【BCG DV×AbemaTV】デジタルの世界で仕事をするということ

2017/4/7
急速に広がるデジタルテクノロジーは新たな勝者を生み出す一方で、既存の企業・業界に大きな影響を及ぼす。世界中の企業は次の事業の柱を生み出すため、我先にと事業のデジタル化、新規事業の立ち上げに取り組んでいる。

株式会社ユーザベースが運営する「SPEEDA」はM&A、新規事業、ベンチャー投資などをテーマとするイベント「SPEEDA Conference」にて、慶應義塾大学政策・メディア研究科 特別招聘教授の夏野剛氏、BCGデジタルベンチャーズの島田智行氏、サイバーエージェントの卜部宏樹氏、テレビ朝日の西村裕明氏という新規事業の立ち上げ、事業のデジタル化に知見のある4名をゲストに迎え、セミナーを開催した。その様子を5日連続でリポートする。

※日本の時価総額トップ100社中4割に導入されるSPEEDAの詳細はこちら

モチベーションを維持する方法

質問者 ベンチャー企業で働いています。私の会社でも新規事業に挑戦していますが、事業責任者の情熱が続かずに失敗するケースがありました。社員のモチベーションを維持するために、社内で取り組んでいることがあれば教えてください。
卜部 先ほどお話ししたCAJJ会議もその仕組みの一つですが、実は事業責任者に対してのモチベーション管理は行っていません。そういう意味では、モチベーションの高い事業責任者が多いのかもしれませんね。
西村 私はサイバーエージェントさんの社員総会に出席していますが、サイバーには「挑戦した敗者にはセカンドチャンスを」という素晴らしいミッションステートメントがあります。
こういった環境があれば「僕、新規事業をやりたいです」と手を挙げやすいですね。手を挙げた人に対して人員をきちんと確保するし、ある部署のトップが新規事業にパッと引き抜かれることも珍しくない。会社が新規事業を推奨する風土が確立しています。
どこの会社でもできることではないでしょうし、外から見て私もうらやましいのですが、参考にしてはいかがでしょうか。
西村裕明 (にしむら・ひろあき
)テレビ朝日 総合ビジネス局デジタル事業センター長
1967年生まれ。1990年に全国朝日放送株式会社(現テレビ朝日)に入社し、営業局営業推進部に配属、96年制作センター~制作部等で番組制作に携わる。音楽制作チーフプロデューサーとして、主に「ミュージックステーション」などの音楽系番組を制作。2005年編成部を経て、2008年デジタルコンテンツセンター企画担当、2011年コンテンツビジネスセンター長、2014年デジタル開発部長を経て、2015年に現職。
質問者 サイバーエージェントの藤田(晋)社長のような、リーダーシップの強い社長のもとで私も働いています。
社長がリーダーシップを取ると事業が進めやすい一方で、ともすれば社長の承認を得ることが目的になって本質がずれてしまったり、社長の承認待ちでスピードが止まったりすることもあると思うのですが、AbemaTVで工夫している点や、うまくいった方法があれば教えてください。
卜部 藤田はAbemaTVしかやっていないんじゃないかというほど、現在どっぷり浸かっているので、判断が遅れることは今のところありません。
あと、正式な決裁様式にこだわらないのが工夫と言えるかもしれません。フェイスブックのメッセージで私たちが「これでいいですか?」と投げると藤田から「いいね」が来るので、それを決裁として進めることでスピードを維持しています。
卜部宏樹(うらべ・ひろき)
サイバーエージェント執行役員、AbemaTV取締役
2010年サイバーエージェント入社。同年7月に株式会社アプリボットを設立し、取締役就任。2011年2月にはアプリボット代表取締役社長就任。2014年12月から2016年10月までサイバーエージェント取締役。2015年4月に株式会社AbemaTVを設立、2016年4月にインターネットテレビ局「AbemaTV」をスタート、取締役として「AbemaNews」を担当。現在は、サイバーエージェント執行役員
西村 サイバーエージェントさんの決裁スピードの速さには本当に驚いています。これがデジタルのスピードなんだ、と我々も追いつくのは大変ですが。

BCGデジタルベンチャーズの戦略

質問者 島田さんにお聞きします。コンサル業界でもデジタル化案件は主流で、プロジェクトベースで進めるものが多い中、BCGデジタルベンチャーズがジョイントベンチャー(合弁会社)を作ってまで一緒にやっていく理由はなんでしょうか。
島田 働く人間に対するインセンティブでしょうか。特殊なのですが、BCGデジタルベンチャーズでプロジェクトに関わった社員は、新会社ができたらそちらへ転籍してもいいことにしています。
新しい会社を自分で経営すると思えばモチベーションが上がってクライアント企業に対しても更にいい働きができるし、場合によってはストックオプション(自社株を低価格で買える権利)をもらえることもある。
社員が転籍したらBCGデジタルベンチャーズの売り上げは下がりますが、そこはあえて慰留しない。それぐらいの覚悟でやらなければいいものはできませんから。
もちろん、プロジェクトベースで進める案件もありますよ。
西村 新しいことを始めるときに、自社にないリソースを外に求める場合には、やはり外の会社にもインセンティブがあることが大事だと思いますね。そうでないと、どうしても向こうは「仕事としてこなす」感じになってしまいますから。
これは新規事業を成功させるポイントの一つかもしれません。
質問者 BCGデジタルベンチャーズで、受ける案件の規模や期間について教えてください。
島田 これはプロジェクトによってまったく異なります。規模という点では、会社の時価総額を上げたいと望むクライアント企業もあれば、売り上げを伸ばしたい、利益を上げたいという企業もあります。他に、既存事業に対して新しい価値を生み出したいと考える企業もあります。
時間軸についても案件によりまちまちで、10年後でいいよというケースもあれば、来年の利益に反映したいと言われることもあります。ですので、受注額の規模もケースによりけりです。
島田智行(しまだ・ともゆき)
BCGデジタルベンチャーズ Principal Venture Architect
東京大学法学部卒業後、外資系コンサルティング会社を経てボストン コンサルティング グループ入社。2006年、ナップスタージャパンに転じ、日本初の音楽聴き放題サービスを起ち上げ、2008年にはレコチョクに入社。事業開発担当執行役として音楽・動画の配信サービスを起ち上げた。2012年からはメガベンチャーで新規事業起ち上げ部門の責任者に就任し、数々の新サービスを事業化。2016年より現職。

AbemaTVの収益モデル

質問者 AbemaTVの収益モデルと収益規模について教えてください。
卜部 収益モデルは、今はほとんど広告です。将来的には課金プランがもう少し伸びて、広告は60~70%ぐらいになると考えています。
収益規模は、現段階でまったく考えていなくて、とにかく今はユーザー数を伸ばすことだと思っています。AbemaTVはマスメディアを目指しているので、当面は1週間当たりの利用ユーザーが1000万人に達することを目標としています。
質問者 西村さんにお伺いします。テレビ局を代表するような形で、今回サイバーエージェントと組んでAbemaTVをやってみて、「デジタルでこういうことをすればいいんだな」といった気づきがあれば教えてください。
西村 インターネットの枠組みから見えてくるものがいろいろありました。詳しいことはお話しできませんが、データ的なものや仕事の取り組み方も含め、「デジタルで仕事をするとはこういうことか」という気づきが多かったです。
テレビ局のデジタル部門のトップにいて、デジタルをわかったつもりになっていましたが、それはあくまでも「テレビ局の中のデジタル」だったことに気づきました。その時に見えていなかったものが、AbemaTVに取り組むことで見えるようになりました。
デジタルをどのように使えば本業の地上波に良い影響を与えるのか。これはどのキー局も試したくて仕方ないんです。でも現実的に、自分たちだけでするのは難しい。今回、他局に先んじて機会に恵まれ、インターネット業界での気づきが得られたことは大きかったですね。
質問者 AbemaTVはマスメディアを目指すと言っていましたが、世の中の流れとして、個人の興味は細分化し、深さを求める時代になっていると感じます。
その中でのマスメディアとは、テレビの視聴率のように同じタイミングに同じ番組を何百万人が見ていることを目指すのか、もっとニッチに深掘りすることを目指すのか、そのあたりをお聞かせください。
卜部 難しい質問ですね。おっしゃるように、時代の流れで興味が細分化しているので、テレビと同じように見られることはないと思っています。
約30あるチャンネル数も、多いのか少ないのか、実は悩んでいるところです。深さを目指して細分化したほうがいいのか、同じものを「見てね」と伝えるほうがいいのか。
まだ試行錯誤の途上ですが、運用しながらユーザーの意見や動向を取り入れて、いいものを作っていきたいです。
(構成:合楽仁美、写真:istock.com/Easyturn )