香港次期トップ。秀才ぶりは折り紙つき、強気の「武闘派」の声も。調整力は未知数

2017/3/27

ダブルスコア勝利の理由

香港の次期行政長官に26日当選した林鄭月娥(キャリー・ラム)氏。初の女性トップとして、2014年の雨傘運動後に揺れ続けている香港の難しい舵取りを任される。
メガネが似合う、頭の良さそうな女性だが、国際的にはまったく知名度はない。一体、どのような人物なのだろうか。
鄭は本来の姓で、林は夫の姓である。香港で時々見かける、ちょっと鼻につくけれど、優秀という点では文句のつけようがないエリートである。外見もきわめて地味で、華やかさのかけらもない。だが、行政経験や仕事での能力の高さには定評がある。
香港の行政長官選挙は間接選挙である。本来は今回の選挙から一人一票の「普通選挙」になる予定であったが、林鄭氏が政治担当の政務官として提出した政治改革法案が、2015年に香港の立法会(議会)で否決されてしまったため、今回の選挙は従来と変わらない、わずか1200人の選挙委員によって選ばれる間接選挙になってしまった。
選挙委員のうちおよそ3分の2は、林鄭氏を支持した親中派から構成されており、その選挙方式だからこそ、ダブルスコアの大差で勝利したと言える。
何しろ、世論調査では、立場的には親中派だが中国側からは応援を受けられずに民主派を主な支持母体として戦ったライバルの元財政官、曽俊華氏に対して、逆にダブルスコアで差をつけられていたのだ。

ギリギリ細かい点を詰める仕事スタイル

林鄭月娥氏は1957年香港生まれ。香港大学を卒業し、欧米留学を経て、1980年に香港政府に入った。
香港では英国統治時代以来の伝統として、高いレベルの中国語と英語の語学力も兼ね備えた政府のキャリア職のことをAO(Adminstrative officer)と呼び、香港社会のスーパーエリートとして、ある種、特別な存在として扱われる。
林鄭氏は、このAOのなかでもとりわけ能力の高いスーパーAOのような人材として名前が通っていた。
仕事のスタイルは「ギリギリと細かい点を詰めていくスタイル」(本人の弁)であり、ややこしい問題に乗り込んでバッサバッサと解決していくことで評価をあげた。その強気の性格から、発言が物議をかもすことも多かった。ついたあだ名は「好打得(武闘派)」というのもうなづける。
ただ、部下に強いプレッシャーをかける仕事ぶりから、下についた人々の評判は良くなかった。そのため、「彼女が行政長官になったら、政府をやめる」という管理職の人々が少なからずいるといううわさも流れた。
各部門の局長級として活躍しているときはそうでもなかったが、2012年にスタートした現在の梁振英行政長官のチームでナンバー2の政務官に起用されてからはかなり評判を落とした。
「民主派と対話せず、信頼関係を壊した」(楊岳橋・公民党立法会議員)という声も聞こえる。雨傘運動の際に、運動に理解を示さない強硬な態度を取ったことも市民の人気が低い一因となり、「調整力」には疑問符をつける見方も強い。
投票では、林鄭氏は縁起のいい777票を集めて、365票にとどまった曽氏らを大きく引き離した。しかし、世論調査では、民主派の支持も味方につけ、親しみやすいキャラクターをアピールした曽氏に圧倒的に「敗北」する形になったのだから、皮肉なものだ。
もともと、林鄭氏は今回の選挙には出るつもりはなく、今年限りでの引退を表明していた。それは、現職である梁振英氏とそりが合わないからで、基本的に再任を希望していた梁氏がいる限り、続ける意欲はなかったと見られている。

中国と市民との橋渡しに、いささかの不安

昨年の秋ごろ、林鄭氏と食事を共にした親中派の立法会議員は、こう振り返る。
「私がいろいろ梁氏は良くないという話をしたのですが、彼女は一切反論せず、黙って笑顔で聞いていました。彼女の性格であれば、意見が違っていれば、反論するはずです。そのとき、ああ、彼女は梁氏にもう失望しているのだと実感しました。選挙に出ないのかと聞いたら、『考えてない。ゆっくり家族と過ごしたいの』と語っていました」
しかし、12月の上旬に梁氏が不出馬を突然、周囲の予想を裏切る形で表明したところで、「それなら」と思い直したらしい。
もともと上昇志向の強い人物である。さらに、当時は、市民の人気もそれほど悪くはなかった。また、今回の選挙でライバルとなった曽氏が出馬するかどうかもはっきりしていなかったこともあっただろう。
行政長官選挙の開票は、テレビ中継され、開票作業の真後ろで、心配そうに開票を見守る林鄭氏の姿をカメラが映していた。だが、票の仕分けが終わり、自分が圧倒的な得票であることを確信したあとは、安心したような笑顔になった。
私としてはその姿を見て、思ったよりも分かりやすい人であるように好感を持てたが、今後、中国政府のプレッシャーを受けながら、「中国べったりではないか」と疑っている香港市民との間で「橋渡し」という難しい役割を果たすことを考えたとき、そんな素直さで果たして切り抜けられるか、いささかの不安も覚えたのも確かである。
当選後の記者会見は吹っ切れたように敗者をたたえ、家族に感謝を示し、自分についても「行政官として実績があり、自分に自信を持っていたが、選挙のなかで、自分に足りないものがあることを知り、また、行政長官の仕事は以前のように問題を解決すればいいだけではなく、物事がこじれた部分を探し出す仕事であり、もっと頑張らないといけない」と謙虚な言葉を語っており、香港市民にも好感を持って受け止められた。
(写真:AP/アフロ)