多くの企業がビジネスへのAI活用を企図しており、「ビッグデータ」「IoT」「人工知能(AI)」などの言葉がバズワード化する現在。そんな中、独自のAI「∞ReNom(リノーム)」を開発し、データ解析・予測を軸に、社会課題の解決に挑む企業がある。GRIDだ。同社の中村秀樹氏に設立から成長の過程、取り組みの背景を聞いた。

インフラの大切さを思い知る

「インフラに関わりたい」という思いの発端は、学生時代にまでさかのぼります。大学は建築学科でしたが、あまり授業には出ず、バックパッカーで世界各国を回っていました。ヨーロッパ、なかでも古いものと新しいものをうまく融合させているスペインが印象深かったですね。
そして帰国後、阪神・淡路大震災で被災。私の実家も全壊し、家が、街が解体した状態を目の当たりにしました。それから1年くらいは避難所暮らしをしながらボランティア活動をしていました。その頃に、インフラ、中でも「電気」の大切さを思い知ります。ライフラインが途絶えると物質的に困るだけでなく、地域や人々のコミュニティもぎくしゃくして、壊れていってしまう。その時感じたことが、インフラに関わる仕事に向かわせたのだと思います。
中村 秀樹 株式会社グリッド(GRID inc) 代表取締役
1971年、兵庫県生まれ。大学を卒業後、重電関連会社へ入社。UDS株式会社への転職を経て、2009年にGRIDを創業。エネルギー、通信、交通などの社会インフラの変革を通じて、さまざまな社会課題の解決に取り組む。
卒業後は、重電関連会社に就職し、公共施設・インフラ関連をはじめいくつかのプロジェクトに関わりました。5年ほど勤めた後、UDS株式会社に転職し、さまざまな都市建築の開発などに従事します。その頃に出会った、現在当社のCTOを務める曽我部東馬をはじめとする何人かの創業メンバーとともに、2009年にGRIDを立ち上げました。

AIをやりたかったわけではない

その頃は、今のように自社でAIを開発するということはまるで考えていませんでした。最初に着手した事業は、太陽光を中心とした再生可能エネルギーです。
日本でインフラやエネルギーの分野といえば“重厚長大”企業の独擅場で、ベンチャーはネット系が主流。しかし欧米では、インフラの分野でもベンチャー企業がそれなりのポジションを築いています。そこで、自分たちもあえてこの分野に挑むことにしたのです。
そうは言っても、当時、太陽光事業に取り組む大手企業に正面からまともにぶつかっては勝てないことは分かっていたので、彼らがやらないことをやろうと考えました。それは、豪雪地域、風が強い場所、それから高所への太陽光パネルの設置です。
大手は当時、戸建住宅の南向きの屋根、エリアは太平洋側中心でした。私たちはまず、北海道・東北・北陸地方に足を運び、現地に太陽光発電ニーズがあることを確認していきました。「太陽光パネルを置きたい」という潜在マーケットは確かにある。でも、雪の重みで壊れたり、強風でパネルが飛んで事故につながったら…という懸念もまた存在していました。
そこで、実際に山形や新潟で試験的に設置してみることしましたが、雪の怖さを知っている現地の方からは、「実証実験の数字だけでは信用できない」と言われましたが、雪や風をケアしながら試行錯誤を繰り返すうちに信頼を得られるようになり、そこから事業として徐々に広がりを見せるようになりました。
雪の重みに耐える太陽光パネル

「予測」を軸とする事業への転換

その後、東日本大震災が起こります。あらためて再生エネルギーの重要性を認識した機会でもありました。
自社で保有していた太陽光パネルの発電所の発電量予測を独自のアルゴリズムを使ってできないかと考え、CTOたちが進めていた研究の結果に手応えを得て、「次」の事業の軸として着目したのが、独自の気象データによる再生可能エネルギーの発電需要予測でした。
太陽光や風力などの自然エネルギーは、日照時間や風が吹くかどうかによって発電量が左右される不安定なものです。そのため、デマンドコントロールが必要になるのですが、その前提として精度の高い「予測」が求められます。私たちは、そこの部分をやろうと考えたのです。

人工知能「∞ReNom」の思想

当社のCTOが東京大学に研究室を持っており、そこで当時は既存のフレームワークを使って試していたのですが、現実の課題やデータに適した分析・アルゴリズムを自由に選択して良い結果を得るためには、既存のフレームワークだけでは対応できないため、自分たちでイチから作ることにしました。
そうしてできたのが、人工知能「∞ReNom(リノーム)」です。もちろん、簡単にできたわけではありません。当社の場合はCTOに知見やノウハウや大学の研究室があったからできましたが、調べれば調べるほど、大きな会社のR&D部門でさえ、みんな苦戦していることが分かってきました。そこで、∞ReNomは自分たちだけで使うのではなく、プロダクトとして提供していくことにしたのです。
現在、商社や大手メーカーなどと組んで∞ReNomを活用してもらうプロジェクトを進めています。例えば、自動車メーカーなどの製造工程における溶接工具寿命予測や、インフラ分野では道路渋滞予測などの道路事業、エネルギー分野ではプラントオペレーション最適化などのプラント事業、医療・介護記録からの重病化予測などの介護事業などです。
IoTに取り組む企業やデータを取るためのセンサーを作る企業、データを集める仕組みを作る企業は多いのですが、それらをAIに解析させる前提としてデータを整える作業が必要で、この部分を担える人がまだ限られています。AIブームがブームで終わらないためにも、自社のエンジニアだけでなく、∞ReNomを使いたいと思っている他社の人材の育成も同時に力を入れています。

「身近な」社会課題に取り組む

現在私たちは、インドネシアのジャカルタに拠点を置き、現地のさまざまな課題解決に取り組んでいます。その一つに「渋滞予測」があります。ジャカルタは世界一の渋滞国です。
ジャカルタの渋滞の様子
渋滞の中にいるのは苦痛ですが、それで誰かが命を落とすことはほとんどない。でも、インドネシアでは渋滞によって救急車が病院にたどり着けずに亡くなる方や、病状が悪くなる方が年間で約7000人いるそうなのです。
私には十数年来のインドネシアの友人がいます。彼の奥さんが、救急車で運ばれることがあり、渋滞の中、もう数分遅れたら間に合わなかったという話を聞きました。
当社では日本で渋滞の予測をAIで行っています。これを生かしてインドネシアでもできることがあればと思い、渋滞予測を始めました。プロジェクトの背景には、自分にとって身近な人の役に立ちたい、そんな思いがあります。
実際に課題を肌身で感じている人がなんとかできるようにしたいと、現地の大学生などを中心に、∞ReNomを使ってもらえるような教育・サポートを実施しています。今では、現地の大学と研究開発を進めています。渋滞そのものの解消はすぐには難しいでしょうけれども、救急車に渋滞予測の情報を伝えて、搬送ルートの選択に役立ててもらえる仕組みができればいいなと考えています。

「仲間」を増やしたい

最近では、自分たちの企画以外にも、外部からの依頼で始まる事業が増えてきました。「ビッグデータ」「IoT」「予測」をキーワードに、事業パートナーがどんどん増えています。すでにリリースしているものでは、千代田化工建設、伊藤忠テクノソリューションズ、PwCなどとも業務提携を始めました。
自分たちの会社規模を大きくしたいというよりは、そんな感じで「仲間」を増やしたいと思っています。インドネシアの若者たちも「仲間」ですし、日本の事業パートナーも「仲間」、そんな意識でいます。
将来的には、∞ReNomが世の中でどんどん使われていき、社会を良くするためのサービスの裏側に、実は∞ReNomが活躍しているというような、「知る人ぞ知る」会社になれたら嬉しいですね。そして、このような世界観に共感していただける人とも、「仲間」として一緒に働けたらと思います。
(取材・文:畑邊康浩、写真:中神慶亮[STUDIO KOO]、写真提供:GRID)