世界10都市同時開催、“未踏“なビジコンの舞台裏

2017/3/10
大手企業はイノベーションを求めて、スタートアップとのコラボレーションに積極的。業種・業界を問わず、さまざまな企業がオープンイノベーションコンテストの開催に躍起になっている。その活動のほとんどは国内にとどまっている中、この2ー3月、世界9カ国10都市でコンテストを開催した企業がある。NTTグループのIT企業、NTTデータだ。オープンイノベーション全盛の中でも、ここまでの大仕掛けは類がない。前人未到のプロジェクトの裏側をのぞいた。

約1か月間で世界10都市開催

年商は1兆6700億円(連結、2016年度予想)で、10万人超の従業員を有する国内最大手のシステムインテグレータでも、新しい価値の創造には試行錯誤を繰り返している。
「自社のリソースや手法では、これまでの延長線上にある商品やサービスの強化に止まってしまう。世の中を変えるようなイノベーションを起こすためには、社内外にあるさまざまなアイデアを掛け合わせるべき」
NTTデータで約20年、新規ビジネスの創出業務に関わり、全社横断的にオープンイノベーション事業創発プロジェクトを推進するイノベーション推進部オープンイノベーション事業創発室の残間光太朗室長が出した一つの結論だ。
NTTデータは約4年前、スタートアップの技術やアイデアと自社のリソース、そして顧客企業がWin-Win-Winの関係でイノベーションを起こす(=オープンイノベーション)ことを目的に、オープンイノベーションフォーラム「豊洲の港から」やスタートアップを募ったビジネスコンテストを開始した。
その中で、発掘したユニークなアイデアやテクノロジーを持つスタートアップと協業し、新たな価値を生み出してきた。過去4回の開催の中で、NTTデータの共同利用型インターネットバンキングサービスに接続するAPIを開発し、コンテストで受賞したマネーフォワードやfreeeのFintechサービスと金融機関を連携するなど「結果」を出している。
とはいえ、残間室長の脳裏には、手応えとともに物足りなさがあったという。イノベーションを生むためには、もっと広く世界とつながり、知見を取り入れる必要があるという危機感が、2年ほど前からあった。
そこで、残間室長は、第5回は世界を舞台にすることを2016年3月に宣言。しかも、約1か月の間に世界9カ国10都市で開催するという“前人未到”プロジェクトをぶち上げた。残間氏が言う“10x”(1拠点から10拠点への拡充)だ。北米、南米、欧州、そしてアジアでビジネスコンテストを開き、各地のトップスタートアップを日本にきてもらい、世界No.1のスタートアップとビジネスを始めようというわけだ。

前人未踏を成し遂げたチーム

開催時期と世界10都市でやることしか決まっていないほぼ白紙の状態。しかも、6人のプロジェクトメンバーの誰もが、世界でのイベント企画・運営の経験がない。そんな中で始まった暗中模索のプロジェクトだった。
とはいえ、2月2日のブラジル大会から3月2日の東京大会まで、世界10都市でのビジネスコンテストはすべて滞りなく終了した。3月15日に各都市の優勝企業が東京に集結し、国境を超えたビジネスコンテストが幕を開ける。
これまでの10倍の規模ともいえる前人未踏のコンテストは、なぜ、順当に遂行されたのか。その裏には、最大手のイメージを覆すチームメンバーのスタートアップスピリッツがあった。
世界とのパイプ役 岡田和也氏
写真中央が岡田和也氏。ハッピを着て各大会のコーディネートに徹した
海外では知名度が少ないNTTデータのコンテストに参加してもらうためにオープンイノベーションの考え方で、各地のスタートアップ事情に精通する有力企業や団体と協業する道を選んだ。
そのアライアンスを推進したのが、海外勤務も含め人生の半分は海外在住だったというNTTデータでも異色のグローバル人材の岡田氏である。各地でイベントを開催するためのパートナーと信頼関係を結ぶために残間氏とともに世界を走り回ったが、9月にピンチを迎える。
「参加者募集開始の前月にシリコンバレーのパートナーが会社売却のため契約辞退の連絡が入った。ピンチを救ってくれたのが現地拠点の社員達。ボランティアでコンテストの準備を推進してくれた。一体感を感じた瞬間だった。ロンドンやサンパウロでも思いもよらず精力的な支援が得られ、グループ全体のイノベーターのパッションが繋がったとの感触を得た。」
様々なトラブルに見舞われる中でも、あきらめることなく10都市での開催実現にいたったのは、岡田氏の調整、そして、その思いを汲み取った現地のパートナーや当社グループ企業の社員たちだった。
混乱を吸収したプロジェクトマネージャー 町澤俊介氏
急遽プロジェクトに参画しメンバー間のコミュニケーション活性化や進行の見える化などを手がけ、プロジェクトを下支えした
残間室長と岡田氏が協業相手を現地で獲得する「攻め」だとすれば、町澤氏は「守り」の要。残間氏らが取り付けてきたアライアンスの具体的な契約手続きや現地パートナーとの協業内容の管理、イベントの運営の取り仕切りを東京側で行っているチームのまとめ役だ。
「私はこのプロジェクトの当初の立ち上げメンバーではありません。7月に異動してきて別の業務をしていたのですが、コンテストが近づき、残間が世界を飛び回るなか、日本で細かな部分を詰める人が必要になり、急遽参加することになりました。」
プロジェクトの全体像を見える化し、世界を飛び回る残間と岡田、そして日本側のメンバーとの橋渡し役を担った。各地パートナーとの複雑な契約処理を高速に進める山田と村田といったメンバーも含め、散らばったピースを結びつける潤滑油としてチームをまとめ、プロジェクトを現実のものへ、と導いた。
「世界10か都市で無事に開催はできましたが、順風満帆に進んだわけでは当然ありません。一週間前にプログラムが決まっていないこともあり、開催日までどうなるかわからない状態で、誰もがずっと胃が痛い思いをしていました。
世界とコラボレーションを行うことがどれほど大変なのか。このプロジェクトで新たなビジネスが生まれることを期待していますが、それ以上に世界と協業することが今後、当たり前になる中、その素地を築くことができたのが何よりの大きな収穫でした。」
この二人以外にも、日本で支えていたチームメンバーがいる。
たとえば、オープンイノベーションフォーラム”豊洲の港から”を発足時から支えてきた佐藤昌弘氏。彼が築き上げたフォーラム運営ノウハウがあったからこそ、それをグローバルコンテストに継承し、非常に効率的に企画運営ができた。
ブランドコーディネーターの西山由里子氏は、これまで「昭和の香りがする」といわれていた”豊洲の港から”のホームページを刷新、各種マテリアルやニュースリリース等を各地パートナーと連携し綿密に準備し、世界10都市へブランド浸透を図った。
また、NTTデータきってのアイデイエーションファシリテーターの第一人者・角谷恭一氏。「既存のバイアスを如何に壊せるかが事業創発の肝だ」と常日頃口にするが、プロジェクトの状況やメンバーの空気を察知しながら、その一言でチームメンバーの意識を「出来ない」から「出来る」に変えてきた。
これらのメンバーがいたからこそ、残間氏の強気なチャレンジを具体的に落とし込んでいけたのだ。

現地イベントを見る in Singapore

NTTデータがスタートアップスピリッツで動いている姿は実際の海外イベントでも見受けられた。
2月22日、世界10地域の8番目の世界大会が、シンガポールの金融中心街であるシェントンウェイが一望できる会場で行われていた。国際都市らしく、本大会では中国、日本を除くアジア各国から100以上のベンチャー企業がノミネートした。最終選考に残ったのは韓国、オーストラリア、インド、台湾、そしてシンガポールなど多国籍な面々が揃った。
会場に足を運ぶと、スタッフは、全員が日本をイメージさせるハッピ姿。和やかな雰囲気を出すために、冒頭挨拶で残間室長は東京音頭を披露。一気に会場を和ませ、プレゼン内容に活発な意見や質問が出る活気のある空間を作り上げた。
その中には、NTTデータ経営研究所の両角氏とシンガポール拠点にいるリチャード氏が、パートナーメンバーとして奮闘していた。両氏は、シンガポールコンテスト運営を取り仕切るパートナーとしてスタートアップ支援に強いグローバル企業、スタートアップブートキャンプ(SBC)と協力しながら、スタートアップの募集、選定、イベント企画・運営の陣頭指揮をとった。
特に、現地の金融庁であるMASのフィンテック部門のトップの登壇や、アジアの決済ハブを目指すAPNを共催にするなど、現地のエコシステムとの協力体制を組むことに腐心した。現場では会場を走り回りながら、全体の進行がスムーズに回るようにさまざまな人に目を配っていた。「NTTデータを知る人はシンガポールにもあまりいない。そんな中、私たちが誠意を見せて動く必要があった」
NTTデータと協力したSBCのスティーブン・トンマネージングディレクターは、「我々は欧州や北米で事業展開しているが、日本は未進出。日本企業のやりかたを勉強するうえで意味があった。大企業のオープンイノベーションに対する取り組みは活発になってきているが、それでも大企業の中にはスタートアップとの協業に懐疑的な人もまだ多い。そういう意味で、NTTデータのチャレンジには好感を持った」と話している。
このように、シンガポールだけではなく、他の拠点においても、現地のエコシステムのパートナーといかに信頼関係を結ぶことを実現するために、同じパッションを持って必死に奔走した現地の拠点メンバーの存在が、この活動を支えていた。
シンガポール大会には、東南アジアのハブらしく多国籍の面々が集まった

日本に刺激を与えたい

残間室長はこう話す。
「それまで国内でしかやっていないのに、いきなり10都市での展開なんて無謀すぎるという声も当然あった。まずは、2~3都市程度から始めるべきだと。しかし、世界のスタートアップ、オープンイノベーション事情を目の当たりにした時に、やるなら今“10X”でやらないと日本は世界に突き放されると直感した。さらに真のオープンイノベーションは、風土も課題も考え方もソリューションも違う異質の各国イノベーターが掛け合わさることでこそ、生まれると確信していた。
おこがましいが、私たちは日本を支えてきたICT業界の代表の一つだと思っている。私たちのビジネスにプラスになる協業が生まれるのが理想だが、それだけでなく、私たちがこうした前人未踏のチャレンジをしたことで、日本の同業者やICT業界にも刺激を与えられたらさらに嬉しい」
プロジェクトを指揮した残間氏は、自ら司会進行役を務め、日本の歌を歌って会場を盛り上げるなど、率先してイベントを盛り上げた(写真はイスラエル大会時)
全世界で1000人規模の参加者を動員した各都市のコンテスト。3月15日、世界10都市での優秀企業が集結したファイナルイベントが東京・豊洲のNTTデータの本社で、日本を含めた世界のイノベータ、エコシステムメンバーらの招待制で開かれる。10xのチャレンジを決断したリーダー、そしてそれを支えたチームメンバーが実現させた前人未到のプロジェクトで、国をまたいだ化学反応が始まる。
“さあ、ともに世界を変えていこう”
by 豊洲の港から
オープンイノベーションビジネスコンテスト
第5回は世界10都市に拡大して開催
まもなく最終決戦を迎えます
これまで過去4回東京で開催してきたオープンイノベーションビジネスコンテストの第5回は、一気にグローバルに広がりました。2016年10月下旬に世界10都市で募集開始し、2017年2月より各地予選会を実施、2017年3月15日にグランドフィナーレを迎えます。各地予選会を勝ち抜いた先進先鋭のスタートアップたちが世界の課題解決につながるイノベーティブなビジネスプランを競い合います。コンテストの最新動向はこちらをご覧ください。
(取材・文:平野かほる、写真:平野かほる、風間仁一郎)