【山口文洋】教育改革にはテクノロジーという“武器”が要る

2017/3/27
2020年の大学入試改革は、文科省による教育改革の“本丸”に位置づけられる。これまでの知識偏重型教育から脱却し、高校の学びをいかに21世紀の教育へと変えていけるか。改革のカギを握るのが、教育現場におけるICTの活用だ。2016年度有料会員42万人、1000校を超える高校で導入されている「スタディサプリ」のファウンダー・山口文洋氏に、教育改革においてテクノロジーが果たす役割について聞いた。

学校現場には改革の“武器”が必要

──2020年度に向けた教育改革、なかでも本命の“高校改革”について、山口さんの考えを聞かせてください。
山口:戦後さまざまな教育改革が行われてきたなかでも、もっとも難易度が高く、かつ、やらなければならない改革だと考えています。学校現場の学びを「21世紀型」へ切り替えるという、文科省や総務省が示す方向性にも賛同します。
ただ現実問題として、私が全国で見てきた高校の“現場のリアル”と、改革のビジョンとの間には少なからずギャップがある、というのが率直な思いです。
改革を実現するためには、高校が大きく変わらなくてはいけません。アクティブ・ラーニング(※)型の授業を導入したり、プログラミングを必修化したりといった「新しい学び」を取り入れるうえで、現場の先生たちに求められる役割、スキルはより拡大していきます。(※編注:中央教育審議会の審議では「主体的・対話的な深い学び」と置き換えられている)
しかし、いまの学校現場は“疲弊”しているのが本音です。改革のビジョンを実現するリアリティのある学校はごく少数派であり、多くの学校は世界一忙しいと言われる教育現場の中で、限られたリソースで日々の業務をなんとかやりくりしています。そんな中で、さらにアップサイドを求められて困り果てているのが実情です。
ビジネスに置き換えて考えると、企業が大々的に「新しいことを始める」「組織を変革する」といった場合、その前段として「今までのやり方」を見直すことが必要になります。古いやり方から何かを捨てることで、はじめて新たな挑戦や組織を変革できる余裕が生まれるからです。
まずルーティン業務からムダな作業を省く。そしてICTを使って効率化を図ることで業務処理効率を上げる。それによって従業員の時間が空き、新しいことができるようになる。現在、多くの企業が取り組んでいる「働き方改革」がこれにあたります。
同じことが教育改革にもいえます。行政は目指すビジョンは示しているものの、それを実践するための具体的なステップが見えず、そこで諦めてしまっている学校が少なくない。つまり、学校現場には改革を行うための“武器”が与えられていないのです。
シンプルに言ってしまえば、学校現場が新しい挑戦をするために「何を捨てるのか」そして「どんなツールで効率化するのか」。この2点が最大のポイントであり、まさにテクノロジーが果たすべき役割です。そうでないと、アクティブ・ラーニング型授業の開発・実践やプログラミング、英語4技能授業の提供などを行う余裕が、教師にも生徒に生まれません。
つまり、教育改革を実現するためには、教師たちが多くの時間を割いている基礎知識教育と校務管理の生産性・効率性を劇的に変えることのできる“武器”を配ることが必要なのです。そして、それこそがわれわれの使命だと考えています。

新しいサプリには3つの柱

──具体的に、学校現場でスタディサプリが果たす役割とはどんなものでしょうか。
「21世紀型」の学びを学校現場に取り入れるには、先生と生徒がアクティブ・ラーニング型の授業などに挑むための環境・時間を捻出しなければいけません。そのために、「スタディサプリ」は2017年度から、次の3つの柱を用意しています。
まず第一に、現場の先生たちのルーティン業務の効率向上があります。というのも、学校の職員室はいまだにアナログな仕事環境が主流で、ほとんどIT化されていません。先生たちは、毎日大量のプリントを生徒に配布・回収する作業を繰り返し、バラバラな紙によって管理されている情報を転記したり、2次加工したりする「校務作業」に極めて多くの時間を割いています。これが学校現場の生産性を著しく下げている要因の一つです。
昨今の病院で患者の情報が「電子カルテ」で共有されているのと同じように、学校現場でも生徒一人ひとりの学習記録や進路情報、成績表といったパーソナルな情報をすべてデジタル化し、電子カルテで一元管理することができれば、こうした校務作業に費やす時間を大幅に効率化できます。
「スタディサプリfor Teachers」は、すべての生徒のパーソナル情報を一元管理できる校務システムです。これを先生が使うことで、生徒ごとの学習進捗や出欠状況をチェックしたり、宿題の配信・採点をしたり、保護者に連絡事項を伝えたりといった校務作業の大部分がオンラインで処理できるようになり、かつ生徒一人ひとりの状況をきめ細かく把握することが可能になります。

生徒の学習効率を最大化する教科指導

もう一つの柱が、より個別に最適化された教科指導(アダプティブ・ラーニング)環境の提供です。
従来の「一斉授業」の課題は、クラス内における学力の分布幅が開いてしまっている状況に対応できないこと。学習が進んでいる生徒は学校の授業が物足りず、放課後に塾や予備校に通わざるを得ない。逆に遅れている生徒は、目の前で展開している授業についていけず、落ちこぼれてしまう。これではどちらの生徒にとっても授業がムダでしかなく、極めて非効率です。
そこで、日々の予習・復習学習に「スタディサプリ高校講座」を使い、そこに蓄積される学習履歴と、半年ごとに生徒一人ひとりの学習習熟度を測定する“スタディサプリ到達度テスト”の結果をビッグデータで解析することで、一人ひとりの生徒がどの科目の、どの範囲を苦手としているか、今後どこでつまずくかも先回りして予測できるような機能を提供しています。
先生にとっては、生徒一人ひとりの苦手分野が分かり、その克服をめざして個別の補習プラン、宿題プランをサプリで自動生成することができます。また、今後のつまずき予測に対して、授業の内容を調整したり、小テストで定着度を確認したりと、日々の授業内容の改善にも活用することができます。
スタディサプリ導入校では、学習進度に応じて個別学習の教材として、反転授業の教材としてなど、学校の取り組みによってさまざまな活用がある。(xavierarnau /iStock)
そして、生徒側にとっては、できる生徒は自分のペースでどんどん先取り学習を進められるし、遅れている生徒は苦手な所から立ち戻って復習ができるわけです。
生徒の学習習熟度に合わせた学習をプランニングし、先生がしっかり伴走することで、効率よく基礎学力を伸ばしていける。この点は、実際にスタディサプリを導入している学校の先生から極めて高く評価されている部分です。

「進路指導」は高校の大きな役割に

そしてもう一つ、「大学入試改革」を実現するためには、これまで以上に適切なキャリア教育と進路指導が高校に求められます。「学び」の先にどのような未来を描くことができるのか。それを生徒に示し、導くことがより重要になっていきます。
従来の高校における進路選択は「偏差値重視」でした。先生がこれまでの知識と経験を元に、「この大学がいい」「この学部がいい」と指導し、できるだけ偏差値の高い大学に入ることが最良、という価値観が支配的だったわけです。
しかし、新しい入試制度は、そのような経験則だけでは対応できません。日本中にある無数の大学、学部のアドミッションポリシーを把握し、生徒の適性を踏まえてベストな進路を提示するためには、先生たちにも新しい価値観と知識の積み重ねが必要になります。
また生徒側も、世の中が将来どのように変化していくかを見据え、早い段階から社会との関わり方を考えていくことが求められます。昔のように、「なんとなく有名大学へ行っておく」「有名な会社だから大丈夫」というようなキャリア観では、時代の変化に対応できないのです。
そのため、「スタディサプリ進路」では、適性適職診断アセスメントで第三者評価的に自分自身の性格を知る、仕事への適性を知るきっかけを提供するほか、高校1〜3年生の各学年に応じた進路テキストを通じて、今後の不確実な社会の変動や学校の教師も保護者も教えることのできない世の中にある多くの仕事・職業のことを深く学べるコンテンツを提供しています。
未来の社会や仕事についての学びを深められるコンテンツが、進路情報と組み合わさっている「スタディサプリ進路」
ブランドや知名度で進路を選ぶのではなく、自分の興味や関心がどのような学びにつながるのか、または自分の好きなことを学ぶためにはどんな学部と学科があるのかなど、自分は何者なのかという“自分探し”から進路を考えていくことが重要になっていくはずです。
生徒は大学の情報を得るだけでなく、興味を持った大学のパンフレットを請求したり、オープンキャンパスに申し込んだりすることも可能です。そうしたアクションは前述の「スタディサプリ for Teachers」に蓄積されていき、先生が適切な進路指導のために活用することができるようになります。

新たな取り組みのための時間を創出

このように、「スタディサプリ for Teachers」「スタディサプリ高校講座」「スタディサプリ進路」という3つのサービスを一つのプラットフォームに統合することで、先生の負担を軽減しながら教科指導・進路指導までを一気通貫して管理できること。それを過去5年間、実際に導入して頂いた1000を超える高校に寄り添いながら進化させてきたことが、学校現場におけるスタディサプリの強みです。
こうしたICTの利用が高校現場で当たり前になってくると、基礎知識教育・校務管理の生産性・効率性が劇的に向上し、先生がアクティブ・ラーニング型授業を始めとする新たな取り組みに時間をかけられるようになるはずです。
スタディサプリとしてもアクティブ・ラーニング型授業やプログラミング教育を提供する素材をオンラインで積極的に提供していきたいと考えています。
スタディサプリの「未来の教育講座」では、アクティブ・ラーニング型のさまざまなコンテンツが提供されている
また私個人としても、学校の「働き方改革」が広まることによって、先生がこれまで以上に、生徒一人ひとりのメンター・モチベーターになるための時間が創出されることに期待しています。これからも学校現場でのICT活用を粘り強く啓蒙していきます。

高校を「個人として生きる準備」の場へ

──スタディサプリを使った高校改革の目指す先とは、どのような「教育の形」になるのでしょうか。
私自身の理想をいうならば、藤原和博さんの著書のあとがきに、まさに「これだな」と感じる言葉がありました。
“高校とは義務教育を通じて、皆一緒に育てられてきた子供達を、それぞれ1人1人に引き剥がし、個人として生きる準備をさせる場なのだと。僕はそうして、引き剥がらせる高校生達に目には見えない武器を渡しながら、精一杯のエールを送りたい”
皆が一緒に成長していく小学校、中学校までと異なり、高校からは青年期に入ります。人間として成熟し、社会のなかで生きていくために、それぞれが「1人」になる。そして大学からは更に細分化された、自分だけの道を歩んでいくための準備をする場所として、高校は新しい役割を受け持っていきます。
これからの日本人は、不確実のなかで「自立」することが求められるでしょう。将来が予測できない社会のなかで、それでも自分の考えを持ち、自分の意見を発信できる、といえることが大切なのです。肯定感を持って、自分らしく生きていけるという実感こそ、自立の礎になります。
スタディサプリは、そうした「自立した個人」を育てる母体となり、あらゆる子どもたちに最高の学びを届けるプラットフォームでありたい。それが私の目指す新しい教育の形です。
(編集:呉 琢磨、構成:神谷加代/教育ITジャーナリスト、撮影:岡村大輔)