IoTスタートアップの“雄”は、なぜ垂直立ち上げに成功したのか
2017/3/23
「Amazon Web Services(AWS)」の日本での立ち上げを指揮した玉川憲氏が設立したIoT事業のソラコム。設立後間もない時期で約37億円の大型資金調達や超大手との協業など矢継ぎ早に策を打ち、IoT業界で一気に頭角を現した。ソラコム急成長の秘訣とは何か。そのインフラを支援していたネットプロテクションズの小猿雄一氏が、スタートアップの手本となるような垂直立ち上げの戦略ストーリーを聞いた。
きっかけはIoTの大きな足かせ
小猿:AWSを日本で立ち上げ、エバンジェリスト(伝道師)として幅広く活動していた玉川さんが、アマゾンデータサービスジャパンを離れて独立した時は、驚きました。ソラコムを創業したのは、どのような理由があったのですか。
玉川:私はソラコムを創業する前、IBMとアマゾンに籍を置き、一貫して次世代テクノロジーの研究開発とそれを伝える仕事に携わってきました。
アメリカ留学時にAWSの発表を聞いた時は、衝撃が走りました。数百万円、場合によっては数千万円のお金と数カ月の時間をかけなければ得られなかったコンピューターパワーを、少額・短期間で利用できる環境を整えたわけですから。
私はそれと同等、もしくはそれ以上のインパクトをIoTに感じました。あらゆるものがネットワークにつながるようになれば、社会は豊かになり新しいビジネスも生まれる。IoTを実現するためのインフラをつくりたいと思ったことが創業のきっかけでした。
小猿:創業前の環境では、IoTを広く普及させるのは不可能と感じたのですか。
玉川:はい、私が課題に感じたのは「通信」でした。
現在の通信サービスは、PCやスマホ、タブレットなど人が利用するデバイスを前提に設計され、価格設定されています。IoTとは、あらゆるものに通信機能が備わり人を介さずにデータをやりとりする世界ですから、当然デバイスの数は今とは比べものにならないくらい爆発的に増える。
それにもかかわらず、現在の通信サービスは価格が高くて、大量のデバイスを配置することができないんです。センサーやカメラといったデバイスの価格は下がり、手に入りやすくなったものの、通信コストは依然高いまま。
だから、私は簡単に使えて、適正な価格の通信サービスを提供しようと考えたわけです。いわば、「通信の民主化」です。アマゾンがコンピューターリソースを民主化したと言えるなら、私はIoTにおける通信インフラの民主化をしたいと考えました。
ですから、ソラコムはデータ通信SIMとクラウドを組み合わせ、暗号化機能も備えたインフラを安価に提供し、大量のデバイスの通信の監視・管理も私たちが担うかたちのサービスを企画したんです。
小猿:玉川さんのアイデアをかたちにできた理由は何ですか。
玉川:エンジニアの力です。クラウドでセキュアなIoTプラットフォームを構築するためには、ネットワーク、クラウド、セキュリティといった幅広い分野の先端テクノロジーを熟知するフルスタックエンジニアが必要で、当社にはそのような人材がそろっています。私もエンジニア出身ですが、私だけの力だけでは無理。優秀な人材が楽しんでつくっているからこそ実現できたと思っています。
設立して間もなく37億円の資金調達
小猿:斬新なアイデアとそれをかたちにするエンジニア力があっても、資金の調達やマーケティングに手を焼いているスタートアップは多いです。私たちもそうでした……。その点でみると、ソラコムは一線を画しています。資金調達で言えば、創業して間もなく37億円もの資金調達に成功している。
玉川:ここだけの話、最初は立ち上げメンバーの自己資金で経営しようと思ったんです。サービス開発を進めながら、一方で私の技術を生かしたコンサルティングサービスを提供して運営資金に充てようとしていました。そうしたら、スタートアップに詳しい顧問弁護士に、「そんな甘いことを言っていたら立ち上がらない!」と説教されまして(笑)。
思うようにお金を集めることができた理由は複数ありますが、その中でも私たちのビジネス領域に可能性を感じてもらえたことが大きいです。
PCやスマホ、タブレットを持つのはせいぜい1人につき1〜3台でしょう。IoTデバイスはそれとは比べものにならないほど多いですから、それを支えるインフラにも高いマーケットポテンシャルがある。それが投資家の関心を高める要因になりました。
玉川流マーケ戦略は「情報を出さない」
小猿:マーケティングはどのような戦略があるのですか。玉川さんの知名度はあるとはいえ、ソラコムは一気に注目を集めた印象です。エバンジェリストとしての経験が生きているような気がします。
玉川:ソラコムでは、サービスを発表したその瞬間からすぐにサービスを使えることをとても大切にしており、その前に情報を出しません。
ソラコムは2015年3月に創業後、約半年、意図的に全く情報を出しませんでした。「何をやりたいか」くらいは話していましたけれど、それ以外はひた隠し(笑)。
約半年経った9月、サービス内容の発表と同時に発売日もその日に設定し、すぐに申し込めるようにしました。サービスに興味を持ってくれたのにすぐに購入できないでは、みなさんに忘れられてしまい、チャンスを逸しますから。それだけではなくて、APIの公開、他社との協業を促進するためのパートナー制度も発表しました。
情報を出さないことで、メディアやユーザーに関心を持っていただき、出す時は一気に出して驚きを感じていただく。私たちの活動に関心を持ってもらえるようにするためのちょっとした工夫ですけれど、それによってニュースバリューは大きく変わったと思います。
2015年9月にサービスを発表したイベント「ITproEXPO IoTJapan2015」には、パートナー企業とともに共同出展。ソラコムを中心とした協業体制を印象づけた。(写真提供:ソラコム)
コア業務以外はプロに任せる
小猿:なるほど。ソラコムはそうした商品力、マーケティング力を武器に斬新なサービスを一気に世の中に広めましたが、そのほかの業務で戦略的に進めていることはありますか。
玉川:コア業務以外は、外部のプロフェッショナルの手を借りるというのが私の考え方。専門家を雇うよりもプロに任せたほうが合理的で、総合的にみるとコストも抑えられると思っているからです。
だから、コア業務以外の管理系の業務でも、極力外部のサービスを利用することを考え、決済もプロのサービスを使うことになりました。
ソラコムのサービスは、SIMカードをアマゾンなどで購入し、IoTを利用するデバイスにセット、インターネット上で利用者情報などを入力すれば、あとは通信の利用量によって自動的にクレジットカードで課金となり、ユーザーは簡便な手続きで済むように努めました。
良いサービスでも購入手続きが面倒では使ってもらえませんから。私たちにとってもクレジットカードは手間がほぼかかりませんから有効的でした。
ただ、大手のお客様やたくさん利用していただいているお客様では、クレジットカードでの決済は難しく、一般的な企業間の決済、請求書ベースのやりとりが必要になりました。そうなると、与信管理や請求書の発行、振り込まれたかどうかの確認など煩雑な作業が増えてくる。ですから、決済周りの業務を一括で、その道のプロのネットプロテクションズに任せることにしたんです。
私たちが使っている「NP掛け払い(旧名称:FREX B2B後払い決済)」というサービスは、どのような経緯で生まれたのですか。
小猿:「FREX B2B後払い決済」は、もともと通販業者向けに提供していた「NP後払い」というサービスを、B to B、企業間取引向けにアレンジしたもので、与信管理、請求書の発行、入金管理、督促、回収といった決済業務をすべて代行、未回収リスクも保証も当社で担うものです。
玉川:私たちの判断では与信が難しい新規の取引先や中小企業、個人事業主などのお客様に対して、特に利用価値の高いサービスです。自分たちであれば、取引を断っていたかもしれないお客様でも、安心して取引しているケースがたくさんありますから。
発注相手は「伸びるかどうか」で決める
小猿: 先ほどコア業務以外は積極的に外部サービスを利用するという話がありましたが、ほかにも外部サービスを利用しているケースが多々あると思います。どのような選定基準で選んでいるのですか。
玉川:実績、サポートの充実も理由でしたが、一番のポイントは、今後そのサービスを提供する企業が“スケール”するかどうか。
私たちは急速な成長を見込んでいます。ですから、それだけの成長に応えてもらえるだけの成長性がその企業にもあるかどうか、私たちのリクエストに迅速に応えてくれるスピードや対応力があるかどうか。それを私は見て、発注先を決めています。
だから、決済業務においてネットプロテクションズが今後大きく成長するだろうとみています。なくなられると困りますし(笑)。
(文:杉山忠義、写真:森カズシゲ、編集:木村剛士)
企業間決済サービス「FREX B2B後払い決済」の詳細は
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