狙うは「生体情報のGoogle」。人類から身体的バリアを取り除く

2017/3/27
壮大なミッションを掲げたベンチャーが、電気通信大学内のインキュベーション施設で産声をあげたのは2013年。筋電の計測・解析をベースに義手やロボットを開発するメルティンが2017年3月、第1号の製品として「筋電センサー」と「解析ソフトウェア」を発売した。将来的にはセンサーから送られる膨大な生体信号をパブリッククラウドに集め「生体信号(情報)のGoogle」になるのが目標だ。「人とコンピューターが融合する未来」にはどんなことが起きるのか。創業メンバーでCOOの粕谷昌宏氏に聞いた。 
「ターミネーター」が現実に
大西:初めまして。実は私、アニメ「攻殻機動隊」シリーズのファンでして。今日は本物の「義体」を見せてもらえるということで大変、興奮しています。
粕谷:そうですか。では、論より証拠。我々が開発した義手を見ていただきましょう。
大西:おお、これですか。
メルティンが開発した義手。本社の応接ルームのテーブルの中央に飾られて、いつでもデモができるようになっている。
粕谷:はい。この義手には人間の手と近い数の関節があり、36本のワイヤで動く仕組みになっています。ワイヤは18個のサーボモーターが入った、こちらのボックスにつながっています。実際、人間の手にも筋肉はほとんど付いていなくて、前腕の筋肉の収縮がワイヤを伝って指を動かす仕組みなので、それと同じと考えてもらえばいいです。
創業メンバーでCOOの粕谷昌宏氏
大西:なるほど。映画「ターミネーター」の世界ですね。腕を切開して金属のワイヤを引っ張ると指が動く。あのシーンは衝撃的でしたが、あれが現実になったわけだ。1984年の映画だから33年で実現したわけですね。
粕谷:そうですね、まだ生まれていなかったですけれど、僕もかなりお気に入りのシーンです。
大西:ああ、生まれていない……。じゃあ、リアルタイムでは見てないですね。そうか、私は大学生でした……。
フリーランスジャーナリストの大西康之氏
学習する義手
粕谷:それで、ここにある3つの筋電センサーを私の腕に取り付けます。脳から「指を動かせ」という指令が出ると、それが電気信号として伝わって筋肉が緩んだり縮んだりする。この電気信号を「筋電」と呼んでいます。電気の強さは乾電池の1000分の1くらい。
人によって波形が異なるので、どの信号でどう筋肉が動くかは人それぞれです。そこで利用者の「癖」をAI(人工知能)が機械学習し、使えば使うほど直感的に動かせるようになっていきます。
大西:へえ。学習する義手ですか。すごいな。試しに指を握ってもらっていいですか。
粕谷:どうぞ。
大西:おぉっ! これは人間の手ですよ。握り返してくる感触が人間そのもの。ちっともロボットっぽくない。目を閉じて握手したら、人間の手だと思いますね。
粕谷:ありがとうございます。
大西:ここまでくるには、随分苦労があったと思いますが、どんなブレークスルーがあったのですか。
粕谷:筋電義手そのものは50年近く前から存在しました。ただし、処理できる信号の量が限られていたので「握る」「放す」しかできません。その後、パソコンの登場によって信号の処理能力が上がり、さらに2010年以降はマイコンで制御できるタイプが出てきました。
一般的には、現在でも筋電から手の姿勢をここまで識別するには数分の解析が必要ですが、メルティンの技術は0.1秒ほどで解析が完了します。
大西:実際に筋電義手を使う場合、このモーターボックスはどうするのですか。
粕谷:当面は背中に背負ってもらうことになりますが、小型化していけば腕に巻くウェアラブル型にできるでしょう。指先にセンサーをつければ「熱い」「冷たい」「硬い」「柔らかい」といった触感を伝えることもできます。
大西:「ダビンチ」のような遠隔治療にも使えそうですね。
粕谷:えぇ、今までモニター画面で見るだけだった診療に触診が加わります。その分野は実際、医師に協力してもらって実用化を狙った開発を進めています。
満を持して製品投入。まずは研究・開発者に
大西:3月にメルティンが発売するのは、筋電義手ではなく、筋電センサーなんですね。
粕谷:はい。まず3月に研究者や開発者向けに発売します。それで儲けようというのではなく、研究者や開発者がこのセンサーをどんなふうに使うかを見てみたい、というのが本音です。一種のオープンイノベーションですね。
メルティンの目標は「人体から全てのバリアを取り除く」ことですから、それを自分たちだけでやろうとは考えていません。いいアイデアはみんなで共有し、どんどん使ってもらったほうが進歩が早い。
大西:消費者向けには売らないのですか。
粕谷:年内にクラウドファンディングを行い、リストバンド型の筋電センサーを来年に発売したいと考えています。Wi-FiやBluetoothでスマホとつなぎ、筋電でいろいろなものを制御したり、体調管理をしたりできるようにします。
大西:近未来の2020年、我々は「攻殻機動隊」のようにネットにつながった義体を自由自在に操っているのでしょうか。
粕谷:そこまでは難しいかもしれませんが、ネットとつながったウェアラブル端末が革新的に進化するのは間違いないでしょうね。今のウェアラブル端末が計測しているのは、主に加速度と心拍数の2つですが、ここに筋電データが加わると体の状態をもっと詳しく知ることができ、ヘルスケアやトレーニングに役立てられます。
実は来年に発売する予定のリストバンド型筋電センサーは「タダで配ってもいい」くらいに思っているんです。
大西:それではビジネスにならないのではないですか。
粕谷:Googleの検索がタダなのと同じです。我々は世界中の筋電データが欲しい。データがあれば新しいサービスをどんどん生み出せる。良いサービスがあれば利用者が増え、さらにデータが集まる。世界に先駆けたテクノロジーを持っている状態でこのループに入ってしまえば、誰にも追いつかれることもない。今さら検索でGoogleに挑もうとは思わないですよね。僕らは筋電データのGoogleになりたいのです。
この分野でもカギはクラウドとAI
大西:世界中の人々が発する膨大な筋電データを収集し、解析するためには、クラウドコンピューティングが欠かせませんね。
粕谷:パブリッククラウドが登場したから、このビジネスが成り立つようになったと言っても過言ではありません。こんな量のデータをオンプレミスのシステムで処理していたら、我々のようなベンチャーはそれだけで倒産してしまいます。筋電義手が新しいステップに入れたのもクラウドのおかげです。数あるパブリッククラウドの中からIBMのBluemixを選んだのは、人工知能のWatsonがあるからです。
膨大な筋電データをBluemixに収集して、Watsonならある程度まで人工知能で勝手に情報を分類したり、解析してくれる。これを人間がやるのとAIがやるのでは作業のスピードが全く違います。
メルティンの目標は人体から全てのバリアを取り除くこと。極論すれば首から下が全く動かない人が全く不自由なく暮らせるようにすることです。私は自分の分身も作りたいと思っています。
これ、全くの空想じゃなくて、すでに我々は首の筋肉を動かすことで義手を操る実験もしています。慣れてくれば、人間が手を3本使って作業することも、もう1体の義体を動かすこともできるはずです。ネットに接続した義体を遠隔から筋電で動かせたら、もう一人の自分がいるみたいで便利だと思いませんか?
(取材/文:大西康之、写真:森カズシゲ)
*2020年の社会、暮らし、産業がどのように変化しているかーー。さまざまな指標をもとにまとめたスライドストーリーと、大西康之氏と日本IBMの三澤智光専務執行役員との対談記事も公開しています。併せてお読みください。
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