三菱商事は「経営人材」のプロ集団になれるか

2017/3/13

他の商社との比較は必要ない

伊藤忠商事が三菱商事を抜き「純益No.1商社」に──。
昨年の商社にまつわるニュースは、この“首位交代”の話題一色だった。
しかし、早くも1年で、三菱商事の王者返り咲きが濃厚になっている。
2017年3月期の三菱商事の純益は、資源価格の回復もあり、期初予想の2500億円から、4400億円へと大幅に上方修正。伊藤忠商事の純益計画3500億円を上回る見込みだ。
3月10日時点の時価総額を見ても、三菱商事は3.99兆円に達しており、3.05兆円の三井物産、2.73兆円の伊藤忠商事を引き離している。
ただし、当の三菱商事自身は、商社の横並び比較に関心はない。
昨年4月より三菱商事を率いる垣内威彦社長(61歳)は「他の商社と比較してもらう必要はないですし、そういう意識はほとんどありません」と語る。
「それぞれの商社にはそれぞれの価値観があっていい。『それぞれの商社は違う』というステージにもう入ってきていると思う」(垣内社長)。
同様に、三井物産の安永竜夫社長も「商社横並びの時代は終わった」と明言。商社各社の方向性が分岐し始めている。

「三菱商事3.0」の時代

では、商社の雄たる、三菱商事はどんな商社を目指しているのか。
そのキーワードとなるのが、「事業経営」だ。
その意味を説明するために、商社と三菱商事の歴史を少し振り返ってみよう。
そもそも、商社は、モノやサービスの売り買いを行う「トレーディング機能」や、海外進出の取りまとめなどを行う「オーガナイザー機能」を主にしていた。輸出入による手数料を収益柱としていた時代だ。
これを「三菱商事1.0」の時代と呼ぼう。
しかし、バブル崩壊、商社の中抜きなどにより、手数料ビジネスは限界を迎える。いわゆる、「商社冬の時代」の到来だ。
その打開策となったのが、資源などへの「事業投資」である。とくに2000年以降、各社とも大型投資に打って出た。
三菱商事も、チリの銅鉱山事業、インドネシアのLNG事業、オーストラリアの原料炭事業などに対し、数千億円規模の投資を実施。さらに、2001年にはローソンの筆頭株主に躍り出るなど、小売分野での投資も加速した。
この「事業投資」を中心とする時代が「三菱商事2.0」である。
しかし、2015年ごろから、資源価格が急落。「事業投資」のビジネスモデルにも綻びが生じ始める。三菱商事も例外ではなく、2016年3月期には、資源分野で3850億円もの減損を計上し、創業来初の赤字に転落した。
もはや資源への「事業投資」だけでは成長できない──。
そんな危機感から、垣内体制の三菱商事は「事業経営」へと大きく舵を切り始めた。
資源分野のようなマイノリティー出資でなく、自らマジョリティをとって、経営を行い、価値を生み出していく。「事業経営」の会社として、経営のプロをどんどん輩出していく時代。それが「三菱商事3.0」である。
2020年頃には、資源分野で3000億円の純益を上げるとともに、事業経営力を高め、非資源分野で3500億円を稼ぐ。それが、垣内社長が掲げる中期計画だ。
出所)三菱商事「中期経営戦略2018」を基に編集部作成

経営者育成の「5つの切り口」

ただし、事業経営のプロ、経営人材と言っても、イメージが沸きにくい。とくに、事業領域が多岐にわたる商社ではなおさらだ。
現在、三菱商事には、関係会社が約1200社あり、社長、CFOなどの経営人材が500〜600人派遣されている。
加えて、本社で経営を担う人材や、社内で起業した人材もいる。その数を足すと、6000人程度の単体の社員のうち、1000人ほどが事業経営に携わっていることになる。
いったい、三菱商事には、どんな経営人材がいて、どんな経営を行い、どんな価値を生み出しているのか。そして、次代の経営人材をどう育てているのか。
その現場を探るため、NewsPicks編集部は、垣内社長を含む、三菱商事の10人の「経営人材」に取材。30代から60代まで、東京から中国、インドネシア、タイ、タンザニア、ロンドン、トリニダード・トバゴまで、「モノ作り」「新興国」「参謀」「多国籍軍」「社内起業」の5つを切り口に、経営人材たちのリアリティに迫った。
当初、「事業経営へのシフト」の意味が社内でもなかなか理解されず、2016年の7月後半以降は、国内外の拠点を行脚して、そのビジョンを説いてまわったという垣内社長。
これからの三菱商事は、これまでの三菱商事とどこが違うのか。自身の事業経営のキャリアとともに、新しい三菱商事像を語る。
従来の商社マンと「モノ作り」は縁遠いようにも思える。しかし、世界中で、三菱商事の社員は、モノ作りの現場でも経営経験を積んでいる。
中国の江蘇省にある中国最大級のコークス専業メーカーで常務副総経理を務める藤田巌(36歳)と、インドネシアで、自動車部品向けの線材加工メーカーなどを製造するIWWIの社長である小萱伸之(48歳)のモノ作り経営を追う。
商社といえば、海外赴任。とくに近年は、新興国でのプロジェクトも増えている。インフラも組織も十分に整っておらず、日々変化する新興国は、若くして修羅場経験が積めるリーダー育成の場だ。
2017年4月より、タンザニアのダルエスサラーム駐在事務所長に赴任する細田雄介(37歳)と、トリニダード・トバゴでメタノール・ジメチルエーテルの製造・販売事業を担う實松力(45歳)の二人を通して、新興国経営の最戦前を描く。
経営人材とは何も社長だけを指すわけではない。社長を支える参謀も、三菱商事が生み出すリーダーのモデルである。
三菱商事と三菱UFJフィナンシャル・グループが出資するプライベートエクイティ、丸の内キャピタルで副社長を務める石塚真理(46歳)と、バンコクでクレーンリース会社の副社長を務める瀬之口哲郎(41歳)の「参謀としてのマネジメント」に迫る。
海外のマネジメントと国内のマネジメントの大きな違いは、多様性だ。阿吽の呼吸が通用しない環境の中で、ダイバーシティ・マネジメントの質が問われる。
ロンドンを拠点として、再生可能エネルギーに関する電力案件の開発、建設、運転開始後の管理などを行う、Diamond Generating Europe(DGE)。同社社長の鈴木圭一(47歳)が、多国籍軍団を率いるためのマネジメントを熱く語る。
三菱商事の社内で起業する、いわゆる、イントラプレナー(社内起業家)も増えている。
共通ポイント「Ponta(ポンタ)」事業を行うロイヤリティ マーケティングを立ち上げた、長谷川剛社長(51歳)と、日立製作所との合弁でドローンを活用したリモートセンシング事業を起業した、スカイマティクスの渡邊善太郎COO(38歳)に、三菱商事流の社内起業について聞く。
「スキルは5年もあれば覚える」と語る垣内社長。経営者に必要とされるのは、スキルではなく、それよりも大事なものが3つあると言う。
三菱商事は、経営者を生むための道場、比叡山のような場所になると語る垣内社長。自身の「経営人材論」を披露する。
本日公開
(撮影:竹井俊晴)