「子ども見本市」と起業家の卵たち

からりと晴れた10月のある朝のこと。テキサス州オースティンの丘に立つ白亜の豪邸ピース・マンション(別名「ウッドローン」)の庭は、大勢の人で賑わっていた。
手入れの行き届いた美しい芝生の庭には白いテントが6つ。そこで起業家の卵たちが、アイスコーヒーから陶磁器、犬のおやつ、ピクルス、グルテンフリーの焼き菓子まで、ありとあらゆるものを売っている。
見るからに「手づくりの品」だけでなく、セキュリティーソフトウエアや木製のVRヘッドセットを売っているブースもある。
「ベーカー・ブラザーズ・デザインズ」なる看板を掲げて、文房具を売っている兄弟もいる。身近なアイテムにサイケなイラストを描きこむ「アーティスト」は弟で、兄はセールスマンだ。商品は手づくり品販売サイト「エッツィー」でも売っているという。
でも、ここはヒップな若者が店を出す蚤の市ではない。「店主」はみな十代かそれ以下の子どもで、最年少は5歳だ。

世界25都市に系列校、さらに26校がオープン

邸宅を所有するジェフ・サンディファー(56)が、テキサス大学の起業家教育に関わり始めたのは30年前のこと。その後、同大とは独立したMBA取得課程「アクトン・ビジネススクール」を設立した。
サンディファー夫妻はさらに、幼稚園から高校までの私立学校アクトン・アカデミーを設立。現在、クアラルンプールなど世界25都市に系列校を持つ。今年はさらに26校がオープン予定だという。
このアクトン・アカデミーのひとつのプログラムとして始まったのが「アクトン子ども見本市(Acton Children's Business Fair)」だ。定期的に開かれる半日のイベントで、5〜15歳の子どもが手づくりの商品やサービスを販売する。
昨年は提携する子ども見本市が全米17カ所で開かれた。今年は50カ所に増えると、サンディファーは語る。「PRはゼロ。すべて口コミで広がった」
その日、ピース・マンションの庭では地元の子ども230人が110の店を出し、約2300人の客が集まった。子どもたちのアイデアや売り口上がかわいいのは言うまでもない。
だが、それよりも重要なことが起きていた。

起業カリキュラムを全米にライセンス

全米で、子どもに起業の基本を教えるプログラムが広がっている。オースティンだけでも、専門の財団から放課後プログラム、夏休みプログラム、高校生向けプログラムなどさまざまなものがある。
「オースティンで青少年向けの起業プログラムを実施している団体のリストを作ったら、3ページになってしまった」と、中部テキサス起業家財団のリー・クリスティー事務局長は言う。同財団も青少年向けプログラムを複数運営している。
ヒューストンから全米60都市に広がった「レモネードデー・オースティン」もその一つだ。
今年のサウス・バイ・サウスウエスト(SXSW)でも、青少年の起業について複数のセッションが開かれるほか、青少年によるスタートアップ・コンテストが開かれる。
オースティンで最も野心的なプログラムは、2年前からクロケット高校とその学区の公立幼稚園、小学校、中学校で始まった全米初(とされる)の起業教育「ステューデント・インク(Student Inc)」だろう。
このプログラムの最終段階は、インキュベーター・クラスとアクセラレーター・クラス。インキュベーター・クラスでは、生徒たちが事業計画を練り、資金調達のチャンスを競い合う。アクセラレーター・クラスでは、実際にその事業を運営する。
モデルとなっているのは、4年前にシカゴ郊外のバーリントン高校で始まったプログラムだ。
地元の企業関係者と教育関係者が非営利団体「インキュベーターエデュ(INCubatoredu)」を設立し、そこで開発したカリキュラムを全米の学校にライセンスしている。現在、少なくとも全米13州6校が、そのライセンスを取得している。

起業家のように考え、行動する必要性

いまやマーク・ザッカーバーグやイーロン・マスクがロックスターのような扱いを受け、リアリティー番組『シャークタンク』(起業家たちが事業計画のプレゼンをして投資家から事業資金を調達する『マネーの虎』のような番組)が家族で視聴される時代だ。
親が子どもに起業を促すようになったとしても驚きではない。「とりあえずやってみる」という意識を育むうえでも有効だ。
だが、起業は子どもの遊びではない。勇気と粘りが必要だ。それにほとんどの新規ビジネスは失敗に終わる。
起業家の資質は育てるものではなく、持って生まれるものだと言われるようになって久しい。キングス・カレッジ・ロンドンは最近、起業家の資質は遺伝子と関係しているという証拠を発見した。いずれにしろ、起業が万人向けの仕事でないことは明らかだ。
ではなぜ、誰にでもできると言いたげなプログラムが増えているのか。
それは「仕事」のあり方が変わったからだと、カウフマン財団のビクター・ホアン副理事長(起業担当)は言う。私たちはみな起業家にならなければならない。少なくとも起業家のように考え、行動しなくてはいけない。
「学校教育は長年、工業社会の仕事の見つけ方、仕事のこなし方を念頭に構築されてきた。だが新しい経済では、どんな仕事に就いても起業家のように考える必要がある」と、ホアンは言う。青少年の起業家教育は「たんなる流行りのトレンドではなく、新しいマクロ経済に適応するためのものだ」
「IBMに就職して、30年勤め上げ、年金をもらうというモデルはもはや時代遅れになった」と、オースティン独立学区のクレイグ・シャピロ副教育長(高校担当)は語る。シャピロはクロケット高校の起業教育プログラム「ステューデント・インク」を立ち上げた人物でもある。
「2020年までに、米国の仕事の40%は本質的に起業的なものになる。それなのに教育はいまだに工業社会型で、子どもたちが新しい現実社会に入っていくための準備をしてやっていない」
シャピロやサンディファーらのイニシアチブは、工業社会型の教育とはほど遠い。それどころか、まとまりがないようにさえ見える。うさんくさそうなものも多い。その一方で、アクトン子ども見本市のように、見事なものもある。

起業家として成功する資質は学べるか

これらの新しいイニシアチブは「起業家精神は教えられるのか」という月並みな問いにとらわれず、もっとささやかだが重要な問いに挑戦している。それは「起業家精神や起業家として成功する資質は、学ぶことができるのか」だ。
ジェフ・サンディファーが生まれ育ったのは、ダラスから車で2時間ほどの田舎町アビリーン。父親は石油関係の仕事をしていて、サンディファーに十代のうちに油田で肉体労働を経験するよう勧めた。そこで高校2年生の終わりの夏休み、サンディファーは石油タンクのペンキを塗るに雇いの仕事を得た。
働き始めてすぐに気がついたのは、多くの日雇い労働者の実質的な労働時間は申告時間の3分の1程度だったことだ。
「だから自分で会社を立ち上げて、高校のアメリカンフットボール部のコーチたちを雇うことにした。学校が夏休みの間、彼らは暇だからね」と、サンディファーは語る。「それにみんなピックアップトラックを持っているから、それで工具を運べたし、暇そうな部員を手伝わせることもできる」
何より重要なのは、サンディファーは時間給ではなく出来高ベースで支払いをしたことだ。ベテラン労働者がタンクバッテリー(通常3〜4個のタンク群)のペンキを塗り直すには3日かかる。ところがコーチたちは1日で3つのバッテリーを塗り直した。
「10分の1の資本コストで生産性は9倍だ!」と、サンディファーは言う。その夏、彼はこの事業で約10万ドルの利益を上げた。
やがてサンディファーは、自分の家庭環境がこのビジネスを思いつく助けになったことに気がついた。
「私は、父が石油や天然ガスの取引をまとめるのを見て育った。夕食の話題は、父が関わっている取引の話だった。当時は、どの家庭もそういう会話をしていて、みんな私と同じ経験をしているのだと思っていた」
夏休み以外にも、サンディファーは隣近所を訪ねてガラクタを集め、それをガレージセールで売って小遣いを稼いだ。やがてサンディファーは、規模が小さすぎるとして石油大手が相手にしない油田を開発し、30歳になるまでに5億ドルを稼いだ。

自分が得意で楽しめることを追求する

アクトン・アカデミー事務局にあるミーティングルームの本棚には、エリック・リース著『リーン・スタートアップ』(邦訳:日経BP社)や、クレイトン・クリステンセン著『教育×破壊的イノベーション〜教育現場を抜本的に変革する』(邦訳:翔泳社)とともに、サンディファーの著書『ヒーローのための現地ガイド』(A Field Guide for the Hero's Journey)が置かれている。
この本は、サンディファーがカトリック教会の司祭ロバート・シリコと共著したもの。シリコは1990年にミシガン州にシンクタンクの「アクトン宗教・自由研究所」を設立し、サンディファーはその理事を務めていた。アクトン・アカデミーの名前はこの研究所に由来する。
サンディファーは「意義深い人生」を追い求めることを「ヒーローの旅」と呼ぶ。どちらも彼が大好きな言葉だ。
彼に言わせれば、起業家精神とは「自分が得意なことや自分が楽しめること、そして世界が必要とすること(少なくとも人々がお金を払ってもいいと思うもの)を追求すること」だ。
アクトン・アカデミーは、この探求をサポートすることを中核的な理念として構築されている。モンテッソーリ教育と同じように、アクトンの教員は「ガイド」と呼ばれ、子どもたちにプロジェクトを自主的に考えさせ、その問題を解決するためのリソースに方向付ける働きをする。
このリソースには、サンディファーが開発を依頼したオンライン・シミュレーションゲームが含まれる。工場の生産性を低下させている問題を発見したり、値下げ競争をせずに水を売る方法を競ったりする。
もともとMBA取得課程向けに開発されたゲームだが、子どもたちも多くを学べることがわかって導入された。

見本市で学んだ「ビジネスの教訓」

子ども見本市で一番重要なのは、子どもたちが会場に行って、何かを立ち上げ、それを1日運営することだと、サンディファーは考えている。「『ちょっとしたものを売ってお金を稼いだよ。楽しかった。またやりたいな』と子どもたちが言ってくれるのが一番だ」
サンディファーがよく例に挙げるのは、中学2年生のリース・ヤングブラッドだ。ヤングブラッドは昨年、見本市で手描きのイラスト入り文房具を売り、3時間で3000ドルを売り上げた。
その前の年は、パステルの肖像画を描いたり、藍染めのドレスやポンチョ、スカーフを売ったり、兄と協力してゴミ拾いキットを売ったりした。
「私は生まれながらのアーティストなんです。アート作品をつくるのが大好き」と、ヤングブラッドは言う。「あの見本市のおかげで、起業家精神とアートへの情熱を結びつける方法を見つけることができました」
現在、彼女がデザインする文房具と刊行物は、オースティン市内の2つの店で売られている。
筆者はアクトンの中学生12人ほどと話したが、ヤングブラッドほど非凡な集中力と本気でビジネスを立ち上げる熱意のある子どもには出会えなかった。それでも彼らはこのプログラムから貴重な教訓を得ている。
中学1年生のテート・ステーカーは、5年前から子ども見本市に参加している。「商品」は自作のゲームだ。今年は「マナティー戦争」なるボードゲームを作ったところ、1日で売り切れたという。そこで彼は埋没費用を警戒しすぎることの問題点を学んだ。
「ボードゲームを1つ作るのには多くのコストがかかる。ウェブサイトからトランプをプリントアウトしたり、ボードやサイコロの材料を買ったりね」と、ステーカーは言う。
「だからもっと(材料を)買うのを控えてしまった。そのせいで、もっと多くの利益を上げるチャンスを逃してしまった。もっと(材料を)買っていれば、もっと売り上げを伸ばせただろう。でも僕は、埋没費用が大きくなるのが怖くてできなかったんだ」
※ 続きは明日掲載予定です。
原文はこちら(英語)。
(執筆:Tom Foster記者、翻訳:藤原朝子、写真:RichVintage/iStock)
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This article was produced in conjuction with IBM.