務をドライバーに強制しない。
このような管理の欠如が、利用者をいつでもどこにでも運ぶことを目指すウーバーのサービスを大きく揺るがす可能性がある。
勤務時間を長く
ウーバーは、心理学的な“動機づけ”や社会科学をもとにした手法を用いて、ドライバーがいつ、どこで、どれだけ勤務するかに影響を与えようとしている。
ウーバーは社会学者やデータサイエンティストを何百人も採用、ドライバーをより長く、より懸命に働くよう促すため、ビデオゲームの手法やグラフィック、現金以外の報酬などを導入している。
例えば、一部の人には売上目標を立てる傾向がある点に目をつけた。ドライバーが仕事を切り上げるためにアプリからログアウトしようとすると、「目標達成まであとわずか」と通知し、ログアウトを思いとどまらせる。
「ドライバーに需要の高い地域を示したり、もっと運転するよう働きかけたりしている。ただ、ドライバーはボタンひとつで勤務を終えることができる。車を走らせるかどうかは、100%彼らの判断だ」と、ウーバーの広報担当マイケル・アモデオは言う。
ウーバーが最近になって、ドライバーへの対応を強化するには理由がある。
社内でのセクハラ疑惑、規制当局の監視をかいくぐるツールの発覚など、同社には多くの問題がのしかかる。ドライバーに対する姿勢を軟化することで、よりよい企業市民になれると示している。
しかしニューヨーク・タイムズの調査の結果、ウーバーはドライバーを管理するための取り組みを継続していることがわかった。
ウーバーのドライバーのようにプラットフォームを介して働く形態がますます広がるなか、同社の試みは、心理学的なアプローチが労働者を管理する有効な手段になると示す例といえる。
企業は従来から従業員の力をより多く引き出すため、社会科学を活用してきた。だが、制約もあった。
米国では法的にも慣習的にも、企業は従業員を手厚く保護するべきだと考えられてきた。特に最低賃金や時間外手当を支払うことは重要視されている。
しかしウーバーでは、労働者は法的にも倫理的にも守られていない。ドライバーは個人事業主という立場で、雇用に伴う保護はほぼ受けていない。
ワシントン大学の法律学教授で、「データやアルゴリズムによる心理的脆弱性を企業がどう利用しているか」を研究するライアン・カロは、次のように指摘する。ウーバーの幹部は「ドライバーの情報や、インターフェイス、取引条件において支配権を持っている点を利用し、ドライバーの行動を誘導している」。
ウーバーは高まる需要に応えるため、ドライバーを増やそうと奮闘している。一方で、ドライバーの離職率の高さが会社の成長を妨げ、脅威にもなっている。
ウーバーとドライバーとの対立の根底にあるのは、ウーバーの利益とドライバーの利益が反目し合う点だ。
会社の目標が内在化
ドライバーは売り上げの約25%を、手数料としてウーバーに納めている。ドライバーにとっては、自分の仕事と稼ぎを確保するためにも、ドライバーが足りない方がいい。だがウーバーとしては、是が非でもドライバーの不足は避けたい。
ドライバーは25回客を乗せると、ボーナスを受け取れる。多くの新規ドライバーがボーナスを受け取る前にやめてしまう点について、ウーバーは懸念を募らせている。
その流れを食い止めようと一部の都市では、「(25回の)ほぼ半分まで達しました。おめでとう!」といった励ましのメッセージをドライバーに送る試みを始めている。
ニューヨークのウーバーのドライバー(Roger Kisby/The New York Times)
ドライバーに優しく、当たり障りのない取り組みに思えるが、この取り組みもデータに裏打ちされている。「ドライバーは25回客を乗せると離職率が大幅に減る」という事実を、ウーバーのデータサイエンティストは突き止めている。
心理学者やゲームデザイナーの間では、「具体的なゴールに向けて励まされると、人々はモチベーションを高める」ことが知られている。
「会社の目標が内在化する」と言うのは、著名なゲームデザイナーで、強制的な心理学の手法をゲームに採用することを批判しているチェルシー・ハウだ。
「内在化された動機づけは最も強力だ」
当然ながら企業の管理職は長い間、従業員同士で競わせるうえでゲームの理論を採用してきた。この10年ほどは、より明確なゲーム化が広がりをみせている。
だがウーバーは、もっと先まで進めている。
仕事がゲームになる
ウーバーはアプリを通してドライバーの勤務のすべてに介在しているため、ゲーム化をほとんど制限されない。さらにドライバーは請負業者という立場のため、ゲーム化の戦略が雇用法によって縛られることもない。
この分野に詳しい経営学者のケビン・ワーバック教授は、「ゲーム化はギグエコノミーにおいて、労働者同士のつながりを構築するなどよい面もある。一方で、乱用は不十分な対価で労働者を支配するという危険性がある」と指摘する。
ウーバーの経済・政策研究分野を率いるジョナサン・ホールにこう質問した。
「ウーバーのプロダクトマネジャーやデータサイエンティストは、ジンガのようなソーシャルゲーム会社のソフトウエア開発者と同じようなものか?」
類似性は認めたものの、「意味合いは異なる」と述べた。
ホールはさらに言う。どれだけ心理的な傾向を利用しても、人々がジンガのゲームをどれだけ長くプレイするか、もしくはどれだけ長くウーバーの仕事をするか「効果は限られている、おまけ程度だ」と。
重要なのは、ウーバーがドライバーのサービス供給増のために適用する心理学の手法が大きな影響力を持っている点だ。
例えば、リフトも同様のシステムを導入している。しかし、ウーバーはドライバーが客を乗せている間に次の客の情報を送っている。利用者の待ち時間は減り、同時に需要が多い時間帯にドライバーの勤務時間を大幅に伸ばせる。
この点についてはウーバーもリフトも同様の見解を示している。
リフトのプロダクト責任者ケビン・ファンは、「ドライバーたちからは、最も嫌なのは長時間仕事がないことだと言われ続けている。客足が伸びなければ彼らは仕事を切り上げる。われわれはドライバーが常に忙しくなるようしたい」と話す。
これが事実なのは疑いようがない。しかし、客の情報を事前に知らせるのには、別の意味合いがある。
ドライバーの「セルフ・コントロール」を抑え込むことだ。
ウーバーがたびたび主張するように、同社のサービスはドライバーが自らの労働生活をコントロールしやすくしている側面もある。ドライバーは子どもを学校に送り届けてから迎えに行くまで、数時間を使って仕事をすることもできる。
ウーバーはさらに、ドライバーが決められた行先と時間を事前にアプリに記録させる機能の開発も進めている。ドライバーの乗車体験の向上を担うヌンドゥ・ジャナキラムは、「サッカーの練習を終えた子どもを午後6時に迎えに行く必要があれば、その場所に時間通りに連れていってくれるようになる」と言う。
(執筆:Noam Scheiber記者、翻訳:中丸碧、写真:Brittany Sowacke/The New York Times)
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