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なぜ必要かといえば、「必要だ」と言っている人が世の中にはぼちぼち多く、そんな方々と会話するためだ。

私の専門とする「エネルギー」は真に総合科学なので、あらゆる視点を必要とします。でも教養とは思いません。

でも、必要性から勉強するのは時に虚しい。
学びとは好奇心から来るものだ。高等教育が崩壊しつつあるいま、私はそれができる場を作ることを目指しています。

「人類の叡智」などと言うが、殆どはある意味無駄だったと思う。時代時代に流行ったり廃れたりしただけ。例えば今の工学や心理学、MBAなどの経営学、資本主義における経済学、哲学、の殆どは、かつての錬金術のように「無駄」な学問とされるだろう。化学や生物学でさえかなり経験科学的な所が多く、覆る部分は少なくないように思う。

既に否定された過去の知見を「教養」だとドヤ顔でいかにも役立つ風に話されると正直なんとも言えずストレスになる。

しかし過去の「無駄」も、人類の営みとしては愛しい。歴史と同じ。何かを得ようとして歴史を学ぶ姿勢は私はあまり好まない。だからサピエンス全史はどこか規範的で読んでいて反吐がでる。

とはいえ、なんだかんだ役に立つと思う私のおすすめは、

・集合論(解析学、論理学)
・幾何学(多様体)
・代数学
・整数論
・データサイエンス(統計学、暗号理論、人工知能etc)
・熱・統計力学
・量子力学(ベルの不等式〜場の量子論)
・動物行動学(進化論、精子競争)
・脳神経科学

てな所でしょうか。

追記
リーダーに必要なのは、誰かのためにリスクを負うほんの少しの覚悟と、それを必ず実行すると信頼されるために私心を見透かされず行動することですよ。
今週から1週間、これからのビジネスパーソンに必要な「教養」を問い直す特集を掲載します。「ニュースだけを追っていても、現在の出来事にキャッチアップすることはできても、教養がなければ未来に関する骨太な議論はできない」という慎泰俊さんの言葉はまさにその通りで、私も個人的に、仕事の課題や悩みに対する答えを、古典に求めることが増えています。
情報が怒涛のように流れてくる時代だからこそ、数百年、数千年と受け継がれてきた知見の重要性を再確認する。そんな特集にできればと思います。
わが国では、おっさんが食事会やナイトクラブでうんちくを披露するネタが「教養」と言うことになっています。しかし、もともとリベラルアーツはオックスブリッジにおける貴族階級のエリート教育、すなわち戦争になると最前線でもっとも死亡確率の高いところで戦わなければならない「ノーブレスオブリージュ」の基盤づくりとして行われた知的、精神的な鍛錬のことです。日本の大学で行われているカルチャースクールもどきの教養ごっことは次元が違う。「教養」とは何ぞやをしっかり踏まえることが「教養」論議で最も大事なポイントです。当たり前ですが、リーダー論の脈絡で意味を持つのは本来の意味でのリベラルアーツです。
リーダーには教養が必要というより、教養、特に歴史の必要性を感じていない人はリーダーの資格がそもそもないのではないでしょうか。
リーダーは先の見えない道を歩かなければなりません。その時に歴史を学ぶ必要を強く感じるはずです。いつからでも遅くありません。
細切れではなく十分に時間をかける必要があるが、一方で時間をかけすぎると、教養バカになるのが、難しいところです。2-3年仕事だけに集中した後、サバティカルをとって数ヶ月とっぷり本に浸るサイクルが自分には最適でした。が、復興の仕事が依然として正念場なために、この六年間は時間をとれていないのが悩ましいところです。
地球の歴史を1年365日に縮めた場合、ホモ・サピエンスの誕生は12月31日23時37分、農耕開始は23時58分52秒、産業革命は23時59分58秒、20世紀は23時59分59秒となるそうです。

よって今回取り上げられた「教養」とは、ゆく年くる年のラスト1〜2秒程度の間に始まった資本主義社会や民主主義社会という虚構パッケージの中の、そのまた国家や法人を代表とする組織という虚構パッケージの中でのリーダーに必要な能力だと一般的に信じられている空想に過ぎない、という程度に捉えています。

現代の社会に振り回されず人生をより充実した豊かなものにするためにある程度の教養は必要だと感じることは多いですし、リーダーとしての意思決定をする際には幅広い視点があった方がスマートな決断をしやすいとも思います。

ただ、なければ楽しく幸せな人生を送れないかと問われればそうでもありません。

例えば私は小学校担任の時間配分が悪かったのか歴史の授業が「関ヶ原の戦い」で終了、中学校担任は「徳川家光」の時点で体調を崩してしまい日本史授業中断のまま卒業、高校では地理を選択し、大学は医学一筋でしたので、正直なところ江戸時代中期以降の日本史は漫画やレキシの歌詞以上の体系的知識を有しておらず、宴席でのマニアックな日本史トークにほぼついていけません(笑)

が、それなりに楽しい人生を送れています。

身も蓋もないですが教養というのは、資本主義社会や民主主義社会という虚構パッケージの中でのヒエラルキーにおいて上位に立つためのひとつの手段でもあり、もっと言えばマウンティングのためのひとつの武器でもあり、そもそも自己満足自己陶酔に過ぎないといった側面も大いにあるのだと思います。

「自称他称教養人たち」が「自分より教養がないと決めつけた人たち」を小馬鹿にし、意気揚々と教養トークを繰り広げる様はまるで集団自慰行為を見ているようで滑稽ですらあります。

こと仕事においていえば、リーダーシップとして一般的に求められる実務能力があってこその教養であって、実務能力がないのに教養マウンティングをしてくるリーダーほど厄介なものはありません。

教養そのものが人間を幸せに導いてくれるのであれば、太宰治を始めとした多くの文豪は自殺などしないはずです。
教養に振り回されず、今ある教養をうまく使いこなす力が大事なのかもしれません。
興味深い特集。

アウトプットなきインプットは効果が薄いというのが私の持論ですが、「教養」はインプットしてからアウトプットするまでのタイムラグが長そう。その辺りの学習効果をどのように捉えるか?学者の方々ではなく、多様なビジネスパーソンの意見を聞いてみたい。
かつて、リクルートのマネージャーだった時に現リクルートホールディングス社長の峰岸さんに呼ばれて「お前は教養がないから、ここで勉強してこい」と松岡正剛さん主催のハイパーコーポレートユニバーシティという企業幹部向けに日本文化や教養を教えてくれるプログラムへ行きました

ここでの経験がなかったら海外で起業しなかったと思うし、いわゆる海外のインテリ層と対等に話すのが難しかったと思います

それくらい教養やリベラルアーツは重要だと思います
ただし、普段の脳味噌と全く違う脳味噌を使うので、疲れ方が半端じゃなかった事だけは正直に告白しておきたいとおもいます
経営者だけではなく、チームがいたり、マーケティングだったりもそうなんですが、個人一人ひとりだろうと、群の人々に対してだろうと、人と関わる仕事をする人に多分最も大事なのことの一つが想像力だと思います。
幅広い知識や教養は、それを豊かにするのと思います。そしてそのことが、他者への共感力やいわゆる経営やマーケティングのカンを養うのだと。

やらないよりマシですが、大人になって急に始めても難しいから、読書は子供の頃から大好きだと良いと思うんですよね。人にもよるんでしょうけど、絵本がそういう意味で私にとっては偉大だったと思います。絵本だと文字少ないなってところから岩波少年文庫に行き、そこを読破してからは小中高と常に学校と地域の図書館と国語の研究室で本を極限まで借り、ラノベから歴史小説から世界文学全集といったところまで乱読も良いところでした。そして、それは私の基礎に確実になっていると思います。
もちろん、自分の例を持って全てに当てはまるとは言わないけれど、自分しか詳細を検証出来る事例がないので取り上げてみました。でも、想像力が豊かだと思う人には絵本を読んでた人が多いように思います。自分の事例でほんと恐縮ですが、読書は色々な人の人生に触れられるからか、頭でわかることが増えた。想像が出来ることが増えたのは読書でだと思います。

さて、でも頭でわかると心でわかるはやはり違います。この心からわかる、ためには音楽がとても役に立つのだそうです。理屈じゃない所で感動を拠有できるのが多様性を認め人への共感を得られる能力を身につけられるのは音楽!と音楽を教養の一つとして重視しているハーバードの先生が言っています。パレスチナの子供とイスラエルの子供が一緒にオーケストラを演奏する事で、心から分かり合った事例は典型的。ハーバードの学生の6割はプロになれた程度に何かの楽器に習熟しているそうですよ。

本もそうですが、全体としての心の豊かさをどう身につけるかは、現実解としても懐の大きさやクリエイティビティに直結すると思いますし、養い続けたいものですね。
米国製リーダーと日本製リーダーの、最大の差は、教養。私自身痛感しましたが、社会人になるまでに培った「教養の量と質」に圧倒的な差があります。

教養は、ビジョンを描く力につながるだけに、イノベーションを生む土台にもなるはずです。
この連載について
時代を超えて受け継がれる「教養」。今その価値が見直されている。各大学はリベラルアーツプログラムを強化。歴史や哲学、宗教などをテーマした書籍もベストセラーとなっている。しかし「教養」という言葉が意味する範囲は広く、議論が錯綜している感は否めない。そこで各界の「教養人」とともに、現代を生き抜くために必要な「教養」の具体像と、それを身につけるための方法を探る。