【小杉俊哉】可能性を拡大する「コミュニケーションの作法」

2017/3/28
優れたビジネスパーソンの共通点のひとつに「コミュニケーション力」がある。多くの人々と良好な関係性を築くことは、自らのスキルやキャリアの可能性を大きく広げる。では、ビジネスにおけるコミュニケーションの取り方に“コツ”はあるのか。人材開発、キャリア開発を専門とする慶應義塾大学大学院理工学研究科特任教授の小杉俊哉氏に聞いた。
日本企業の「人間関係」は破綻寸前
──あらゆるビジネス領域で「コミュニケーション力が重要」と言われて久しいですが、人間関係の上手い人、下手な人は何が違うのでしょうか。
小杉:個人のもっている資質やノウハウに左右される部分は大きいですが、それ以上に今の日本のビジネス環境は、よりよい人間関係を作るための「コミュニケーションの機会」自体が減ってしまっているという問題があります。
かつて、日本の企業で働くサラリーマンは、人と「オン」と「オフ」の場を使い分けることで深い関係性を構築していました。ふだんは上司と部下、先輩と後輩といった立場でわきまえて関わり合い、ときに上の者は下に厳しいことを言って指導する。ただし、厳しいだけでは上手くいかないので、そこを補うための場として、「オフ」のコミュニケーションがあったのです。
その典型的な例が、いわゆる「飲みニケーション」です。仕事帰りに上司が部下を誘って、居酒屋で飲みながらフォローをする。「みんなの前では厳しく言ったけど、君には期待しているんだ……」といった具合です。職場の外で酒を交えながら公私を超えて付き合い、関係を強化していたわけです。
もちろん功罪があり、飲みながらそこにいない「上司や会社の悪口を言い合う場」にもなりやすいため、マイナスの側面もありました。ただ、良くも悪くも「オン」と「オフ」の両面のコミュニケーションが、サラリーマンの人間関係を支えていたことは確かです。
しかし時代は変わり、多様なバックグラウンドと価値観を持った人々が集まる現在のオフィスでは、こうした古いスタイルは通用しません。
まず上司・先輩が誘えば飲みに行くという若い人たちが減り、社員旅行や運動会といったイベントもなくなり、オフィスが機能主義的にビジネスをする“だけ”の場になった結果、「オフ」がなくなってしまった。人間味のあるコミュニケーションができず、人間関係がどんどん殺伐化してしまっているわけです。
──欧米の企業だと、いわゆる「週末に上司の家でホームパーティ」的な交流が「オフ」のコミュニケーションといえるのでしょうか。
そうですね。たとえばシリコンバレーでは、多くの企業が金曜日の夕方に「beer bust」(ビールパーティ)をやっています。社内でひたすらビールを飲みながら、自由に動き回って皆で好き好きに話し合う。そこに経営陣も普通に交ざっていて、“縦横斜め”の人間関係が自然と生まれている。
必ずしもお酒が必要なわけでもありません。「オフサイトミーティング」も非常に活発ですね。会議室でミーティングもするのですが、海、山、川のそばでアクティビティを行ったりしてチーム力を高めることに半分くらいの時間を使います。海外の企業はもともと多様性のある人々が集まりやすいので、「オフ」のコミュニケーションの重要さがよく理解されているのです。
ほとんどの人は「関係を広げる」が下手
──では、われわれは今後、どんなコミュニケーションをとっていくべきなのでしょうか。
ビジネスだけに限りませんが、そもそも人間関係には、「深い|浅い」と「広い|狭い」という2つの軸があります。これまでの日本企業は社内の「深さ」ばかり追いがちでしたが、これからの時代は各人が、自分なりの「広さ」を求めて外に出ていくことが重要になります。
いわゆる社内の上司・部下や先輩・後輩といった、ふだん顔を合わせる人たちとの関係を深めることは、日々の業務を通じたスキルアップや効率化に繋がりますが、外の世界の人たちとの関係を作っていくことは、いわば“自分の世界を広げる”ことです。
日本のビジネスパーソンでこれを実践できている人は少数派です。企業のリーダーシップ研修、キャリア研修などを行っても、ほぼ全員が“目の前のコミュニケーション”にしかこだわっていない。社内の、それも自身が抱えている仕事の人間関係しか考えていないのです。
そのため、たとえば新しいビジネスを考えるために色々な人に意見を聞こうと思っても、もとから「深い」人たちばかりと交流してしまう。しかし、イノベーションに繋がる情報や斬新なアイデア、新しいキャリアのヒントをくれるのは、むしろ「浅い」、従って遠い関係の人たちであることが圧倒的に多い。
自分とは縁遠い業界で活躍している知人や、社内でも遠い部門の人、まだ会ったことがない人こそ貴重な存在であり、浅く遠い関係の人ほど、大きな転機を与えてくれたりするのです。
米国スタンフォード大学の社会学教授、マーク・グラノヴェッター氏は「弱い紐帯(ちゅうたい)の強み」という概念を、もう40年も前に提言しています。
ビジネスやキャリアのヒントとなる助言や情報、イノベーションのきっかけなどは、普段交流している人から得られることは極めて限定的、というものです。逆に、これまで会ったことがない、遠いネットワークにいる人たちからもたらされるのです。
相手との関係性を自分で判断しない
──では、自分のネットワークを広げるための具体的なコツはあるのでしょうか。
性格によって上手い下手はありますが、経験を積めば誰でも、最低限の人付き合いはできるようになるものです。なにせ私自身、初対面が苦手なタイプですから(笑)。それゆえに実践しているコツでいえば、「メールで全て解決しようとしないこと」「出会った相手のことを自分で判断しないこと」の2つに尽きます。
たとえば私は、連絡や誘いをくれた相手とは、スケジュールさえあえば基本的に全員と会ってコミュニケーションします。しばらく会っていないとか、初めて会う相手だからとか、そういったことで会う・会わないは一切判断しません。
相手がどういった立場の人で、世間からどう評価されているのかといったことも気にしません。だから、ネットで得られる情報も最低限にします。相性はもちろんありますが、事前に自分で相手の印象を持つこともしません。自分との関係性は、相手が決めることだと考えています。つまり、こちらから切ることはない。すると、自然とネットワークが広がっていきます。
また、仕事熱心な人ほど「ビジネスにつながるかどうか」で関係性を判断しがちですが、それは禁物です。
たとえば私の娘が20年以上前に通っていた幼稚園を通じて知り合った保護者の人とは、今でも一緒に飲みに行ったり、ゴルフに行ったりする関係です。息子の中高の同級生の親御さんや、部活の先生とも同様です。まったく違う業界で活躍している人から、貴重な情報を聞けることも多々あります。
現在の私の仕事は、ほとんどこうした人づての紹介から始まったものばかり。どれも打算なく出会った「浅く」「広い」関係からのご縁です。
初対面の人とコミュニケーションをする際のコツは、決して身構えないこと。こちらが身構えると、相手も構えてしまいます。自然体で素の自分をさらけだして、判断は相手に任せればいいのです。
「場所を変える」と新しい関係ができる
──社内外を問わずに関わりを持った人と、関係を「深める」ためのコツもあるのでしょうか。
「ふだんとは違う場所にいく」ことですね。自分から「オフ」を作るしかありません。ふだん社内でしかコミュニケーションのない関係でしたら、まずは外に出てみる。いつもとは違う店や場所に足を運ぶといいでしょう。
たとえば、後輩と距離を縮めてコミュニケーションをとりたいなら、やはり気楽な居酒屋のような場所が向いていますが、上司・先輩といった目上の人たちを誘うなら、職場近くのホテルのラウンジのような場所がおすすめです。
できれば職場近く、軽く1杯飲んで仕事に戻れるような場で、時間も30分~1時間程。実際にそういった場に足を運んでみると分かりますが、気分は高揚し、気持ちが引き締まるような感覚になります。話題は自然とポジティブで、建設的な内容が多くなります。
たとえば、これからの自分のキャリア、手がけてみたいプロジェクトなどを心地良い空間の中で話してみる。会話の内容がいつもと違うわけですから、お互いのふだんとは違った一面を知ることができる。それによって、新しい関係性の芽が生まれてくるでしょう。
また知り合ったばかりの人や、少し苦手な人を誘うのもホテルなどのラウンジは便利です。居酒屋とは違ってフォーマルにお誘いできますし、適度な距離感を持って会話ができます。
──先進的な企業のなかには、社員に「会社から出て、外の世界と接しろ」と推奨する動きが出てきています。
そうですね、実際に大きな実績を残すビジネスパーソンは、積極的に外に出ています。Googleの20%ルールや3Mの15%カルチャーは、そうした動きを後押しするものですね。
企業がフリーな時間を公に与えることで、多くのビジネスパーソンは堂々と社外に飛び出せる環境に変わり始めています。そしてその場で得られたアイデアや人脈から、新しいサービスやイノベーションが生まれている。
会社の中、外にこだわることなく、自分なりの新たなネットワークを広げていくこと。これからの時代、自分自身の可能性を最大化するもっとも確かな方法といえるでしょう。
(編集:呉 琢磨、構成:杉山忠義、撮影:岡村大輔、小沢朋範)