侍ジャパンは本気で「世界一」を目指す気があったのか(後編)

2017/3/30
2017年3月に開催されたワールド・ベースボール・クラシック(WBC)について、スポーツジャーナリストの氏原英明とNewsPicks編集部の中島大輔が振り返る企画。前編はこちら

投手への配慮がもっと必要

中島 今回の侍ジャパンは「世界一奪還」というキャッチフレーズを掲げていましたが、僕はそこに乗り切れませんでした。
選手や首脳陣が本気で目指していたことに1%も疑いはないんですけど、そこに対して組織全体としてどれだけできていたのか。「世界一」という言葉が軽く使われているように感じたんです。日本球界として本当の意味で世界一を目指す気持ちがあるのか、と。
氏原 大会中にもそんな話をしましたね。
中島 はい。たとえばアメリカ代表の各投手には所属球団から球数制限が課されていましたが、それは大会後のシーズンが大事だからです。侍ジャパンで勝つことも大事ですけど、その後にあるシーズンや選手生命も大事なはずです。実際、小久保裕紀監督は宮崎合宿の初日にそういう話をしました。
ただし投手起用を見たら、投手への負担軽減がこんなに考えられていないのかと感じました。中継ぎの牧田和久、平野佳寿、秋吉亮、宮西尚生など、今後のパフォーマンスに影響が出ないかをしっかり見ていかなければいけません。
氏原 僕は松井裕樹を一番心配しています。ボールを手でこねて、汗をつけていた率が最も高かったのは松井です。おそらくすごく滑ると感じていて、投げるときのインパクトにも力が入っているような気がします。
中島 抜ける球も目につきましたが、その表れでもありますよね。
氏原 日本の選手がメジャーリーグに行ってケガしたら、「マウンドが悪い」「ボールのせい」と、向こうの責任と決めつけるじゃないですか。本来、複合的な要素があって、多くの日本人選手がトミー・ジョン手術(側副靭帯再建術)を受けていると思います。
そうなったときに日本の報道では「アメリカが悪い」とみんな言うのに、今回WBCでメジャー球に近い球を使うときに、そこへの配慮をしないじゃないですか。いままでと違うボールを使うことの危険性や、そこで連投することや球数のことを考えないといけません。
「こういうことでやりましょう」という統一的な考え方があってケガしてしまうのは、仕方がないと思います。でも「こういうことでケガを防止しましょう」というのが何もないままプレーして、ケガするのは一番よくないと思う。それを避けるように野球界全体で考えるべきだと思います。
中島 選手たちが守られていないですよね。

「世界一」ってなんだ?

氏原 日本ではブルペンに行く回数が、韓国、台湾、メジャーリーグに比べて多いんですよね。とにかく何度も肩をつくっておく習慣みたいなものがあります。
それを日本ハムとヤクルトはやっていないことが、取材のなかでわかりました。「そんなにボールを投げなくても肩をつくれますよ」という考え方をやっている球団があるなら、球界のなかで共有するべきだと思います。特に日本代表に関しては。
中島 日本ハムは吉井理人さん、ヤクルトは高津臣吾さんという投手コーチの教えなんですか。
氏原 はい。
中島 メジャー経験者の教えなんですね。ピッチャーは慣れればそれで肩ができるし、さらに肩や肘への負担を少しでも軽減させられる、と。なんで他球団には伝わらないんでしょうか?
氏原 一つは、そのやり方をそんなに明らかにはしていないことがあります。でも、「世界一ってなんだ?」と考えると、世界一を目指す過程でケガ人が出てもいいんだということではなくて、世界に通じる選手を生み出していかないといけない。そう考えたら、WBCでケガさせてはいけない。球界が一つになって考え方を共有していくべきだと思います。
いまはすべてが選手の思いだけで片付けられているじゃないですか。小久保監督の「シーズン前に参加してくれた選手たちに敬意を表したい」というのは素晴らしい言葉だと思いますけど、彼らの思いだけに頼るのではなく、野球界として何かやるべきだと思います。
たとえば、開幕を遅らせるのでもいいわけです。みんなでもっと世界一のことを考えましょう、と。
中島 一方、東京オリンピック中にシーズンが中断されることはもう決めているんですよね。そう考えると、今回の「世界一奪還」という言葉が本当に軽く聞こえました。
よく「WBC球をなんでペナントレースで使わないんですか」と聞かれるんですけど、ミズノと球界の利権が絡んでいるからです。滑るボールに対応するにはローリングスのボールを使えばいいんでしょうけど、それはできない。世界一より優先すべきことがあるんですよね。
氏原 それがおかしいんですよ。ひょっとしたら、「WBCに出れば、メジャーにいかなくてもいい」という選手が出てくるかもしれないじゃないですか。日本の人たちは、「みんながメジャーに行くと日本の野球が空洞化する」と言うけど、WBCがその抑止力になってくれる部分が多少あるかもしれない。WBCに出たことで「メジャーに行きたい」と思う人がいるかもしれませんが。
それはあくまで個人の考え方なので、WBCや、本当の意味で「世界一」をとることに関して、みんなでもっと真剣に考えましょう、と思います。
中島 どうすれば世界一になれるのかが現場任せになっていて、選手が支えられていないなと感じました。僕や氏原さんが記者として提案したり、批判したりするのは、どうにかしてよくなってくれと思うからですよね(ベースボールチャンネルに参照記事)。
でも、そういうメディアが日本にはほぼない。みんな、応援団みたいです。
氏原 そうですね。日本のメディアの人たちは、そこにある深い問題について考えようとしていないですよね。
中島 強化試合の結果で一喜一憂している姿に違和感を覚えました。うちの父親に言われたんですけど、「大会前に、あんなに弱い、弱いとメディアが言っているから、見る気をなくしていた」と。そうなる人もいるんですよね。メディアはたかだが強化試合の勝敗でそんなに騒ぐな、と思います。もっと内容を見て書いてほしい。
氏原 メディアの人たちは、「こういうときにはこういう記事を書く」と形を決めすぎちゃっているんですよね。だから目の前で起きた事象に対して、これはこう、これはこう、と見ることができない。だから、結果でしか書けない。「そこ、見ていないの?」と思うところが多々ありました。
中島 サッカーだと当たり前になっていますけど、メディアが選手やチーム、球界全体をレベルアップさせるんだという発想が出てきてほしいですよね。

求められるのは抜本的改革

中島 今回、よく指摘されたのがカットボール、ツーシームなど「動くボール」への対応でした。アメリカ戦の後に中田翔が「ツーシームをこれだけ動かせるピッチャーは日本にはいない」というコメントを出しているのを聞いて、「本気で世界一を目指すなら、バッターがみんなメジャーに行くくらいにならなければ無理だな」と感じました。
氏原 方法論としてはいくつかあって、一つは筒香嘉智みたいな人生の歩み方です。要は、アメリカの野球に対する考え方を自分のなかに取り入れる。
筒香はロサンゼルスにトレーニングに行って、ドミニカ共和国のウインターリーグに参加して、世界の人たちがどういう考え方の下で野球をやっているのか、どういう技術を持っているのかを知ることによって自身の成長につなげ、いまのバッティングを体得しました。
小久保監督は筒香を「不動の4番」と信頼し、第4回WBCの全試合でその役割を任せた
ただ、それはそんなに簡単なことではないと思うので、メジャーに行くのも一つ。それで契約の時点で「WBCへの参加を認める」という条項を入れる。
中島 メジャーに移籍して「WBCに出るな」と言われたら元も子もないので、契約に入れる必要がありますね(笑)。
氏原 もう1つは育成の問題も多少あると思います。アマチュアではトーナメント戦で、負けてはいけない大会だらけ。結果を出そうと考えたとき、金属バットでは打つポイントを前にして打ったほうが打球は飛びます。でも、動くボールは手元で打たないといけない。
金属バットでやっていると、動くボールを打つために必要な技術が身につきません。中島さんのほうが詳しいと思いますが、中南米の人たちはリーグ戦で、打つポイントも近く、実戦を重ねながら黙々と技術を習得しているという点で、決定的に日本と差が出ます(興味のある人は「中南米野球はなぜ強いのか」参照)。
中島 ドミニカ共和国もベネズエラもキューバも、小さいころからそういう発想で練習していました。だからメジャーで活躍する打者が出てくるわけです。
氏原 日本は環境を変えないといけないですね。高校最後の夏にはトーナメント戦の甲子園があってもいいけど、もう少し球界全体の考え方を変えないと、動くボールに対して対応できる選手がなかなか生み出されないのではと思います。
筒香本人が、「僕がやってきたことを幼少期からやっていれば、メジャーリーグのスーパースターが日本からも生まれる」と言っていました。そういうことも大事だと思います。
中島 世界一を本気で目指すなら、甲子園よりもっと下のレベルからやる必要がありますよね。金属バットもそうだし、さらに根本的に言えば「強く振れ」という教えをもっとしていかないといけない。
アメリカ戦で決勝点になった松田宣浩のエラーについて、「体で止めれば」というコメントもありましたが、あそこは捕球しないとホームでアウトにできません。そうした細かい点から全体的に発想を変えていかなければ世界一になれないと、メジャーリーグや世界の野球について知っている人は今回感じたと思います。
侍ジャパンの運営側で「世界一奪還」と言ってきた人は、そこまで野球界をグローバルな視野で見て言っていたのか。さまざまな部分から、「あなたたちは本気で世界一を目指してはいないですよね?」と思ってしまいました。
氏原 僕らからしたら、そうとしか映らないですよね。確かに強化試合をやるなどいままで以上のことはやっていましたけど、それって本当にチームを強くするためなのか、それとも観客を集めるためなのか。
大谷翔平が辞退して日本ハムの姿勢が問われましたけど、昨年11月の強化試合になんで呼んだのかという話じゃないですか。あそこで休ませておけば、WBCには間に合ったかもしれない。
日本シリーズまでフルで戦った選手、しかも日本シリーズのときにケガしていたという事実があった選手を、客寄せか何かわからないですけど、代表に入れ続けた。これは大きなミスだと思います。本当に世界一をとるためと考えたら、本番にいないといけないわけですから。
中島 侍ジャパンの運営側を見ると、ビジネスサイドには優秀な人たちがいて、いい方向に来ています。でも編成をやるのはNPB(日本野球機構)の人で、ビジネス側の進歩に追いついていない。ビジネスの側に引っ張られすぎているから、「世界一奪還」が広告代理店のキャッチフレーズのように聞こえました。
いまの大谷の話はまさにそういうことで、ビジネス的には大谷が必要でしょうけど、このWBCのほうがもっと必要なはずです。現状の侍ジャパンはそうしたアンバランスな組織に見えるので、編成面に本当のプロを置いてほしい。
氏原 そこに対する侍ジャパンの組織化はされていないわけですよね。投手コーチがなんで権藤(博)さんなんですか、というところも含めて。
中島 監督がなんで小久保さんなのか、も同じことです。
氏原 ビジネスではないところの組織をしっかりしないといけないですね。

メジャーとの差を縮めるために

氏原 でも僕、小久保監督を続投させればいいと思っているんですよ。今回は「経験のない小久保監督にして大丈夫なのか」と言われてきたわけじゃないですか。
中島 言い続けた一人です(苦笑)。
氏原 僕も言いました。でも、経験値ゼロの状態は誰にでもあるじゃないですか。今回で第一歩を踏んだわけだから、小久保さんが「侍ジャパンの監督」という看板を持ち続けてもいいのではと思います。侍ジャパンが一人の指導者を育てることがあってもいい、と。
小久保監督の今回の采配は置いておいて、いい経験をしたので、もう一つ形にして、あるいはフックとして「侍ジャパンはこうあるべきだ」ともっと小久保監督の意見を聞いてやっていけば、組織としてまた変わっていく気がします。ここで退任するのは残念な気がしますね。本人にやる気があればの話ですか。
中島 正直、侍ジャパンの監督はおいしい仕事ではないと思いますけどね。ただしグラウンド以外のことを含め、侍ジャパンに足りないものをよくわかったのは小久保監督だと思います。それを日本の野球のために還元してほしいですね。
帰国会見のときに、「編成強化の難しさがあったと思うが、今後の課題は?」という微妙なニュアンスの質問がありました。各球団から最低1人呼べとか、そういうことなのかもしれませんが、小久保監督は「会見ではなかなか申し上げられません。そういう場所に呼ばれることがあって、意見を聞かれることがあれば、そのときに話をします」と言っていたので、侍ジャパンは組織としてその辺を吸い上げてほしいですね。
東京五輪にメジャーリーガーが出ることはまずないと思いますが、WBCは今後もっと白熱する大会になる予感があったじゃないですか。
氏原 そうですね。イチローも「20年後か30年後なのかわからないですけど、本当にこの大会に出たいというヤツが集まって、純粋に世界一を決める大会になってほしい」と大会を好意的にたたえていたという報道がありました。大会を盛り上げようとして、意図して言っているところもあると思うんですよね。WBCという大会がそうなろうとしているから、日本も置いていかれてはいけないと思います。
中島 このまま次の4年をただ積み重ねても、メジャーリーグとの差は絶対に埋まりません。
氏原 むしろ開きますよね。幼少期の取り組みが違うわけですから。
中島 アメリカ戦のように投手戦に持ち込んで勝負にいくような投手力は、4年後もあると思います。ただし長丁場のリーグ戦をいろんな国とやってみたと想定したときに、アメリカ、プエルトリコ、ドミニカ共和国、ベネズエラなどには勝てないので、ラッキーでつかむ優勝ではなく、本当に世界一をとりにいくなら侍ジャパンの組織を整えないと厳しいですよね。
氏原 侍ジャパンの大人のカテゴリーが、「世界一になるにはこういうことが必要だよ」と発信すると、U18、U15、U12というそれぞれのカテゴリーの日本代表がやらなくてはいけないことが見えてくると思うんですね。
それぞれの選手たちが所属チームに帰ったとき、「代表チームではこういうことをやっていますよ」と伝えていく。それが野球界の財産となり、全体として変わるきっかけにもなる。そういうことが起こるようにしたいですね。
(写真:AP/アフロ)